2-5 記述『能力者との遭遇』

「だ、誰だ!」


逆さまの状態で柊は人影に向かって叫ぶ。その人物が今の自分に何らかの作用を及ぼしているのは間違いない。






「なんか音がしたから来てみたら人がいるんだも〜ん!ビックリだよね〜こんな時間にさ。」






その影は両手を大きく広げて戯けた口調でそう言った。そして柊が言葉を発する前に、影は言葉を重ねる。




「ねぇ?どっから入ったのかな?ボクは廊下に居たんだけどさぁ、だぁれも教室に入ってなかったと思うんだよね?」




とりあえず降ろしてくれ、という暇もない。影は一人でベラベラと喋り続ける。




「ボク、実は超能力者なんだよ!凄いでしょ!?能力名は…“超人”だっけ?名前なんてどでもいいんだけどね。聞き覚え、あるでしょ?この能力。」




物体を自由に操れる、念動力、サイコキネシス。


その力で柊の身体を上下逆さまにして空中に浮かばせているということか。




「ねぇ、君も超能力者なんじゃないか、って思うんだよね。ボクに気づかれずに教室に入れそうなのは…“降臨”か”変革“か”強化“くらいかなぁ。ねぇどれ?」




影の言葉が途切れ、静寂が訪れる。柊の返答を待っているのだろう。血がすっかり上った頭に自分の鼓動だけがやけにうるさく聞こえた。さっき吐血したので口の中が気持ち悪い。まだ衝突のダメージで頭がくらくらする。


「と、とりあえず!離してくれ。これじゃ話もできない。」


「えー?キミはさっきから全然ボクに返事しないのに?」




そうだ。そもそもまともにやり合う必要なんてないんじゃないか。ここでさっきみたいにケシカスでも思い浮かべて部屋に逃げればいいんだ。でもーー散々好き勝手してくれたコイツに何か仕返ししないと気が済まない。




何か、何かないかーー。


俺の力で仕返し出来るーー。




なんだ、あるじゃないか。


簡単な答えが。




柊は静かに目を閉じる。思い浮かべるのはーーそう、今自分を襲っている張本人。


場所を交換する、ということなら”チェンジ“と能力名を変えた方がいいんじゃないかとすら思えるこの力でーー。






(チェンジ!!)






心の中で叫ぶと浮遊感が全身を貫き、足の裏に確かな地面の感覚。視線の先では逆さまになった影が頭から地面に崩れ落ちている所だった。




柊はドアの側に立って、黙って様子を見ていた。しばらくして頭から落ちたソイツが動かないのを確認するとゆっくりとソイツに近づく。




(何もしてない俺に力を使いやがって。全くどこのどいつだ。そもそも世界に能力者は七人なんだろ?こんな近くに俺とコイツの二人もいるってどんな確率だよ。)




柊はしゃがみ込んで、伏しているソイツをひっくり返した。


暗い中、ソイツの顔を見た柊はーーハッと息を呑んだ。






(き、木戸…!?)






なんで!どうして!?あいつは突然危害を加えるような男では無かった筈だ。木戸も修学旅行のプリントでメッセージを!?いやそうとも限らないか。でも!あぁそうだ、俺がトイレでメッセージを読んでる時、”超人“が選択されたのを確かに見た。じゃあ木戸は俺がトイレに行っている間に能力を得た…?いやでも!




思考だけがぐるぐると回転し、柊の視界には何も映らない。ただ固まって途方もなく、答えもない問いを投げてはまた他の疑問が生まれる。そんな思考の渦から柊を引っ張り出したのは木戸のうめき声だった。




(やばい、見られる)


木戸は襲った相手が柊だと気がついているんだろうか。もし気づいてないならば、知らないままの方がいい。お互いがお互いの正体を知っては…恐ろしい。そう考えた柊は木戸が目を覚ます前に自室に帰る事にした。




(チェンジ!)


ケシカスを思い浮かべ、浮遊感の後で目を開ければ、そこはいつも通りの自分の部屋だった。

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