第7話 マヴァーラの町

 「アーサーーーーーー!!!」



 え? もういいって?

 

 さて、お師匠を叩き起こして、って、あ、もう起きてる。

 流石に年寄りは朝が早いね。


 朝食を食べたら、昨日打ち合わせた通り、町へ繰り出そう!



 と、そんなわけで町のメインストリートへ出てみた。

 馬車が4台は横に並んで走れそうな道幅は、全て石畳で舗装されている。

 通りの両側は、それぞれ何らかの店舗だ。

 レストランあり、武器屋に防具屋あり、工房あり、雑貨屋に服屋に野菜屋に肉屋にお菓子屋……なんでもある!

 まずは、武器屋だな、と店を覗いてみる。



 「う、高い!」



 思わず声に出して言ってしまった。

 武器屋のおっちゃん、睨んでるよー。

 私達、今、大金貨18枚持ってるんだから、ケチケチする事は無いんだけどね。

 貧乏な田舎育ちだから、金貨以上の買い物って躊躇しちゃうんだよ。

 とか言って、昨日宿賃に大金貨7枚、そっちのお金で約70万円をポンと支払ったばかりだけどね。



 「おまえの欲しいのは、金属素材じゃろ? 加工済みの武器なんか買ったら、割高じゃろう。」



 それもそうだ。

 じゃあ、工房へ言って加工前の材料か屑鉄でも譲って貰った方が良いか。

 私達は睨んでいる店主をスルーして、中心街から外れた所に在る、金属加工工房へとやって来た。



 「こんにちはー。ここの責任者いますー?」



 私は奥に向かって声をかけた。

 ……返事が無い、ただの屍のようだ。

 トンテンカン音がしているから、絶対人はいるはずなんだけど、うるさくて聞こえないのかなと思って、今度は力いっぱいの大声で声をかけてみた。


……

………



 かなり間があってから、奥から一人出てきた。



 「うるせーな、押し売り借金取りはお断りだぞ。」



 おお、ドワーフだ! 始めて見た。

 やっぱ、鍛冶屋といえばドワーフだよね。



 「あ、押し売りでも借金取りでもありません。ここの責任者さんいらっしゃいますか?」


 「俺がそうだが、お嬢ちゃん、何の用だい。今、忙しいんだがな。」


 「カクカク・シカジカという訳なのですが。」


 「カクカク・シカジカとは何だ? ふざけているのか?」



 やっぱり、如何に魔法世界といえど、漫画みたいにカクカク・シカジカで話を端折る事は出来ないのか。



 「すみません、ふざけました。実は、金属素材か屑鉄を譲って欲しくて。」


 「なんじゃとー?」



 なんか、すごく訝しんでいる。

 そりゃそうか、いきなり女の子が訪ねてきて素材を売れって言われても、誂われている様にしか見えないもんね。



 「あんたに売るようなモンはねーよ。帰った! 帰っ……た?」



 私の隣に突っ立っている老人に気が付いたみたいだ。



 「こ、これは! 大賢者様じゃぁございませんか! 一体全体、この様なお見苦しい所へ何の御用で?」



 急に態度が改まったぞ。

 流石は生ける伝説じじい!

 癪だが、ここは権威を利用させてもらおう。



 「私は大賢者にして大魔導師ロルフの一番弟子、ソピアと申します!」



 無い胸を逸して精一杯尊大に言ってみた。

 すかさず、ポカリとお師匠の拳骨が飛んで来た。



 「実は、魔法の研究に金属素材が少々入り用でな、少し分けて貰えんじゃろうか?」


 「はあ、お譲りして差し上げたい気持ちは山々なんですが、実は今、人手不足で注文数を絞っておりまして、その注文を請け負った武器を作る分の素材しか置いてないんでさあ。」



 ドワーフの親方は恐縮して済まなそうに答えた。


 「鉄や鋼以外の安い金属でも良いのですが、無いですか? 銅でも鉛でも水銀でも良いのですが。」


 「「え? そうなのか?」」



 お師匠とドワーフの親方は、意外そうに私を見た。

 武器といえば鉄や鋼が当たり前だし、もっと高価なミスリル銀とかオリハルコンとか、高価な武器程固くて丈夫な上等な金属で作られているものなんだけど、私が安い金属でいいと言ったのが意外だった様だ。


 実は銃弾は鉛玉と言う様に、比喩ではなく本当に鉛で出来ている。または、鉛の芯に銅で外側を覆ってある。

 何故かと言うと、一つは、鉛が重い金属だから。

 重い方が運動エネルギーが大きい。

 劣化ウラン弾という砲弾があるが、あれも鉛よりも重い金属だから使われている。相手陣地の放射能汚染なんて知ったこっちゃ無い武器だよね。

 

 鉛を使う、もう一つの理由は、柔らかいから。

 硬い金属の銃弾だと、体を貫通してしまい、意外と小さな穴が開いただけだったりする。

 だけど、鉛の様な柔らかい金属だと、当たった時に粘着する様に潰れて変形し、体内でその運動エネルギーをぶちまける。

 点で侵入して、内部で広がって、体内をぐちゃぐちゃに引っ掻き回すわけだ。

 銃でスイカを撃つと、入口よりも、出口の穴の方が大きくなる理由がそれ。

 もっと柔らかい金属を使ったらどうかって? 実はありますよ。液体の金属を入れた銃弾が。

 弾丸の内部に水銀を封入した弾丸で、水銀弾といいます。

 威力は……かなり凶悪らしいよねー。



 「そういった金属が欲しかったら、鍛冶工房を回るよりも錬金術工房の精錬所に行った方が良いかもしれねーです。」



 確かにそうだ。

 けど、屑鉄でもいいんだけどなー。

 そう言ったら、屑鉄は再び溶かして再利用するので、ゴミには出ないそうだ。がっかり。


 精錬所というのは、あっちの世界で言う所の製鉄所の事。

 製鉄所は鉄だけ作っているわけじゃないから、あっちの世界の名称の方が違和感あるよね。

 だけど、そういう所だと大量に買わないと売ってくれないんじゃないかな? ちょっとでいいんだけどな。




 精錬所の場所を教えてもらって、とりあえずそっちへ行ってみる事にした。

 精錬所は、水を大量に使うし毒の煙なんかも出るので、町の外の風下側で川の下流の方に作られているそうだ。

 鉱山から採掘した鉱石を精錬所へ運び、インゴットにしてからそれを町の錬金工房や鍛冶工房へ運んで来るというわけ。

 手間だけど、町のドワーフ達に製鉄からやらせてたら効率悪いもんね。

 何事も分業なのさ。


 川は町の西側を流れているので、西門へ向かう。

 このあたりは繁華街の裏手の工房等が立ち並んでいる区域で、居住区とも離れているので、一般の人はあまり歩いていない。

 大抵の工房は、分厚いレンガ造りで、防音の為に通りに面した所には窓が無い。

 いや、在るには在るんだけど、採光用の窓が高い所に在るだけなんだよね。

 採光は天窓になっていて、壁面には窓が一つも無い所もある。

 その為、裏路地は非常に薄暗い。昼間でも薄暗い。

 通りの両側が高いレンガの壁に囲まれているので、人の目も届きにくい。

 まるで、ウィザー○リィとかの昔の迷路タイプのダンジョンゲームの中を歩いているみたいだ。

 こんな所を歩いていると、曲がり角とかで不意にモンスターにでもエンカウントしそうな気分になる。


 という事は、言いたい事は解るよね?

 治安が悪いんだ。


 人の悲鳴なんて、五月蝿い工房の中まで届かない。壁は防音仕様だしね。

 もう、犯罪を起こしてくださいと言わんばかりの場所なんだ。

 特に、護衛も付いていない、弱そうな老人と美少女なんて格好の的でしょう。



 「お師匠、気が付いている?」


 「ああ、昨日、肉屋で前金を受け取ったあたりから居たやつじゃな。」


 「えっ? 私、武器屋の辺りからしか気が付かなかったよ。」


 「まだまだじゃな、ふぉっふぉっふぉ。」



 何だよその笑い方は! 好々爺こうこうやぶってんじゃねー。

 この、すきすきじじいめ!



 「さて、襲うならこの辺りかのう。」



 お師匠がそんな事を言ったら、本当に来たよ。

 前に一人、後ろに二人だ。セロリだね。

 それを言うなら、セオリーだろと突っ込んでくれる人が居なくて悲しい。

 そこの左手の袋小路の方へ入ろうか。

 そこの怪しい人、今、馬鹿め、そこは袋小路だと思っただろ、絶対。



 「お前は今、『馬鹿め、そこは袋小路だ』と言う!」


 「馬鹿め、そこは袋小路だ。はっ!?」



 私は右手を上げ、人差し指で最初に袋小路に入ってきた男に向かって言った。



 「な、何を一体言っている!」


 「お前らの行動など、全て丸っとお見通しさ!」


 「これ、ソピーよ、あまり煽るでない。」



 てへ、ちょっと調子に乗りすぎました。

 でも、あまりにも人が思う壺に嵌まると、言ってみたいじゃない。



 「何を訳の判らない事をごちゃごちゃと!」



 こいつらの狙いは判っている。私だろ。私を攫って蹂躙した挙げ句に売り飛ばすつもりだろう! どうだ!



 「お前は要らない。持っている金貨を全てよこせ!」


 「……」



 男たちはナイフを取り出してちらつかせた。

 美少女には見向きもしないで金だけ盗ろうなんて、なんてやつだ!

 その歳頃の男子なら、絶対に金より美少女だろ! キー!!



 「酷い事はしないでくれ、前途有る子供なんじゃ。」


 「へっ、そんなの知ったことじゃねーよ。だが、大人しく金さえ渡せば見逃してやるさ。」



 お師匠の今のセリフは、目の前の暴漢に言ったのじゃなくて、実は私に言ったのだ。

 見ると、年齢は未だ10代といった所か。

 しかも頭にケモミミがある! 獣の亜人だ。

 道理で人間の私、この超絶美少女に興味を示さないはずだよ。

 種族が違うんじゃね、そりゃぁ他の動物のメスには興味はわかないわな。

 自分でこの状況に納得行く説明を付けてやったよ、ちくしょー!


 さて、と。

 お師匠は、この子達を傷つけるなと言うが、ナイフを持っているんだよね。

 どうしたものか。

 そう思案していたら、お師匠は書架から金貨の袋を取り出して、私に手渡してきた。



 「この娘から袋を取る事が出来たら、全部やろう。」


 「何考えてんだこのじじい!」



 獣人の少年達は、拍子抜けという感じで私達を見ている。



 「そ、そうか、聞き分けが良いじゃねーか。」


 「おい、気をつけろ! 何か罠があるかも知れねーぞ。」


 「きっと、武術の達人なのかも。」



 獣人の3人は警戒して何やらヒソヒソ相談しだした。



 「おい! 早く取りに来いよ! 金貨って重いんだぞ!」



 痺れを切らした私は、3人を睨んで言ってやった。



 「う、うるせえ! そんじゃ、遠慮無く……」



 そう言うと、リーダーらしき少年が袋に手を伸ばしてきた。


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