1-54 渡利

 最上階の正面側。

 窓際の部屋へ入った渡利と比嘉はすぐに準備を始めた。

 比嘉が視界をクリアにする為、窓を割っている間に、渡利は掃除ロボから大きなスナイパーライフルを取り出し、素早く組み立てる。

 組み立てが終わると、伸縮出来る大型のバイポット、支えを二本を足のように伸ばした。

 長い銃身に大きなスコープ。最長8000メートルまで狙撃可能の対戦車ライフルである。

 衛星とリンクさせ、さらにAIに補助させた結果、桁違いの飛距離と精度を得ることに成功した。

 この武器の最大の長所は、発達しすぎた軍用AIのせいで素人でも達人級の狙撃が出来るところだった。

 しかしそれは同時に短所でもある。

「八秒だ。それ以上は圭人に気付かれる。チャンスは一度しかないと思ってくれ」

 比嘉はまた中型端末を取り出す。

 今度はフクロウ型だ。フクロウがライフルの上に乗ると接続された。

 同時に先程金融省のサーバーに置いておいたバックドアから防衛省へと入っていく。

 比嘉が渡利に目配せすると渡利は手動でスコープの焦点を合わせていった。少しして国会前の道路が見えた。

「やってくれ・・・・・・」

 渡利がそう言うと、比嘉はフクロウを操作した。すぐにライフル自体が自動で動き出す。

 細かく微調整が行われ、スコープ内に総理大臣専用車が映った。防弾仕様のセンチュリーだ。

 見えない程銃口とスコープが動き、ついには一人の白髪の中年男性を捉えた。

 元金融大臣、現総理大臣の川上博之。

 狙われているとも知らずに部下と談笑していた。

 彼の顔にスコープサイトの中心が当たると、LOCKの文字が浮かび、標準が固定された。車の動きに合わせて銃身が微かに動いていく。

 比嘉がハッキングしてから七秒後。

 渡利は静かに引き金を引いた。凄まじい反動で、床もろとも渡利の体は揺れた。八十キロある渡利が反動で後ろに四十センチほど飛ばされる。

 渡利はすぐに戻って確認しようとするが、銃が動きすぎて人力では時間がかかる。

 渡利は端末を見ていた比嘉の方を向いた。

 比嘉はそれに溜息で答えた。

「・・・・・・やられたよ。当たったのはボンネットだ。俺達が見ていた映像は偽物だった。圭人を舐めすぎてたな」

 どこか嬉しそうに笑う比嘉。対する渡利もあまり悔しそうなそぶりは見せない。

「・・・・・・そうか。まあいい。これはあくまで個人的な恨みだ」

 失敗にも関わらず、渡利の表情から緊張感が消え、憑き物落ちたように楽な顔になる。

 眼下では混乱に陥る東京が広がっている。

 渡利を見て、比嘉は手を差し伸べた。

「一段落ついたからな。一応だよ」

 渡利は比嘉の手を見て少し笑うと握手した。短い握手だった。

 そんな彼らに階段の方から音が聞こえた。エンジンの音とホイールが回る音だ。

 その音は近づいて来て、遂には部屋までやって来た。

 バイクに跨がり、部屋の出口を塞ぐ夏音を見るやいなや、比嘉は優しく笑ってこう言った。

「久しぶり。迎えに来たよ」

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