1-51 零課
「やっぱりおかしいよ!」
本部である商業バスの車内に圭人の声が響いた。
それを聞いて真田が驚いて振り向く。
真田はたった今、圭人が死ぬところをリアルタイムで見ていたからだ。人体センサーを備え付けられたはずの特急電車は止まること無く、少年の体をバラバラにしていた。
しかし、姉である夏音は何事も無かったように首を傾げた。
「何が?」
夏音の視線の先にはスクリーンを広げたアイスがあった。
その中の圭人が言う。
「AIの判断がだよ。何か、その、情報がちゃんと伝わってないような気がするんだ。どっかが停滞して血の巡りが悪いような。待ってて。僕ちょっと見てくるから」
そう言うと圭人の姿はスクリーンから消えた。
夏音はいってらっしゃいと手を振った。
そこにヘッドマウントディスプレイを外した真田がやって来た。
「どうなってるんだ? 彼は、その、何なんだ?」
不思議そうな真田に夏音は複雑な笑顔を浮かべる。色々考えて、確かな事だけを言った。
「えっと・・・・・・。あたしの弟です」
それを聞いて真田は何か言いたげな表情を浮かべたが、疲れて息を吐いた。
圭人はすぐに帰って来た。腹を立て、愚痴を言う。
「やっぱりだ。警察の情報がドグマゼロと正確にリンクしてなかった。データが詰まってたよ。だから大人は嫌なんだ。自分が使う道具の手入れくらいしなよ」
「でもドグマゼロがスクリーニングしてくれるんじゃないの?」夏音が聞く。
「それをさせないように中継点がクラックされてたよ。今、修復プログラムを組み直してるけど、もしかしたら僕がゼロベースから作った方が早いかも。ほんと、プログラマーって人種には呆れるよ。視覚情報だけを頼りにするからこんな事にも気づけないんだ」
「圭人以外はみんなそうだよ」
苦笑いする夏音。圭人は腕を組んで怒っていた。真田は訳が分からず黙って見ていたが、頃合いを見て圭人に質問した。
「・・・・・・君は一体何なんだ?」
圭人は少し考え、答えた。
「そこにいる姉の弟です」
真田は嘆息し、聞き出すのを諦めた。
「あと少し」と圭人。「・・・・・・・・・・・・できた」
濁った水が一瞬で浄化され、真水に戻る。
圭人の感覚を借りればそんな光景が仮想空間に広がった。同時に本部の警報が鳴り響く。
「なんだ? 何が起った?」
真田がAIに尋ねる。
『金融庁の外局で渡利と思われる人物を探知しました』
同時に監視カメラからの映像が流れる。そこにはエレベーターから降り、階段をのぼる渡利と比嘉の姿が映った。それを見て圭人が叫んだ。
「姉さん!」
「うん。行かなきゃ」
頷いて立ち上がる夏音。それを真田は止めた。
「待て! 君はここに居るんだ!」
しかし夏音は止まらずにバスの出口へと向った。バスから降りる前に一度振り返り、笑った。
「すいません。大事な友達なんです。じゃあまた。真一君にちょっと行ってきますって言っておいて下さい」
夏音はそれだけ言ってバスから降りた。すぐに後を追う真田だが、バスを降りた先で見たのはバイクに跨がる夏音の姿だった。バイクが喋った。
「姉さん! しっかり捕まっててよ」
「うん。でもちょっと怖いな」
「すぐに慣れるさ。これは世界で一番安全な乗り物だよ」
圭人がそう言うと、バイクは規制され、一台の車も走っていない道を走り出していった。
真田はその後ろ姿を見て、「くそ」と呟き、中へと戻り各員に連絡を取った。
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