第28話 ヴィヴィさん、王都へ帰る

 「と、言うわけで、わたくし一旦王宮へ帰ります。」


 「早いな。」


 「もう帰ってこないの?」


 「いえ、進捗状況を報告に戻るだけですから、すぐに戻ってきますよ。」



 よかった。食事はあれだったけど、掃除と洗濯担当が居なく成るのは痛いもんね。



 「すぐといっても、1ヶ月位はお時間を頂きたいと思います。サントラム学園の王都上級学校の設立の件とか、魔導倉庫の法的整備。新設学校のカリキュラム方針、入学条件等、王を交えて詰めなければならない事は沢山ありますから。」



 うむー。こんなでも仕事出来る女なんだね。



 「今、こんなのとか考えました?」



 おまえもか!

 私って、サトラレか何かなのか?






 ヴィヴィさんが王都へ帰って1週間



 「お師匠ー、洗い物溜まってるー。」


 「おまえこそ、洗濯物が溜まっとるぞ。」



 なんという事でしょう。

 私達はすっかりぐーたらになってしまっていました。

 家の掃除も行き届いていないので、あちこち埃が積もってる。

 おそるべし、人をダメ人間にする女。



「ただいまー! あら? あらあら、なーに? この臭い。」


 「あれー? ヴィヴィさんもう戻って来たの?」


 「もーう、私が居ないと駄目なんだからー。」



 いや、ヴィヴィさんが来る前はちゃんとやってたんだよ。

 それで、なんでちょっと嬉しそうなんだよ。

 こういうの、何とか症候群って言うんじゃなかったっけ? ヤバイぞ。



 「それで、何で戻ってきたの? 1ヶ月行ってくるって言っていたのに。」


 「それがね、聞いてよソピアちゃん。ソピアちゃんの飛行術で飛んでいくと、王都まで四半刻(約30分)程度しかかからないのよー。だったらね、ここから通えば良いんじゃないかなって。」


 「ほーん。て事は、時速400キロ出せる様になったんだ。」


 「時速400キロって?」


 「あっ、こっちの単位に直すと、1つ刻で500リグルの速度って事だよ。」


 「それって、1刻の時間で500リグルの先まで移動出来る速さってことよね……、まあ、すごい!!」


 「自覚なかったんかーい。」


 「それだけの速さなら、お隣の国まで行くのに、半日程度で行けるって事じゃない。なんて凄いのかしら。」


 「でもさ、それだけの速度を出すと、風よけの風防は絶対に必要だし、温度管理も必要になってくるでしょう? ヴィヴィさん、同時に複数やるの苦手だったんじゃないの。」


 「あれれー? そう言えばそうねー。無意識に出来ちゃってたのかしらー。」


 「多分、それは同時に力仕事を複数こなすのが苦手だったって事じゃろうな。暖房や風防程度なら、集中しなくても無意識でも出来るんじゃろう。」



 ヤベーわ、この人。



 「それでねー、魔導倉庫の事なんだけどー。あ、これ、王都のお土産。このお肉ね、今王都で出回ってる高級肉なのよー。」



 それは、ロックドラゴンの肉だった。

 私とお師匠は頭を抱えた。

 いや、気持ちは凄く有り難いんだけどね。高かったろうし。



 「それで、魔導倉庫がどうしたの?」


 「うん、新しく創設される、サントラム学園の上級魔導学校ね、そこの卒業生にだけに使用許可しようかなって事になってるの。魔導倉庫へ自動的にアクセス出来る、魔導鍵を登録制で貸与して、自分の倉庫にだけ入れるようにするわけ。」


 「なーんだ、結局私の最初のアイデアじゃない。」


 「そうなのよ。自分でアクセス出来るようにしちゃうと、後々トラブルになりそうだって言うの、お偉い法律家さんが。だから、何か魔法を付与したアイテムで自動的にアクセス出来るようにして、そのアクセスする術式は公開しないほうが良いんじゃないかって事になって、今細かい所を詰めている感じで、わたくしは居なくても大丈夫かなーって思って、帰ってきちゃった。」



 きちゃった、じゃねー。



 「これが試作品の魔導倉庫鍵。一個貰ってきちゃった。うふふ。」


 「お前さんは術が使えるんじゃから要らんじゃろう。」


 「でもー、こういうアイテムを持っているのって、謎の魔法使いっぽくて良くないですかー?」



 ヴィヴィさんが首から紐で下げていた鍵を見せてくれた。

 ちょっと大きめの、クラシックなデザインの鍵で、持つ部分にサントラムの校章が刻み込んである。

 丁度手に持った時に、親指の当たる部分だ。



 「ここの校章の部分がね、親指の指紋を認証する様になっているの。ソピアちゃんのアイデアよ。」



 その鍵を目の前に翳して魔力を注ぎ込むと、鍵の内部に組み込まれている術式が作動して空間の扉を開く様になっている。

 その時、ビジュアル的に空間に校章を象った文様と、その中心に鍵穴が現れる様になっている。



 「このエフェクトはね、ただの雰囲気なの。わたくしがデザインしたのよ。こういうのって付加価値的に大事だと思うの。なんかカッコいいし、人が持っていたらあれ欲しいってなるでしょう? 生徒募集の為の文字通りキーアイテムでもあるのよ。」



 その鍵穴に鍵を突っ込んで右に撚ると、紋章が両開きのドアの様に左右に開き、魔導倉庫のレンタルスペースにアクセス出来るようになっいる。

 エフェクト関係は、光学魔導の応用で機能的には一切意味は無いそうです。でもちょっとワクワクするよね。魔法っぽくて。魔法なんだけどね。


 こういうギミックにしてある理由は、使用者が術を知らなくても、魔力さえあれば利用は出来るようにするため。

 つまり、卒業生は全員、このキーをステータスとして所持出来るというわけ。

 逆に言うと、このキーを持っていれば、あそこの卒業生だと分かる仕組みにもなっている。


 地球でも、プログラムは公開しないでソフトウェアやアプリを販売しているよね。アレみたいなものだと思う。

 国は、これの販売権利で利益を得るつもりらしい。

 権利を囲い込んで、そのうち私達にも圧力かかってきたりしないよね?

 ちょっとまて、私達にロイヤリティは支払われるのか?


 ヴィヴィさんは、魔導倉庫の扉を開いて中からもう一本の鍵を取り出した。



 「はい、これは、ソピアちゃんの分。校章の所に親指を当てて、指紋を登録して。」



 言われた通りに指紋を登録すると、手から鍵へ魔力が流れていくのを感じる。



 「ソピアちゃんは、まだ魔導倉庫使えなかったでしょう? これで、ソピアちゃんだけの倉庫が出来たわ。」



 あまり期待はしていなかったけど、何だか嬉しい。自分だけの倉庫だ。



 「ありがとう! ヴィヴィさん!」


 「うふふ、どういたしまして。あ、そうだ、それを所持している事は、秘密にしなくても良いわよー。学園の宣伝に成るから。どんどん見せびらかしちゃって頂戴。」


 「まじか。こういうのは秘密にするもんだとばかり思ってた。」


 「大丈夫よ、どうせ盗まれたって他人には使えないんだから。」


 「でもまあ、術式が解読されるのは時間の問題の様な気もするがのう。」


 「当然、複雑ーーーな、ロックをかけるわよー。王城の宝物庫に掛けてあるやつ並の絶対に解読出来ない凄いやつをね。無理にこじ開けたら爆発するようにしちゃおうかしら。それとも、10日以内に罰金払って解呪しないと苦しんで死ぬ呪いとか、……うふふ。」


 怖いから止めてー。



 「宮廷魔導師の暗部では、そういう魔導が得意なやつも居るそうじゃな。」


 「あら、言ってなかったかしら、わたくし、その暗部の長官もやってますのよ。」


 「「えええええぇぇぇぇ」」



 マジでヤバイ奴だった。



 「こ、ころさないでね。」


 「あらいやだ。」



 ヴィヴィさんは私の耳に口を近づけて、小さな声で



 「そんなの、よっぽどわたくしの機嫌を損ねないかぎり、滅多にやらないわ。」



 ガクガクブルブル。

 優しくてちょっとトロいおばさんだと思っていたのに。

 お師匠、ボスケテ。



 「それはそうと、せっかくお高いお肉を買ってきたのだから、お夕飯は私(わたくし)が作っても良いかしら。」


 「いやいやいや、まてい! 洗い物と料理は、わしとソピアでやるから、おぬしは掃除と片付けの方を頼む!」


 「あらそう? 折角腕を奮っちゃおうかなと思っていたのに。」



 振るわないで下さい。お願いします。

 ヴィヴィさんが関与しなかったので、夕食は平穏無事に済ます事が出来た。

 お風呂に順番に入って、明日やる事は明日やるというポリシーの元、ベッドへ入る。

 ヴィヴィさんのお部屋が無いので、また私が抱き枕に成るんだけどね。



 「明日は何をしようか?」


 「そうねぇ、飛行術をもうちょっと練習したいのよねぇ。あと、例の熱電撃魔法と、話にちょくちょく出てくる、長距離砲撃とかいうのにも興味あるわね。」


 「そっか、お師匠も火薬やりたがっていたから、明日は荒れ地に行こうか。」


 「いいわね! またピクニックね。今度は私がお弁当を……」


 「それは止めて下さい。」


 「なんでよ~、もう。」



 ぎゅーっとされて、ナデナデされた。

 うーん、好き。だけど、料理はさせない。






 朝起きて、二人でテーブルの所へ行くとお師匠が既に起きていて、もう料理を作っていた。

 お師匠GJ!

 流石年の功、危機管理はしっかりしているね。


 朝食を軽く済ませ、昨日ヴィヴィさんに貰った肉のスライスを焼いてパンに挟んだものを人数分作り、果物ジュースとお茶を瓶に詰めてコルクで栓をする。それらを魔導倉庫へ放り込むと、それぞれ自分の術で飛んで、荒れ地へ着地した。



 「あのね、ここがね、ちょっと危険な魔導の練習をするための私達の実験場なの。」


 「なるほどー。ここなら少し位地形を壊しても大丈夫そうね。」


 「ほら、左手の山の斜面の所にロックドラゴンが居るでしょう? あれを狙撃するの。」


 「ふむふむ、距離にしておよそ800ヤルトという所かしら? 普通のマジックミサイルでは全然届かない距離ね。」


 「あれを魔導スリングショットで撃っていたのだけど、今回はお師匠のリクエストに答えて、火薬を使って砲撃してみようと思います。」


 「おお、やった!」


 「だけど、準備は全くしてこなかったので、考えうる火薬の合成が出来ません。下準備が必要という点において、魔導とは比べ物にならない位使い勝手が悪いですね。」


 「むうう、ソピア、それは酷いぞ。」


 「だって、しょうが無いじゃない。硝石の準備をしてなかったんだから。今ここで出来そうなのは、粉塵爆発とガス爆発、それと水蒸気爆発位かな。水蒸気爆発は、一回やったので他のをやってみましょう。」


 「「ふむふむ。」」


 「まずは、粉塵爆発。」


 「ある一定の密閉空間内に可燃性の粉塵が漂った状態を作ると、その空間自体が爆弾になります。」


 「「ふむふむ。」」


 「炭鉱とか、小麦粉の工場とかでね、偶に起こる爆発事故はこれなんだよ。では、やってみましょう。お師匠、書架から小麦粉出して。」



 お師匠に魔導で、縦横高さがおよそ10ヤルト程度の密閉空間を構築してもらう。

 そして、その中に私が小麦粉を散布する。



 「この箱の中で爆発が起こるから、外側は力いっぱい固めててね。砲身との接合点だけ穴開けてて。」



 魔導の箱は目に見えなかったけど、中に小麦粉を散布すると、1辺が10ヤルトの真っ白いキューブが現れた。

 拳大の石をその箱の前方にセットし、砲身を10ヤルト程前方に伸ばす。



 「うん、準備OK。大きな音がすると思うから、皆耳を塞いでいて。ヴィヴィさん、中に火花起こせる? 小さな火でもいいよ。」


 「じゃあ、ファイアーボールで良いかしら?」


 「いいよ。せーの!」



ズドドドドオオオオオォォォォォォンンンン!!!



 爆炎と共に吹き飛んで行った石は、ロックドラゴンの頭に命中。

 見事に頭に命中。

 頭だけを吹き飛ばし、崖の斜面にすり鉢状のクレーターを穿った。


 「タンジンの術!」


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