1-22 記述『何もかもが終わり、また何かが始まる。」
「んな、バカな…全部演技だった、って言うのか…!?」
事情をアウラから聞いた柊は空中で驚愕に肩を震わせた。筋は通っている。違和感もない。他者を巻き込まず、自分だけを犠牲にする俺らしいやり方だ。おそらく本当なのだろう。
命をも削る力を使って過去のみんなを救う為に尽力したというのか。いや、確かに俺ならやるだろう。俺が起こした災難を自分で収拾をつけようとするのも俺らしい。
でも、そこに気がつけなかった。気がつかせない程追い込むのも未来の俺の計算だったのかもしれない。でも、でもーーあんまりじゃないか。
頭ではわかっている。最善策だ。これ以上良い手は今の俺には浮かばない。
でも、あまりに報われないじゃないか。未来の俺は誰にも感謝されず、認められず、一人で生き返り、一人で死んだ。せめて、俺に種明かししに来てくれよ。どうして、勝手に消えちまうんだよ。
* * *
柊は、10月1日の事を知らない。いや、柊だけではない。神やアウラもその事を知らされていない。未来から来た柊は、力が与えられたことの詳細について話していなかった。
将来、魔界から魔物が現れるという事実、そしてそれに伴って七人に与えられる力。そう柊は未来で聞いた。しかし過去に遡って話した内容は、
「何故かはわからないが突然神から力を得た。いつ力を得たか、正確な日時はわからない。」
なぜそんな事を言ったのか、明確な理由はない。
ただほんの一ヶ月とはいえ未来を知る人間が、過去で未来を語ってよいものかーー
それによって未来が大きく動いてより悪化しはしないかーー
そんな懸念があって、あえて真実をボカした。
だから当然、未来の柊から事情を聴いたアウラも、アウラから事情を聴いた柊も、10/1に起こる事件を知らない。
しかし未来から柊と同じようにワープしたらしいカイトは、当然この事実を知っている。ただカイトは柊が「あいまいに」説明するのを見ても、言葉を付け足す真似はしなかったし、今後も神や他の大天使に詳しく話すつもりもなかった。ある情報を得たカイトにとっては、この状況はよいものだったのだ。
「ふふふ…このままいけば…目覚めるかもしれないね…」
カイトは塔のかなり上方にある自分だけの空間で、一人ほくそ笑んだ。
* * *
「柊翔、今のお主とこの状況を知っているのは、お主と木戸照也だけだ!」
「どういう意味ですか!?」
柊とアウラは手を繋いで高速で青空を駆けていた。足が地に付いていないが不思議と恐怖の感情はない。先程空中で立ち話をしている間もそうだったが、背中から生える翼の確かな感触が柊を安心させていた。これがあれば落ちることはない、と。まるで生まれた時から生えていたかのようにしっくりくる。空にいることも違和感がない。前世は鳥だったのだろうか、と考えた柊は自分の考えを即座に否定する。そんな根拠のないことは信じない。前世など、バカバカしい。
「どうもこうも、私がお主に話した内容のことだ。その内容を知るのはお主と木戸照也だけ。あと、お主ら以外の、死んだ後から生き返るまでの記憶はこちらで消去する!あぁ、あと未来のお主が来たって情報も消す。全てが無かったことになるんだ。」
「そう…ですか。そう…ですね。俺、いや僕がやりそうな事です。」
みんなの脳から知識が強制的に抜け落ちる、それはどういう事なのだろう。抜け落ちた埋め合わせはどうなるのだろう。結果として確かにみんなを救っているのかもしれない。でもみんなにも確かに損害はあるはずだ。記憶を弄るなんて、そんな行為をしなければならない程に、今の俺に何かを伝えたかったのだろう。未来の俺は何を伝えたかったのかーーまだハッキリとはわからない。
ただ思う事はーー超能力なんてない方がいい。
あんなもの、悲しみを生むだけだ。もう二度と人類が関わることがなければいい……柊は飛びながら密かに願った。未来の柊のメッセージはしっかりと届いている。そのことに当の柊はまだ気が付いていない。
* * *
「柊!」
教室へ戻って来た柊とアウラは、そこで携帯を握りしめる木戸に迎えられた。アウラはそこで、何十年後かに会えるだろうと二人に言うと姿を消した。その場から突然姿が消える様を見ても、既に二人は驚かなくなっていた。
「行った…な。」
「なんだ、寂しいのかい?好みだったとか?」
「バカ言うな。確かに美人ではあったが、俺が手を出せるような人ではないだろ。」
「ふ、それは柊がヘタレだからかな?」
「お前な…」
二人で顔を見合わせて、吹き出すように笑う。笑ったのはいつぶりだろうーー柊はしみじみと思う。ずっと一人で世界を彷徨った。アウラと出会ったのはオーストリアだったと、アウラの話で知った。どうしたら日本からオーストリアへ一人で辿り着くのか、今考えても奇跡としか思えない。自分の運の良さが働いたのだろうか。
「よかった、とにかく、無事みたいで。」
安心したように、木戸は涙を指で拭いながら言う。ずっと心配してくれていたのだろう。まさか死後に意識を保った状態で魂が存在するなど思ったことはなかったが、こうした体験の後だと、死後の世界や神や天使の存在というのもすんなり頷けた。
「俺一人なら死んでた。知ってるだろ?未来の俺が、今の俺に無事でいるように魔法をかけたって。」
「そうだね。それが無かったらいくら運がいいとはいえ柊もあの世送りだったかもね。」
柊は自殺しようとしたとは木戸に話さない。そんな事を、心配してくれた友人ーー否、親友に話す事は出来なかった。いやーーもし死んだとしても、どっちにしろみんなと一緒に生き返るはずだ。それなのに俺一人殺さない、というのは恐らく何か意味があるのだろう。
その時、開け放たれた窓から、生温い風が二人の頬を撫でた。そして二人は悟る。
時が動いたのだーーと。
机や床に伏していたみんなが一斉に起き上がる。
時計の針が一つ、進んだ。
教室のドアが開き、まだ来ていなかった生徒らが登校してくる。柊は窓の外を眺めた。倒れていた人たちも起き上がり、なんで地面で寝ていたんだろうと不思議がりながら歩いていった。
「あれ、柊と木戸、瞬間移動した?」
後ろから天野が声をかける。時が止まった時と動いた時、二人の位置は移動している。他人から見たら急に一瞬で位置が変わったかに見えるだろう。
「まさか。天野がボーッとしてたんじゃないの?」
「そうだよ。パジャマで来る上にカバン忘れるくらいだからな、お前。」
「あーーっ!そうだった!シャーペンと鉛筆貸して!!」
「お前書くノートもないだろ…」
いつもの日常。いつもの光景。
なんて素晴らしいだろう。
「柊…お前制服は?」
「は?」
失態だ。柊は制服を着ていない。一回家に帰り、血の付いた制服を着替えたのだ。
「着替えたんだよ。」
「着替えたぁ?俺がちょっと目離した隙に?」
「そう。名付けて早着替えの術!というかお前、パジャマだろ。どうすんだよ。」
校内にいる間は制服でいる必要はない。しかし登下校時には制服の着用が義務付けられる。既にパジャマ登校がバレて怒られた天野と違い、柊はバレていない。今なんとか誤魔化せたとしても、帰る時に制服が無いとなると非常に困ったことになる。どうしたものか……
帰ったら両親と妹に何か言わなければ。
きっと心配しているだろう。
いやーーしていないのか。
自分らが死んだ事も、未来の俺が来た事も、無かった事になっているのだ。
俺が病院に行った事もーー無かった事なのだろうか。
クラスメイトに聞いてみようと開きかけた口を閉じる。不自然だと思われるべきではない。無かった事は無かった事でいいのだ。みんなと俺が違う記憶を持つと悟られるのは都合が良くない。
帰り道ーー
蒸し暑い中、制服でないのを隠す為に、ロッカーに置いてあった上着を羽織って一人で坂を下る。
部活をやっていない柊は、他の仲の良い人と帰る時間が合わないのだ。それに、制服じゃないのを騒がれたくない今は、一人は好都合だった。
いつもの光景だ。
いつも通り車が行き交い、山之上高校の生徒が坂を下る。下っているのは皆、部活が休みの生徒か、やっていない生徒だ。
時が止まった事による衝突事故は既に片付いているようだーーしかしその事に柊は思い当たっていない。
駅では電車が止まっていた。どうやら大きな事故があったようだ。
バスで帰るかーー柊は軽く舌打ちをする。自分が運転した事による事故と気がつかずに。
柊の感覚的には一ヶ月も前の事なのだ。それに長い心の空白の期間もあり、自分が運転したという事実も、記憶には残っているものの、奥底に眠ったままだ。
バスに揺られて柊は細いため息をついた。
よかった、と柄にもなく一人笑みをこぼす。
よかった、全てが無事で。
よかった、みんなが助かって。
よかった……
「ただいまー」
柊が家に帰ると母親がバタバタと走り寄る。
「ねえ!私、今日怪奇現象見たの!」
「……怪奇現象?」
「台所に居たはずなのに、気がついたら椅子に座ってて、料理が勝手に出来上がってたの!」
ーーあぁ、それか。
柊が作ったスパゲッティ。なんだか懐かしいような気分ーー。
「で?それは美味かったのか?」
「ええ、美味しかった…不思議な味だったわ。」
「そうか。よかった。」
首を傾げる母親を置いて、柊は居間へ向かう。妹の柚希は既に帰っていて、いつものようにソファで寝っ転がってテレビを見ている。相変わらず、つまらなそうな顔で。
「ただいま。」
「おかえり。」
いつものように、短い会話。でもそれが逆に心地よい。
妹は身体を起こして振り返る。兄の顔をじっと見つめると微笑んだ。
「元気になったみたい。」
柚希は覚えているのだろうか。兄との部屋での会話を。兄が交わした約束を。
わからないし、聞かない。でも、きっとどこかで覚えているんだろう。そうじゃなきゃ、今の発言は出てこない。
「あぁ、お前のお陰だ、柚希。ありがとな。」
「ふん、せいぜい感謝しとくことね。」
相変わらず可愛げのない、といつものセリフを吐いて柊は二階の自室へ向かう。
やっと帰ってきた。我が家に。ただいま。ただいま。ただいま…!!
部屋に入り、部屋をグルリと見渡す。
血の付いた制服。怪しまれないうちに洗わなきゃ。
床に落ちたピストル。使うことはないだろう。引き出しに隠しておかなきゃ。
全てが終わったのだ。そう、全てがーー。
* * *
「これはーー」
幾人もの黒服の男達が、一つの映像を見て息を呑む。
そこに映るのは一人の学生。
電車の運転席に入り、ポチポチとボタンを押すと、運転を始めた。
電車が他の電車と衝突すると、彼は運転席から降りて、映像から消えた。
「この、少年はーー」
「あと、こちらもご覧下さい。」
沢山の人間が倒れた通りを、同じ学生が人間を踏まないように歩いている。
これらは全て、皆が“改変”で死んでから、時が止められるまでの間の映像ーー。
人は死んでも、機械は動いていたのだ。そうーー12:06までは。
「この少年は柊翔という名前だそうです。」
「学校には?」
「連絡が行っています。」
「明日の朝…学校から。」
「ええ。事情聴取して…」
「逮捕しましょう。」
「しかしこれはどういう…」
「わからん。超能力でもあると言うのかね。」
「例の組織に連絡してはいかがでしょう。こういった事も携わっているかも。」
「あの組織か。謎が多いとこだが…この事件も謎が多い。いいかもな。」
「電話…してみます?」
「私がしよう。」
会議をしていたうちの一人が携帯を取り出す。彼がこの中で最も上の立場にいるもので、代表としてその組織へ電話をかけている。プルルルルと電話から漏れる小さな音が、静寂の会議室に響いた。
「…もしもし?」
「もしもしーーこちら“七星”のNo.2でございます。ご用件は?」
どこか人を馬鹿にしたような男の掠れた声だった。
柊の知らぬ所で、物語は既に新たな章を迎えていたーー。
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