保健室の小悪魔ズ

「たのもーっ!」

「道場破りしてどーすんだよ」


 借り物競争の後、華子に引きずられたまま、俺は保健室へとやってきた。


「ふっふっふっ、また性懲りもなく道場破りに来たか。身ぐるみはがされるだけというのに……まあ、その根性だけは認めてやろう」

「昨日までのわたしと一緒だとは思わないほうがいいですよ、九条先生くじょうせんせい。ではいざ!」


 そしてここ保健室の主、九条朱音くじょうあかね先生がなぜか華子の言葉にノッてきた。いや確かに九条先生って変わり者で有名だけどさ。まさか華子とこんな会話をするような人とは思わなかったわ。


「……俺、帰っていい?」


 ため息の代わりに愚痴が出た。茶番劇につきあうほどのヒマがあるなら、たとえブルーシートの上だろうが惰眠をむさぼっていたほうがはるかに有意義なのに。


「なにを言ってるんですか、先輩。道場破りが終わったら、お互いに身ぐるみ剥いで膜破りですよ? ベッドもちょうど空いてますし」

「ざけんな! 九条先生の前で変なこと口走ってんじゃねえ! だいいちそれならおまえは破られるほうだろうが!!」

「なんだ……? 他人に見られて興奮する性癖はわからんでもないが、学生のうちからそんなマニア向けのプレイばかりしてると後々大変だぞ?」

「先生までのらないでくださいよ……いやちょっと待った。わからんでもない?」


 いい大学の医学部を卒業しておきながらなぜか黎明高校の保健医に就任したというだけで、九条先生は変わり者とわかる。実家はいいところのお嬢様らしいが、いろいろなうわさがありすぎてどこまで本当かはわからない。今のところ、はっきりしているのは性癖が特殊ということだけだ。

 俺も授業をサボるときくらいしか会話したことないけど、こんなにノリのいいひとだったとはな。


「ん、まあ冗談はここまでにしてだ。ハナちゃん、とりあえず座れ。るとしよう」

「はい」


 足を組んでいる白衣を着た変わり者保健医に向かうようにして、華子は置いてあった椅子に座った。


 ハナちゃん……?

 華子って、入学して間もないよな。それなのに、九条先生からハナちゃん呼ばわりされるって、いったいどんだけ仲いいんだよ。

 グラウンドにいたさっきも俺にべったりで、親しい友達とかいなさそうにしか見えなかったのだが。


「それで、ええと……確か岸川君、だったか」

「……はい?」


 なんで俺の名前を知ってるのかは不明だ。今までほぼ交流もなかったのに。

 いろいろな謎の答えを想像してたおかげで、九条先生からの問いかけにこたえるタイミングが遅れた。


「これからハナちゃんを診察するのだが……」


 九条先生がそう言い終わる前に、俺から少し離れたところで背を向けて椅子に座った華子が、何も言わず運動着の上半身を脱ぐ。躊躇ちゅうちょレスである。


「なっ!!!」


 背中にブラ紐。反射的に目をそらす俺、振り返る華子。


「ああ、せんぱいはいいんです。だってこれから、もっと恥ずかしい全裸を見られるんですから」

「あ、あ、あほうが!」


 俺は目をそらしたままドアへ向かった。心臓に悪い。というかなんで俺がいるのに脱ぐんだあいつは!

 ラッキーではない確信犯スケベイベントに、少し儲けたという複雑な気分と、からかわれた怒りがミックスされて、何やらわけのわからないものが俺の脳内に降りてきた。


 そうして保健室の外へ避難。中の様子を伺うと、診察らしき問答が聞こえてくる。


「ふむ、異常はないようだな。少し心拍数は高いが」

「はい、苦しくもないし、大丈夫です」

「過保護と思うかもしれんが、念には念を入れないとならないからな。我慢してくれたまえ」


 道場破りの会話にしては、普通だ。いや、普通の問診だ。

 それにしても、参加種目が終わってすぐ保健室に来るとはいったい。そんなに激しいわけでもないしな、借り物競争なんて。


 ──もしかして。華子って、本当に身体が弱いのか……? いやいや、まさかな。いやでも、九条先生とこんなに仲がいいってことは、保健室の常連である可能性が高いということか。


 ああもう、わけわからん。

 しかし、華子の背中、真っ白だったな。まるでいままで外に出たこともないくらいの。スプーン一杯で驚きの白さだ。


 ──いやいやいや! あれは白い小悪魔だぞ! 血迷うな俺!

 思わず白い背中と装飾品のブラ紐を思い出してしまい、煩悩を霧散させるべく俺は頭を激しく振る。パンクバンドもびっくりのヘッドバンキングだ。


「岸川君、もういいぞ。待たせたな」


 煩悩が霧散した代わりに世界が歪み、吐き気までこみあげる俺を呼ぶ声がする。ここまで激しい乗り物酔いにも似た感覚は、小さいころ愛美と一緒に乗った遊園地のコーヒーカップで調子こいてぐるぐる回しすぎたとき以来じゃなかろうか。


 そこでふと我に返る。


 ……俺、なんで保健室まで連行されたんだ?


 ふらつきながらドアを再度開けて保健室内へ入ると、ガシッと左腕を掴まれた。道場破りの小悪魔に。


「お待たせしましたー! 体に異常はないようですし、お待ちかねの膜破りカリ物競争タイムですよ?」

「待ってねえ。つーかなにを競争するつもりだ。納得いくように説明してみろドアホ」

「どっちが先に絶頂ゴールするかに決まってるじゃないですか!」

「不戦敗でいいわ、俺」

「なんでですかー、だからそんなことしてたら来年も借り物競争、お題【童貞】に駆り出されて晒し者になりますよ?」

「晒し者にした自覚あんのかてめえは!!!」


 ぶん殴る代わりに掴まれた腕を振りほどくことで済ませた。まったく。


 横目で見ると、九条先生がクックックッと笑っている。こらえきれない様子で。


「キミタチ、するのはいいとしても、避妊はちゃんとしとけよ」

「しませんから安心してください」

「何ッッッ! 避妊をしないだと!? 最近の高校生はチャレンジャーだな……」

「そっちの否定じゃないですよ! というかするのも止めるべきじゃないんですか、教育者として」

「ワタシは教育者ではない、ただの保健医だ」

「……」


 唖然。

 九条先生、華子と話が合うはずだわ。ここまで話したことはなかったからよく知らなかったけど、絶対尻尾生えてる、この人。


「ああ、だからと言っても、生徒の童貞を食らう趣味はないから、そんなに期待に満ちた目をしないでくれよ?」

「どこをどう見たら期待してる目に見えるんですか! 呆れてるんですよ!!!」


 そんな保健医など、エロゲワールド以外に存在するわけもない。

 呆れるを通り越してあきらめの境地にたどり着いた俺だったが、ため息をついた後に、先ほど振りほどいたはずの腕を再度華子によってロックされてしまった。


「そうですね、せんぱいとなら避妊無用です」

「それ以前にそんな行為しねえよ! というかやるにしても避妊くらい考えろよ!」

「子どもを作る行為で子どもを作らないようにするなんて、おかしくないですか?」

「高校生のうちに妊娠は早いだろ、どう考えても!」


 二人の悪魔を相手にするのは疲れる。だんだんおざなりに怒鳴るようになってしまったが、そこで華子のボケがいったん止まった。代わりに、俺の腕をつかむ力が強くなる。


「いててっ……おい、力込めすぎだわ。放せ。痛い」


 俺の訴えは届かない。痛いっていうのがわからんのかこの野郎。


「……早すぎないです。人生、そんなに長いという保証はないんですよ?」

「痛いっつーのが! ……あん?」


 口調が変わっている。気が付けば、うってかわって華子の顔が真面目モードだ。どこにそんな真剣に語る要素が──



『人間いつ死ぬかなんてわからないんです』



 ──ああ、あったな。



『……実はわたし、お医者様から『きみは二十歳まで生きられない』と告げられています』



 おいやめろ俺回想やめろ。何も言い返せなくなるじゃねえか。


 まさか、華子は、本当に──


『ワーーーーーーッッッ!!!』


 ──とか何度目かわからないシリアスな思考に浸っていたら、それをぶち壊すような大きな歓声がグラウンドからぶっ飛んできた。


「なんだ?」

「なにかあったんでしょうか?」


 華子も歓声にびっくりしたのだろうか、ホールドしていた俺の腕をパッと離してグラウンドのほうを見る。

 天運招来。カオスな空間から脱出できそうなこの好機を逃さないよう、俺の決意を表明しとくか。


「確認せねばならん。俺はグラウンドへ行く。止めるなよ」

「止めるなよ止めるなよ絶対に止めるなよ、ですか?」

「お約束の前振りじゃねえよ! それじゃ失礼します、九条先生」


 俺は一応保健室の主へと一言告げて、そのまま外へ。


「えぇ……わたしとのプレミアムエロイベントより、歓声そっち優先しちゃうんですか?」

「真に大事なものが見えていない、童貞ならではの行動選択だな。まあ、それも青春だろう。グッドラック」


 勝手なことをぬかす二人に「やかましいわ!」と脳内のみで反論するにとどめ、俺は早足で小悪魔の巣窟から離れた。

 つきあってたらHPヒットポイントが尽きるわ。俺はグラウンドに帰らせてもらう。


 ──行動選択。いのちを、だいじに。

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