赤いくつ
第11回(9月10日〜)
お題 ・おいで ・よく踊る ・眠気覚まし ・不満だらけだよ ・「多分、知ってる」
「よく踊るねぇ」
そう言われた少女は、首肯くことも、顔を上げることもしなかった。おいで、と呼んだはいいものの、家に上がっても足を止める気配もなかった。くるくると、軽やかに踊り続けている。かろうじて見えたその瞳には、困ったような色さえ見える。足には艶やかな赤いくつがぴったりとついている。
「どうしてそうなっちゃったんだい?」
少女は答えない。
「分からないのかい」
「ううん。……多分、知ってる」
暖炉の前を通り過ぎ、机の周りを公転しながら少女は小さな口を開いた。
「DE RODE SKO」
覚束ない発音は、たしかにそう言った。
「ハンス・クリスチャン・アンデルセン。赤いくつ、か」
楠山正雄の訳だったか。一度、軽く読んだことがある。まだ幼い頃に見たものだから、あまり覚えてはいないし、内容も分からなかったが。
貧しい少女、カレンと赤い靴の話。カレンは美しい靴を手にしたことに浮かれ、四六時中靴のことばかりを考え、相応しくない場所にも履いていってしまったものだから、呪いをかけられた。靴を脱げず、休むことも許されず、死ぬまで、永遠に踊り続けなければならない呪いを。そんな話だった気がする。
「楽しいかい?」
「……不満だらけだよ」
そりゃそうだよな。肩をすくめる。でなけりゃ、少女はこんなところに来ない。カレンも困り果てた末、たどり着いたのは首切り役人の家だったのだから。
「それで? どうして欲しいんだい。ぼくはただの木挽きさ。あの役人のように足を切る依頼は受け付けないよ」
「……眠気覚まし」
「え?」
「眠気覚まし、呪い覚ましに、どうか」
少女がこちらに向かってくる。思わず斧を構える。さっと振りかざした先の身体は、一瞬のうちに雲散霧消した。
赤い靴だけが、カタカタと、目の前で踊り続けていた。
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