姉で異性で先輩で
「のんちゃんは、どこの高校を受験するか、決めたの?」
愛美の墓参りの帰り、夕貴がそんなことを尋ねてきたので。
「……ん。
俺は、夕貴と同じ高校に進学することをはっきり宣言した。
「そっか。なら、来年からよろしくね」
「いや、まだ合格するとは決まっていないけどね」
気の早い挨拶をする夕貴に、俺はおどけて答えた。クスクス笑いがわきおこる。
「のんちゃんなら大丈夫だよ。ただ、うちの高校は部活動所属必須だけど、いいの?」
中学時代、帰宅部を貫き通した俺のことを知っているが故の、夕貴の心配である。
「大丈夫、適当に所属して幽霊化するから」
「ならいいけど……もしも決まらなかったら、私の所属する美術部においでよ。部員数も少ないから、幽霊でもみんな喜んでくれるよ」
姉の心配に、俺は無言で微笑みを返すだけだ。
「美術部ね、人数は少ないんだけど、すごい才能を持った人がいるの。初めてその人の絵を見たとき、あんな絵を描きたいと心から思ったよ」
夕貴が珍しく興奮気味なのに俺は驚く。よっぽど、その人の絵が好きなんだろう。
「夕貴だって、うまいじゃない」
「私なんかと比べるのもおこがましいよ。その人、いろんなコンクールで入賞してるし」
「ふーん。一度、どんな絵か見てみたいもんだね」
「うん! きっと、のんちゃんも気に入ると思うよ」
帰り道を歩きながら重ねられる、とりとめのない会話。
だが、興奮気味に話す夕貴の本当の心情を、その時の俺は理解していなかった。
―・―・―・―・―・―・―
俺は無事、黎明高校に合格した。合格発表のすぐ後に、夕貴がお祝いのため家まで駆けつけてくれた。
「のんちゃん、おめでとう!」
「ありがとう。夕貴……先輩」
「ふふっ。なーに? 今更『先輩』呼びなんて」
「いや、さすがにね……」
玄関先で早速、夕貴を先輩付けで呼ぶ。高校に合格したらそうしようと、前々から決めていた。
呼ばれた本人は、なにやら違和感を感じながらも、まんざらでもない様子である。
「うん。じゃあ、頼りになる先輩に何でも聞いてね!」
「……よろしく。本当に、頼りにしてるから」
夕貴はたぶん、頼られるのを嬉しく感じる人種なのだろう。笑いつつも、夕貴には珍しく胸を張るさまをみて、俺は予感した。
きっと、高校生活は、楽しくなると。心にできた大きな穴が見えなくなるくらいに。
――――何も知らないということは、幸せであり、不幸でもあるのだ。
―・―・―・―・―・―・―
あっという間に、俺の高校生活も二年目に突入した。
残念ながら、心の穴は、いまだ埋まっていない。むしろ高校入学時より大きくなった。
やりたいことなど結局見つからなかったのだから、それも当然である。
今年の新一年生の入学式は、昨日終わった。今日は、新入生に部活動の紹介をする日だ。
うちの高校は、部活動に力を入れているために、丸一日かけてそのようなイベントを設定している。
「……だるいな……」
そんな独り言を言いながら、いつもの通学路をとぼとぼと歩いていると、偶然夕貴先輩と遭遇した。
「のんちゃん……おはよう」
会いたいような会いたくないような相手に対して現れる表情を見せないよう、俺は顔を背けて挨拶を返す。
「おはよう……夕貴先輩」
夕貴は俺の微妙な表情に気づかなかったようだ。そのまま同じ方向へ二人で進む途中、前にいる夕貴が、歩く速度を故意に落とす。
だが、俺もそれにあわせて遅く歩いたせいで、俺と夕貴が並ぶことはなかった。
「……のんちゃん、今日は新入生の勧誘、がんばろうね」
いつまでも隣に俺が並ばなかったせいだろうか、じれたように夕貴が振り向いてきて気合注入をしてきた。
俺は無言で頷き、それを確認した夕貴が少し寂しそうに微笑み、今日のミッションの告知を開始する。
「うん、お願いね。目標は、部員一人につき、新入生ひとりの勧誘。そうじゃないと、廃部危機だから」
夕貴の語尾に少しだけこもる力。確かに、去年ですら、俺が入部しなかったら廃部危機にさらされていたのだ。
「……幽霊部員に勧誘ができるか
そう返してはみるものの、部活が部活だけに、たくさんの勧誘は難しいとは思う。だが、気合に満ちている夕貴に、そんなことは言えない。
夕貴は部長だから使命感もあるのだろうが、それ以外の理由のほうが深刻だろう、と容易に理解できるのが、少し悲しい。
「……廃部になっちゃったら、
俺は自虐的にそう吐き捨てた。
成績優秀で、イケメンで、絵の才能は全国屈指。
どこからどう見たって、俺は
――――そう、俺の想いも、
そんな俺の絶望などわからないだろう夕貴は、俺の言葉を肯定するかのように、ただ頬を淡く染めるだけだった。
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