阿片

 汚らしい阿片窟だ。阿片の煙が漂っている。イギリス人が大砲で脅して売りつけている阿片は、清の全土に広がっている。

「おい、阿片を持ってきたんだろうな」、弁髪の漢人、この阿片窟の主が言った。

「ある。テールを寄越せ」

 獣の糞のような阿片を好んで吸っている漢人のために、イギリス人から仕入れてきた。

 阿片を袋から取りだそうとすると、どぶ鼠より汚らしい、歯が欠けた纏足の女が、足下にくすがりついてきた。

「どうか、阿片をお恵みください、西洋人の旦那」

 白人は纏足の女の頭を蹴り飛ばした。白人の男にはなんの顔色も浮かばない。

「失せろ。清の女には興味ない」

 女は泣きわめいたが、弁髪の男達、用心棒に背丈より長い棒で叩きのめされた。ゴンフーだかクンフーだかの使い手らしいが、白人は興味が無かった。銃と軍艦に勝てる武器などない。

「遅れた文明だ」、白人は嘲った。もっと東の国に行ったことがある。白人にとっては、変な髪型をしている、刀を持った野蛮人だ。日本人の女は、ヨーロッパに連れていくともうちょっと高く売れる。纏足では、白人は気味悪がって買いたがらなかった。足が悪いから、小間使いにもしづらかった。もちろん相手を選べば高く売れたが、纏足の相手を見つけるのが難しかった。それに、東の国では、金が他の国より安く手に入る。

 インドでイギリス人か、マカオでポルトガル人から生阿片を買い、ほかの物と混ぜて練って中国煙管で吸うための煙膏に加工して、ここで銀を稼ぎ、東で銀と金を交換してインドに持ち帰るのが、男にとっては一番効率的だった。

 白人はその手口で、東インド会社と関係ない、阿片商人達のリーダーになった。とはいえ、そこまで大きくはない集団だが。

 もちろん、阿片以外の商売もやっている。日本からは金と生糸と人を持ち帰ることが多かった。コルカタのイギリス人か、ジャワのオランダ人に売り飛ばすのだ。

「テールだ。重さはそっちが言った通り」、漢人はどん、と箱を机の上に置いた。馬の蹄のような形をしているものが、箱に詰められている。

 清で銀錠と呼ばれた銀のインゴットだ。高額取引では、銅銭ではなくこれが使われた。37グラムごとに1両価格が上がった。もちろん、場所によって交換比率はまちまちだが、男が漢人の従業員に給料を払うために交換したときは、一両で米というパンにも出来ない物240リットルか、1650枚ほどの銅銭だ。

 日本で金と交換する際は、長崎で丁銀に吹き直す。日本では清の二倍近くの金に交換できる。男にとっては、日本に阿片を売れるようになる時が楽しみで仕方なかった。

 漢人は箱を開いた。そのテールが、何個も詰められている。

「さっきの女はいくらだ」

「そんなに高くはない」

「一生分はいくらだ?」

「まぁ、そこそこね」

「買おう」、男はテールの一つを、漢人に投げ渡して、箱を自分の袋に入れた。

「太っ腹だね、あんた」

「なに、安いもんさ」

 漢人が現地の言葉で男達を呼び出すと、さっきの女が呼び出された。白人はにやついた。

 白人は連れてこられたさっきの女の目に、短剣を突き刺して、捻った。男が短剣を引き抜いて、女の後頭部を思い切りはたいた。

 女の血と、眼球の内容物、ロンドンで男が食ったウナギの煮こごりのような色をした物がこぼれ落ちる。

 男は女の顔を引き上げ、腰からなにかを出した。黒褐色の球。

 阿片の粒だ。

 阿片の粒を女の眼球の中に詰め込んで笑った。

「阿片を恵んでやった」

 そして、男は女の口の中に商品である阿片の煙膏の一部を思い切り詰め込んだ。女は卒倒した。

「こいつはたぶん死ぬだろう。あとで引っ張り出して、使えばいい」

 漢人が激高した。

「煙膏の重量が減るだろう!」

 白人が、ピストルを取り出して、漢人の心臓に狙いをつけた。

「心臓の重量か、どっちを減らしたい?」

 白人は高笑いして、背中を向けた。

「ごきげんよう。また買ってくれよ、お得意さん」

 そして、紫色の煙と、しょぼくれた光と、中毒者しかいない阿片窟から立ち去った。

 他にはなにもない場所だった。

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