1-45 零課

 矢頼は電車内で新聞片手に古いアイスでラジオを聞いていた。

 競馬の実況に「行け」とか「差せ」とか苛立ちながら呟いている。

 それを隣で見てたリュックを持った男は鬱陶しく思っていた。

 日本中、いや世界中が共民会談に注目しているのに隣におっさんは競馬に夢中だ。殺した方がいいなと男は思った。

 矢頼はかけていたサングラス型センサーで男のリュックを見た。中身はノートやペットボトルなどの日常品。

 そう見えるが、ペットボトルの水が電車の揺れに合って動いていない。典型的なセンサーフェイクの現象だった。各種センサーが進化した現代にはまたそれを欺く手法も確立されていた。

 矢頼は「くそっ!」と怒鳴って新聞を叩いた。

 周りの客が嫌な顔を向ける。

 電車が次の駅に差し掛かった。それを確認して矢頼は男に喧嘩をふっかける。

「兄ちゃん。さっきからなんだい? 俺に何か文句があるっていうのかい?」

「・・・・・・は? いや、別に――――」

 男が否定する前に矢頼は男の胸ぐらを掴み上げて怒鳴った。

「人が負けてるのがそんなに面白いってか? ああ?」

「何も言ってねえって!」

 そこに一人の男が後ろからやって来た。眼鏡の男は胸ポケットから手帳を取り出した。

「鉄道警察です。喧嘩ですか? 聴取したいので二人共この駅で降りてください」

「なんでもねえって!」男が声を上げる。

「そうだ! この兄ちゃんが悪いんだ!」

 矢頼も引き下がらない。

 吉沢は喚き合う二人をちょうど着いた駅に強引に降ろした。

 そしてホームに降りる際、電車の客に笑顔を向ける。

「鉄道の平和は我々が守ります。どうぞ皆さんはご安心ください」

 それを聞いて客の表情は明るく変わり、電車のドアが閉まった。

 電車が動き出すのを確認すると、吉沢は怖い顔で振り返り、男の肩を組んだ矢頼と共に外で待機する車へ向かった。

「さあ、じっくり話を聞かせてもらおうか。あの電車は俺も毎朝使ってるんでね。明日からどんな顔で嫁さんに見送られればいいんだよ」

 吉沢はリュックの中身を確認すると男に手錠をかけた。

「まったく、いやな役をやらせる」

 矢頼は小さく嘆息して煙草を取り出した。

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