プロローグ3
ニュース
アイスと日本では略された携帯端末の中で若い女のアナウンサーは言った。
「では、今回の証券会社デノクシー立てこもり事件について、今分かっている事をおさらいしていきましょう」
ユーザーが見るニュースの画面には映像が二つ出ている。一つは今回の事件を端的に表わした立体電子ボード。もう一つは夜のビルを写す事件現場の映像だ。
まず電子ボードが大きく表示される。ホログラムがビルを分解していく。
「数名のテロリストグループがデノクシー本社へ侵入したのは社員達が帰り始めた午後六時頃。人の動きが多いこの時間帯を狙い、彼らはエレベーターの点検員に扮してビルへと入ったわけです。そして会社にとって主要なフロア、ええと、65階から67階ですね。それを武器を持って占拠したわけです。彼らの目的は分かっているんですか?」
アナウンサーが尋ねると、事件現場にいた男のリポーターが答えた。
「はい。『自由への飛躍』と称する彼らの要求はやはり、AI社会への警鐘でした。数週間前起きた麻布の事件と同様、反AI活動家の犯行だと思われます。彼らは政府へAIの社会依存を引き下げるように要求しています。これがその映像です」
映像が切り替わり、ビルの屋上で叫ぶ男の姿が克明に映し出された。見づらい夜の映像もAIによる映像補正ではっきりと見える。
風が吹くビルの屋上で迷彩服を着て、拡声器を持った若い男が大声を上げている。
「我々、自由への飛躍はっ、この奴隷化を強要する社会への断固とした反対をっ、ここに宣言する! 我々は人としての尊厳を奪う現政府とっ、その傀儡となった企業を決して許すことはないっ! これは人類の、人類の為の抗争なのだ! AIへの投資で莫大な利益を上げた証券会社デノクシー。我々はまずここから日本国民を解放する!」
その映像を誰もがしらけた空気で見ていた。2050年にもなってまだこんなことをという感情がアナウンサーから見てとれる。リポーターが呆れ気味に言った。
「・・・・・・ええー、以上がテロリスト達の主張です」
「現場の状況は? 警察の動きはどうですか?」
「はい。逃げてきた人達の情報から相手が重火器を持っていたとのことなので、SATと思われる部隊がビルの近くに集合しています。先程から動きはありませんが、おそらく中の状況を確認しているのだと思われます。現場からは以上です」
そこでリポーターの姿が消え、またアナウンサーだけが映し出された。彼女は隣に座る二名の有識者に尋ねた。どちらもホログラムで遠方からそこにいるように振る舞っている。
「また活動家によるテロです。映像を見ているとまるで一〇〇年前にタイムスリップした気分になりますね」
「ええ」髪の白い初老の男性が頷いた。「昔、これと同じ時代がありました。私の祖父がまだ幼かった時代、一九五〇年代です。あの時は学生運動でした。しかし本質は変わらないと思いますね」
「と言いますと?」
「つまりは貧富の拡大です。富める者は富み、貧しい者、時代について行けない者は更に貧しくなる時代。それは今も同じです。その鬱憤がこういう形で出てきたのでしょう」
「それだけですかね?」
若い二枚目の学者が皮肉めいた笑いを浮かべた。
「そもそもの出発点は十五年前に起きた第三次世界大戦でしょう? 五年前に終わった大戦は二十一世紀の頭から溜まってきたグローバル化への反発みたいなものでした。今回のテロにもそこが関係していると僕は思いますね。つまりは日本が持っていた文化を守ろうってことですよ。そういう時に彼らは右だか左だかって古い思想を持ちだしてくるんです」
「しかし日本は大戦へは積極的に参加しなかった。行ったのはアメリカを通しての中民への弾薬補充くらいだ。反戦運動はあったが、彼らはそのリストに載っているんですか?」
「今のところ」アナウンサーは手元の端末を見た。「そう言った情報は出てませんね」
「でしょう? そりゃあ大なり小なり関係はあるでしょうけど、直接的な原因ではないと思う」
初老の男は若者の挑戦を受けるように反論した。
若い学者は肩をすくめた。
「かもしれません。でも僕はこう思うんですよ。要するに彼らは先の大戦を第二のベトナム戦争だと思ったわけです。弱者が国の利益やプライドなんかに虐められている姿を自分達とダブらせた。AIの活用が上手くできず、職を失った自分達とね。時期的にもそっくりじゃないですか。二次大戦が終わってしばらくしてから東大での立てこもり事件が起きたでしょう?」
「なるほど。だが政府機関ではなく、証券会社を狙ったのはなんでだね?」
「それはまあ、先生の仰った通り金でしょうね。貧しいから金にも恨みがあった。デノクシーはAI投資で成り上がった新興企業ですから、格好の標的になったんでしょう。結局、彼らはこの社会を恨んでるってわけです。貧富の拡大も権利もAIもです。それらの競争に負け、社会的な疎外感が大きくなった人達がこういうことを起こすんでしょう」
「まあ、気持ちが分からないこともないですがね。今や我々の生活はAIで管理され、最適化されました。ヒューマンエラーはなくなり、例えAIがエラーを出してもリンクしている他のAIが即座に修正します。我々より頭がよく、老いも二日酔いもない上、どんどんかしこくなるAIは怖いですよ。私の世代は特にそう感じるんじゃないかな?」
「だからってテロをするんですか?」
若い学者は苦笑する。
老人は顔をしかめる。
「しないですよ。だけど主張は分かるって言いたいんです。要は心の問題ですよ」
「心ねえ。噂ではエターナルドグマによる脳の構造解析がもうすぐ終わるそうですが、そしたら心も、魂さえも数値化されるんでしょうか。そうなればたしかに先生の仰る通り、怖くはありますね。先生、人間の存在価値ってなんなんでしょう?」
「さあ、それもAIに聞けば分かるんでしょう」
老人が皮肉を言い、それをアナウンサーが苦笑して聞いていた。カメラが向くと彼女は気を取り直すように咳払いを一つした。
「ごほん。ええ、ではもう一度現場の様子を見てみましょう」
その後もニュースは続いた。
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