1-21 記述「到来したドッペルゲンガー」

「なるほどのぉ…それはワシも協力を拒む訳にもいかんわい。」

神様は顎髭を撫でながら納得したように何度も頷いた。

柊の「時を戻す」発言の目的を聞いて、神として協力に値すると思ったのだろう。


「お呼びでしょうか、神様。」

突然、柊の隣、アウラとは逆の方向に白髪の天使が現れる。アウラと同じ大きな翼と輪を持っているということは、この男もまた大天使なのだろう。

「大天使カイトぉ…汝の力を貸してほしいぃ…」

「はっ、仰せのままに。どういったご用件で?」


「なるほどね。それで。」

柊は掻い摘んでカイトに説明する。それにしても、このカイトという大天使は…どこかで見たような…

「カイトに時を操る力があったとは意外だぞ。」

「アウラには言ったことなかったかもねー。というか神様以外知らなかったと思うよ。表向きは氷使いってことになってるでしょ?不完全とはいえ、僕の時を司る力ってのは切り札になるからさ、ほら騙すには味方から、みたいな?」

そうだ。この男の雰囲気。いつも笑みを浮かべる顔。この背丈。髪質。喋り方。これは…

「柊くん、どうかした?そんなに驚いたように僕を見て。」

「いえ、僕のよく知る友人に雰囲気がよく似ていると、思いまして。」

「…!その人の名前を聞いてもいいかい?」

「え、えぇ…木戸照也、って名前ですが…」


急に笑みを消して真面目な顔をするカイトに面食らうように柊は答える。カイトは「木戸照也、木戸照也……」とボソボソ言いながら目を閉じる。

数秒後、目を開けたカイトは先程とは打って変わって、両手をギュッと握りしめて歯をギリギリ鳴らせていた。

「そうか、そうか、そうか。やっと見つけた…!あいつだったのか!木戸照也!僕の……」

カイトはパッと柊の方を向くと柊の両肩を掴んだ。

「ありがとう、今のは貴重な情報だった。」

「い、いえ…なんの事かわかりませんが、お役に立てて光栄です。」

「それと柊くん。僕に対しては今後敬語はやめてくれ。呼ぶ時もカイトでいい。」

「しかし…」



「だって僕と君は、本当は親友になれるはずだったんだからさ。」



そういうカイトの目は少し寂しそうだった。と同時に、強い怒りの波動を感じた。それは木戸への明らかな殺意だった。柊が知らぬ所で、何か……柊が何か言おうとする前に、カイトはくるりと柊に背を向けると、神の方へ歩いて行った。


「柊くん。君の計画の成功を祈っているよ。」

「ああ、私も天から、いや未来から応援しておこう。過去ではまた出会うことになるだろうが、その時はよろしくな。」

「ほっほっほぉ……では行くぞ。何か思い残すことは?」

二人の大天使と神様が、柊にそれぞれの言葉をかける。柊はこの世界に心の中でおさらばを言う。



ーーここからは俺は残忍はドッペルゲンガーだ!



「ありません。」


次の瞬間、神が立ち上がり、杖を掲げる。その杖にカイトが手を触れると、目の前の景色がグニャリと歪んだ。


身体の中に何かが流れる。

激しい川の流れに、全身の皮を取っ払って身を任せているような感覚。

あらゆる全てが自分の身体をすり抜けていくようだ。


その流れの中で柊は力一杯叫んだ。



「我が人生に、一片の悔いなしーー!!」



一度言ってみたかったんだ、と柊は満足の笑みをこぼす。


時を流れる感覚が消えると、柊は周りを見回した。

人がいない。どこかの建物の影のようだ。


「ここは…学校の裏か。」

柊は両頬をパンパンと二度叩き、引き締まった顔で職員室へ向かう。

よく知った光景の中を険しい顔で通りすぎる。


「俺は、山之上高校の転入手続きを済ませている。そして明日が登校初日だ。入るクラスは高2A。」


そう小声で口に出す。口に出したことは真実になる。

時刻は9月2日、午後7時39分。あたりはもう暗くなっていて、山の上の学校は静まりかえっている。


翌朝、職員室に入ると、高2A担任のゴリラ先生の席に向かう。


「おはようございます。今日から転入する、柊翔です。よろしくお願いします。」

「おう、おはよう。」

ゴリラは何の疑問も持たずに柊と挨拶を交わした。



* * *



柊がゴリラに連れられて教室に入ると、すぐに自分をーー柊翔を見た。相変わらず俺は呑気に寝ている。全くーー。


クラスの皆は唖然とした顔で俺と過去の俺を見比べている。見比べても同じだよ、お前ら。過去に戻った俺とあいつは全く同じだ。差別化の為に昨晩メガネは買ってつけておいたけどな。


木戸が過去の俺を叩き起こしている。木戸。あいつも今後苦労しそうだ。カイトの発言から、あいつとカイトには何かの関係がある。非常に深い、何かが。カイトは明らかな敵意を木戸に抱いているように見えた。


過去の俺が俺を見て驚いている。俺は残忍なドッペルゲンガー。敵意全開で行くぜ!

俺は挑発的な笑みを過去の俺に向ける。頑張れ、と内心俺自身ともう一人の俺を励ましながら。


黒板に「柊翔」と堂々と名前を書く。

振り返って再びニヤリと笑う。柊翔だけを見る。俺が見えているのは、お前だけ。


「俺」がゆっくり席から立ち上がった。うまく挑発は成功したらしい。プライドの高い俺だ。同一人物が現れたらそりゃ怒るだろうな。案の定「俺」は顔を怒りで歪ませている。


さて、ここで一度力を見せつけよう。頭でも床に打たせて気絶させよう。俺がそうさせようと口を開くと同時に、「俺」も口を開いたようだ。


「「お前はーー」」


やっぱり同じだ。話すタイミングも。そりゃ同じ人間なんだからな。なんだか少しうれしいような気持ちになる。


しかし内心で何を思おうと、挑発の顔は崩さない。俺はお前の敵。存分に苦しみを与えてやる。追い詰めてやる。

言い聞かせるように背中の後ろで右手を握った。



俺は絶対に、10月1日の悲劇を防ぐんだーー!!

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