豪運と七つ星
@sekira
1-1 book
もし、未来を知ることができたならーー。
もし、知らないもう一人の自分を知ることができたならーー。
「んなこと、ありえねぇよなぁ…」
殺風景な部屋の中で、男は一人、柄にもなく思考に耽っていた。
床や壁は全面灰色、窓はなく、出入り口はたった一つの扉だけ。あるものといえば一つの机とそれを囲む七つの椅子、そして部屋の隅の電話機くらいか。そんなセンスのかけらも感じられない空間で、スーツ姿の男は深いため息をつき、目線を落とす。視線の先には一冊の本が開かれており、そして机上にはさらに数冊が積まれている。
二十代くらいだろうか。まさに男の盛りと呼ぶべき年齢だが、覇気のかけらすら感じられない。腰を落として座り、机の端に本を立てかけ、ダラリと両腕を垂らしている。長い銀の前髪で表情は見えないが、その下半分で乾いた唇が笑っている。男が手を動かして、ページをめくろうとしたその時、たった一つの扉が開いた。
「…2、本を読んでいるのですか。珍しいですね。」
2と呼ばれた男は黙って顔を上げる。入ってきた男の頭に毛髪はなく、その身体は筋肉で膨れ上がっている。日焼けした肌。まさにガチムチを絵に描いたようなその身体は、色白で華奢な2とは対照的である。
「あぁ、まぁな。ちっとばかし面白ぇことがあってよ、まぁ座れや。」
「はあ…」
「唐突で悪りぃが、お前さ、知らない自分の未来や過去を知れる本があったらどうする?」
「何を言ってるかよくわかりませんし…あなたがそのようなオカルトじみた意味不明な事をおっしゃるとは…何があったのです?」
机を挟んで2と反対側の椅子に腰かけながら、筋肉質の男は眉をひそめた。
「ちっとこれを見ろや。」
2は読んでいた本を閉じ、眼前の相手にそれを手渡す。その表紙には三人の人間が描かれていた。その三人とはーー。
「驚きました。これは私たちではありませんか。」
「そうだ、俺とお前、そしてNo.6の三人だ。」
「偶然、ということはーー」
「ねぇな。この本の中で出てくる、俺らの名前まで一致してんだぜ?俺すなわちNo.2、お前すなわちNo.5、そしてNo.6。この表紙のキャラたちの名前だ。」
2は表紙の人物を一人一人指差しながら、物語の中の名前を告げる。そのどれもが今実在する彼らのそれと一致している。
「俺とNo.6に至ってはここでの名目上の名前まで書いてあった。そして俺たちは闇の組織的なものに所属してる事になっている。それによ、ほら、俺らが付けてる腕輪まで一緒だぜ?どうよ?」
2は今度は表紙の三人の右腕を指差した。黒く光る腕輪。それもまた、現実の彼らと同じだった。
「…」
No.5、筋肉質の男は驚いて目を見開いた。
「それは色々とマズいのでは…作者は…」
「それがよ、作者名が書いてねぇんだ。値段も書いてねぇし、バーコードもねぇ。題名に『豪運な少年』って書いてあるだけだ。昨日突然俺の部屋に現れたんだぜ、この本。」
「侵入者がいた…とは考えにくいですよね。」
「まずねぇだろうな。ここに入ってくるのは至難だし、たとえ入れたとしても誰も気づかねぇってこたぁねぇだろ。」
「それでは我々七人のうちの誰かの創作物で、それを2の部屋に置いたという説は…」
「なくはねぇな。なくはねぇけど…それにしちゃ内容が変だ。」
「変と言いますと……?」
2が説明を始めようと口を開こうとするや否や、再びたった一つの扉が開かれる。
「ただ今戻りましたー!」
可愛らしく片手を挙げて挨拶をする少女。肩で切りそろえた明るい茶髪に笑顔の似合う、誰もが認める美少女だ。男二人は会話を中断し、少女の方へ顔を向けた。
「おかえりなさい、6。仕事は済んだのですか?」
「うん、なんとかね。…それは?」
6、と呼ばれる少女は、5が手にする本に目を止める。そしてそこに自分ら、ちょうど今この部屋にいる三人が描かれているのを不思議そうに見つめた。
「たった今これについて話してたんだよ。ちっと相談してぇこともあっからさ、とりあえず読んでみてくれや、No.5。」
「それを、ですか。わかりました。」
「あーいや、待て。これは三巻なんだ。まずは一巻から…これか。ほれ。」
2は机上に積まれていたうちの一冊を5に手渡した。5は受け取った本を注意深く眺めながら、
「一巻の表紙の人は見覚えないですね…ところでこの本、『豪運の少年』は何巻まであるんですか?」
「三巻まで手元にある。また不意に俺の部屋に現れるかもしんねぇがな。あ、No.6、お前にも関係ある話だ。悪いが本は一冊ずつしかなくてな、No.5が読み終わったら借りて読んでくれ。」
6は頷こうとしてーー動きを止めた。
「わかったけど…あたしが先に読んでも、いい?」
「いいですけど…」
「あたし、多分一冊15分もせずに読めると思うから。」
「あ?どういうこったよ?」
「写真記憶、フォトグラフィックメモリー。知ってる?」
写真記憶。見たものを写真のように脳に焼き付ける記憶法だ。一瞬見ただけでその文章の理解と記憶が可能というとんでもない特技だが、幼少期から訓練しないと身につかないはずだ。
「お前、できんのか。」
「えっへん、凄いでしょ?」
少女は身体の前にピースサインを作る。そして5から本を受け取り、ありがとっ、と言ってーー
ーー表紙を見て、固まった。
描かれているのは高校生くらいの黒髪の青年と、淡い水色の、美しい長い髪を持った女性の二人。
女性の方は頭に金色の輪が浮かんでいて、白い優美な翼が背中から生えている。
(か、翔…!?それに…アウラ様、だっけ?なんで……!?なんでこんなトコに…あの後、いや、え…?)
「6?…6?」
「あ!うん!なに?」
「どうかされましたか?」
「ううん、なんでもない、なんでもないの。」
なんでもない、と手を振る6の動作はぎこちない。目は泳いでいるし、動揺を隠しきれていない。男二人はそんな6に違和感を覚えたが、あえて追及することはしなかった。
「あー、悪いが三巻は俺も読み終わってなくてな。読んだらこれもNo.6に渡そう。二巻までは持ってっていいぜ。二人とも読み終わったら教えてくれ。少し話がしたい。」
「わかった。」
「わかりました。」
「あー仕事の方もしっかりやれよー。」
部屋を後にする5と6にひらひらと手を振りながら「仕事」への言及も忘れない。2は彼らを監督する立場であって、本人もそれを強く理解している。
再び一人になった2が、自分らが表紙となっている三巻の続きを読もうと本を開いたその時、2と正対する灰色の壁が突然グニャリと歪んだ。
「来たか…」
壁には毒々しい色をした紫色の渦。もう見慣れた光景だが、最初は恐怖を覚えたっけな。
本を閉じ、2は立ち上がる。何度もその対処に当たってきた。グループ「七星」の中で、彼はいつのまにかこの役割を担うことになっていた。
渦の彼方から、一人の人間が現れる。顔に大きな傷のできた、目つきの悪い男だ。その男に、2は机と椅子を壁側に追いやりながら尋ねる。
「ナンバーは?」
「25、と言われた。」
「もうそんな数か…随分いったな。」
これまで24回も、こなしてきたのか。
「ここは、何なんだ、何の為の場所なんだ。それにこのナンバーは、それに貰った新しい変な名前は何なんだ。」
「んなこたぁ今はどうでもいいんだよ。」
机と椅子が壁に寄せられ、広くなった空間で2はネクタイを緩めながら、男に告げる。
「それよりテストだ、新参者。かかって来いや。」
そう言いながら、2は今度はズボンのポケットに両手を突っ込む。明らかに戦う姿勢ではない。どこかやる気なさげで、舐めている。そんなーー相手を挑発する態度だった。
「…は?」
「別に俺は構わねぇけどよ、かかって来なけりゃ、お前、俺に殺されておしまいだぜ?」
「…そういうことか。」
現れた男はポケットから刃物を取り出す。
「これも罪人への罰ってか…ふ、あのさ、お前、何者か知らないけど、舐めてんの?ポケットに手しまって。それに前髪で目隠して、俺の動きが見える?」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで早くしろよ。」
「舐めてるな。じゃあお望み通り…死ねえええ!!」
ナイフを片手に挑戦者は一直線に走り出す。
「ーーハッ」
目を隠し、口しか見えない2は…不気味に口を歪めてーー
嗤った。
11月2日の出来事である。
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