2-4 記述『寝る前には戦闘を』

言動には細心の注意を払う。口に出す言葉には勿論、思考回路や一挙措一投足に至るまで、何が引き金となるかわからない。そして万一の際、対策が即座に打てるように、自分の言動を逐一頭の片隅のメモ書きに書き留める。とはいえ言の方は喋るのを控えているのでほぼないのだが。動の方は極力人を避け、常に話しかけるなオーラを放出し続けた。




こうしてなんとか学校が終わり、一人帰路につく柊はすっかり疲れきっていた。超能力が恐ろしいものだと身をもって体感しているからこそ、一瞬たりとも気を抜けない。前回のようにそう何度も丸く収まるものでもないだろうから。修学旅行のHRも全然内容が頭に入って来なかった。しかし聞いていなくても、プリントの内容が前で読み上げられただけだろうと柊は考え、それを問題にしない。そして実際正しい選択でもあった。




柊は自分が得たらしい“取寄”の力について考える。確か「思い描いた物体を手元に引き寄せる」だった筈だ。一読したら神からのメッセージは跡形もなく消失したので一文字刻みで覚えているわけではないが、たしかそんな内容だった。能力の内容的に勝手に発動するという事はなさそうだ。となると、記されていない何かしらのペナルティも、発動時又は発動後に起こると考えるのが妥当だろう。




そもそもこの力は一見“超人”すなわち念動力の下位互換に見えるが、恐らくそうではないだろう。念動力でも物体を手元に引き寄せることは可能だが、恐らくこの“取寄”は物体を瞬間移動させるのではないか、と柊は考える。念動力ではあくまで物体を物理的に引き寄せることになるが、“取寄”では時空を超えて物体が現れる、つまり地球の裏側のモノでも持ってこれるんだろう、と。そして取り寄せたい物体の場所が正確にわからなくても、思い描ければ引き寄せられるのではないか、と。






* * *






ーーその夜。




(宿題のプリント学校に忘れた…)




柊は自室でため息をついた。もうすぐ日付は変わろうとしていて、明日までの宿題は今日やらないと間に合わない。いや、朝学校着いてからやれば実は間に合うのだが、柊は朝の時間は睡眠に費やすんだという変な執着というかモットーがあった。そして学年でも屈指の成績を誇る柊にとって、宿題を忘れるというのは言語道断だ。そういうところが成績に意外と反映するのだ。柊の武器は勉強が出来ることーーそれしかないのだ。それしか、ないのだから。




(使ってみるか…)




なぜかはわからないがふとそんな考えが浮かんだ。


やはり使うべきではない。それはよくわかっている。


超能力なんて使ったらどんな弊害が訪れるかはわからない。




それでも、一度考えてしまったらなかなかその考えを撤回するのは難しい。


そうだ、これはいい機会なんだ。訳の分からないまま怯えるより、どんなものかを知ってから注意する方がいい。


そんな風に自分に言い訳するかのように言い聞かせた。






柊は静かに目を閉じた。






手にしたいのは、学校のロッカーにあると思われる宿題のプリント。


それを強く頭に思い描く。




しかし手には紙の感触がやって来る気配はない。


思い描くだけじゃダメなのか。


それなら






ーー来い!!






欲しいと願わなければ手に入らない、そういうことなんだろう。


いつだって待っているだけではダメなんだ。


自分から動かないと。




突然、ふわっと身体が宙に浮いた気がした。


驚いて目を開く。






その手に宿題のプリントはない。ただ何も持たない手が双眸の前でゆらゆらと揺れる。






あれ?おかしいぞ。




俺の部屋には電気が点いていたはずなのに。


どうして電気が消えているんだろう。






ーー違う。






目の前にはロッカーがある。


視線を横に滑らせれば、窓。


後ろを振り返れば、黒板。


ここはーー学校。






俺は目の前のロッカーを開く。


整理された綺麗なロッカーだ。必要なプリントは全て一つのファイルに収まっている。


そこから目的の物を取り出そうと漁るが、すぐに気がついた。


俺が欲しかったものはここにはない。


だがあるとしたらここ以外はない。柊は必ず机の中を空にしてから帰るので、あるとしたらロッカーしかあり得ない。




宿題は確かにロッカーにあった。


でも今は恐らく自分の部屋にある。


力は発動したのだ。自分の手があった場所へ、目的の物は確かに運ばれたのだろう。




でも…代わりに自分の身体が、物が元あった場所に飛ばされるんじゃ意味ないじゃないか。




確かに欲しいものは「取寄」てはいるが、そこに自分がいなければ無意味だろう。


流石にこのペナルティは柊にとって予想外だった。しかし使えない力だと切り捨てるのは早計だ。例えばこの場所で、柊の部屋にある要らない物ーー例えばケシカスなどーーを思い浮かべれば身体は部屋に戻り、ほぼ代償なしで目的を達成する事になる。




思い立ったら実行あるのみ。もう学校に用はない。柊は再び目を閉じ、部屋の机の上にあるケシカスを思い浮かべてーー






先程とは違った浮遊感、否、まるで突き動かされたかのような感じだ。


前方に勢いよく飛び出した柊はロッカーに激突する。全身がロッカーに打ち付けられる。その衝撃でロッカーが大きな音を立て、柊は痛みで呻き声をあげて蹲る。






「なんだ…失敗かよ…!いってぇ…!」






どうしてーーしかしその思考はすぐに遮られた。


蹲ったまま柊は上方へと持ち上げられる。誰かが持ち上げているわけではない。自分の意思でやっているわけでもない。知らない力が作用して、柊の身体が動かされている。




柊の身体が黒板へとスピードを上げーー衝突する。


叩きつけられる痛みに柊は吐血する。その血が床に落ちてビシャッと嫌な音を立てる。呼吸ができない。何が起きているのか頭が追いつかない。視界が急に反転する。まるで脚を掴まれて持ち上げられているような…しかし目線を動かしてもそこに人は見当たらない。




何が起こっているんだ…


辛うじて呼吸を取り戻した柊は、荒い息を吐いて周囲を見回す。




逆さまの世界の中、柊は教室のドアの陰に人影を目にした。


誰かはわからない。


でもその人物が薄く笑ったのを、柊は確かに目にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る