殺陣:サーベルVSマスケット
ある日、ドイツ戦線のさなかのナポレオン軍兵の間で、騎兵部隊の腕利きと、銃兵部隊の腕利きが口論になった。
サーベルのが強い、マスケットのが強いといういつものような話題である。
この酒場での口論は、ナポレオン軍のドイツ戦線での負けが込んでいることもあって、殴り合いに発展した。数日後にライプツィヒでの戦いが起こってしまうのに、殴り合っていた。
騎兵は貴族上がりで、歩兵は平民出身だったことも影響した。
少し前まで貴族と言えば、ギロチンで首をはねる物だったからだ。もっと前は富の象徴であったが。
二人の言い分を聞けば、こうだ
「サーベルは威力が段違いだ。腕など簡単に切り落としてしまう。弾が入ってないマスケットになど負けない」
「マスケットは長さが二倍近くある。それに、銃剣での突きだけではなくストックでの殴打は相手の頭を一撃で割れる」
「持ち方が違う。マスケットはしょせんストックの部分を持てない。だから長さなどたいして変わらない。それに、マスケットは重すぎる。槍ほどの鋭い突きは出来ない」
「だが動きが違う。マスケットの進退は最速だ。それに、片手で突けば、サーベルよりはるかに長い」
「ぽっと出の農民上がりの平民のド素人など、マスターの元で長く鍛錬してきた貴族の腕にはかなうまい」
「道場剣法がなんの役に立つ。貴族など、ロベスピエールの前ではただの可愛い害獣だ」
「貴様、殺してやる」
「てめぇをぶっ殺す」
そうして、次の日、激戦であったロシア戦役を生き延びた両者の決闘が始まることになった。ロシアを生き延びたのに、無駄なことで命を落とそうとしている。だがそれが人生だ。彼らにとって激怒よりも大切な命など無い。
本物の武器を持った二人を、周囲のフランス兵が見守る形だった。
着剣時183cmのM1777・シャルルヴィルマスケットを持った平民は、イギリス海軍に欧州全体を海上封鎖され渡ってこないはずの、新大陸から渡ってきた、カリブ海の島で取れた葉巻を吹かしている。プロイセンの貴族からぶんどったものだ。弾は入れていない。フェアじゃないからだ。
全長112cmのサーベルを持った貴族は、ロザリオにキスした後、剣にキスをした。
「決闘の結果死んでも文句は言えまい」、サーベルをくるりとまわした。
「心臓を貫いてやるぜ」、平民は葉巻を投げ捨てた。
二人が向かい合った。
銃兵は、左手を切られず、リーチを長くするため左手をだいぶ手元側にして持っている。
貴族は、この距離では刺突が飛んでくるのを知っているので、剣で払うか、体捌きで中に入り込もうとしている。
銃兵が探るような突き、貴族は入れない。
フェイント、貴族はマスケットをたたき落とそうとするサーベルを空ぶった。銃兵が踏み込んで突こうとするが、切っ先を地面に向けたサーベルを横に振り、根元で左に弾く。
頭を腕が周り、左腕を切り落とそうとする。しかしもう銃兵はそこにはいない。
もうすでに少し横に回って、離れている。
貴族が左手を前にした。左手で払う姿勢だ。貴族が突っ込む。相討ちを恐れて、銃兵は下がる。
頭頂部への強力な剣の振り下ろし、銃兵はマスケットを掲げて、受ける。
マスケットの木製部分に、深く切り込んだ。
貴族は左手でマスケットを掴んだ。しかし切り込みすぎたせいで抜けない。
銃兵が股間を膝で蹴りあげたが、腹に当たった。しかしそれでも充分だ。
抜けたマスケットのストックを、こめかみに向かって水平に振り込んだ。貴族は左手で防御する。逆からのハンドガードでのスイングは、サーベルで受けた。貴族はマスケットを下げ、サーベルの護拳で銃兵の顔を殴りつけた。
離れた相手に、とどめの一撃で首を切り込もうとした。だが銃兵が翻したマスケットのストックの底での突きを食らって、貴族がひっくり返った。
銃兵がマスケットを翻し、銃剣で心臓を貫こうとした。
だが貴族のが早かった。サーベルを腹に刺した。
崩れ落ちる銃兵の銃剣が、貴族の肩を貫いて、決闘の決着は付いた。
そのニュースはナポレオンの耳に届き。イギリスのピット首相が驚き、ロシアのアレクサンドル一世は笑った。
激怒したナポレオンは、すぐさま前線に貴族を送った。
貴族は、圧倒的な敗北を喫したライプツィヒの戦いで敗走中にプロイセン軍銃兵の17.5ミリの鉛玉を心臓に食らって、落馬して死亡した。そして、スウェーデン軍騎兵に死体を踏みつけられた。
ライン川より東を失った大陸軍は退却した。
だがそのうちに、ナポレオンはドイツを失った。もはやフランスしか残されていないナポレオン軍は、ワーテルローで完膚無きまでに打ちのめされ、欧州全てを手に入れようとしたナポレオンの野望は潰えた。
1789年のフランス革命から1815年までのナポレオン戦争での約30年間でのヨーロッパ人の死者は490万人を越える。2700万人いたフランス人は人口の10%近くの死者を出している。このフランスへの人的被害はフランスが4年で4000万人中170万を失ったWW1とフランスが5年で4000万人中50万を失ったWW2の合計レベルで、人口比では更に上であり、長期とは言え大損害を与えている。
戦争とはそういうものだ。
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