溺れる

マフユフミ

第1話

夜は波だ。

そっと寄せては引きながらその存在をじわじわ浸透させ、気が付けば体の全てを埋め尽くしていく。


少しずつ失われていく光を求める私は、知らず知らずのうちに侵食してくる夜に溺れ、徐々に呼吸の仕方を忘れていくのだ。


薄れていく視界に、消えていく太陽の光が映る。

かすかに震えるオレンジ色に群青が忍び寄り、夜が走り出す。

そして、見上げる空は、深い闇に包まれるのだ。


圧倒的な夜は、命あるもの全てに襲いかかる。

ひっそりと、でも確実にその動きを制し、己の手の内に全てを納めていく。


闇は覇者だ。

こんなにも何もかも奪っていくのに、誰に咎められることもない。

誰も彼もすべて夜の元に降る。


沈む体は鉛のように重い。

重力に逆らうことを忘れたように、その重みに嵌まっていく。

見えていた景色は徐々にぼやけて、霞がかかっていくようだ。

まるで、海の深みにはまっていくよう。

五感のすべてがゆるく麻痺していく。


ああ、夜が少しずつ進行してゆく。

世界中に、そして私の中に。

そして私は、静かに呼吸を手放した。


不思議と苦しさはない。

自由を奪われていく手足を、なんとなく感じている。

ただ思うのは、私は一人だということ。

この夜に放り出された体は一人闇を彷徨い、夜に絡め取られていく心は一人もがく。

そんな私の「一人であること」を、夜は敏感に察知する。


忍び寄る闇という手段を使い、夜の中に私を閉じ込める。

そして徐々に、孤独を埋め、寂しさを埋め、ただ私を夜へと導く。

傍に居る、ただそれだけで夜はその目的を達成する。

私の何もかもを奪いながら、それでも私を一人にはしないのだ。


もう私には、自由に動ける手足も自由に話す口も自由に聞く耳も、自由にできるはずの呼吸すら残されてはいない。

それなのに、その不自由がなぜかとても暖かくて、私はそっと瞼を閉じた。

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溺れる マフユフミ @winterday

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