宝箱は悪戯を招く


 死者を弔うイベント。ハロウィン。

 死んだ者が帰ってくる。

 死んだ者を思い出す。

 また逢える時を楽しみに。

 今ここにある思い出を大事に。

 悲しみを胸に。

 切なさを胸に。

 愛しさを胸に。

 死者はハロウィンでは生者となり、生者は死者となり、互いで楽しみ、朝日が登れば帰っていく。


「今からお嬢様方には、宝箱を開けていただき、その中に書かれたメモの通りに進んでいただきます」


 おばけのロイが最初の宝箱を渡した。


「さあ、どうぞ」


 メニーが受け取り、中を開けた。入っていたメモを広げ、アメリアヌとテリーが横から中を覗いた。アメリアヌが書かれた内容を見て、顔をしかめる。


「何これ」

「お姉ちゃん、わかる?」

「……何これ」

「さあ、よく考えてみてください!」


 ロイが満面の笑みであたし達を見る。


 ――赤き道を通る時、次なる死者が待っている。


「赤き道?」

「廊下じゃない?」

「お姉様、お姉ちゃん、忘れたの? ハロウィン仕様だって、今月から絨毯が変わってたでしょ」

「そうだった。オレンジだったわ」

「でもいくつか赤いところもあったはずよ」

「じゃあ、その赤いところを探してみる?」

「私は賛成」

「あたしも同意よ」

「なんだかわくわくしてきたね!」


 三人で部屋から出ていく。廊下はオレンジ。アメリアヌが辺りを見回した。


「道理で最近絨毯がカラフルになったと思ったわよ。こういうことね」

「次なる死者ってことは、誰か立ってるんじゃないかな?」


 赤い絨毯を三人で探していると、メニーが指をさした。


「あ、あったよ!」

「何よ。誰もいないじゃない」

「バカ。よく見なさい。部屋に続いてる」

「……勉強部屋なんて嫌な予感しかしない」

「……同意」


 テリーが扉を開けると、中にはおばけ先生のクロシェが立っていた。


「三人とも、ハッピーハロウィン!」

「ハッピーハロウィン。クロシェ先生」

「ハッピーハロウィン!」

「……ハッピーハロウィン」

「うふふ! さあ、宝箱はここよ。開けてみて」


 メニーが2つ目の宝箱を受け取り、三人で中を覗く。


 ――水の底から手が伸びてるようだ。


 アメリアヌとメニーとテリーが声を揃えた。


「お風呂!」

「井戸!」

「トイレ!」


 ……。三人で会議を始める。


「お風呂よ。今は冷めてるから水なのよ」

「水の底って言ったら裏庭の井戸だよ」

「バカ。手が伸びてるのよ。トイレに決まってる。そういうおばけがいるのよ」

「はー! テリーはお馬鹿だから困るわ! そんなおばけいないから、お風呂よ」

「いるわよ! トイレのおばけっているのよ! 紙をくれって手だけが伸びてるのよ!」

「いないからお風呂よ。浴室に決まってる」

「違うわよ。トイレよ」

「浴室!」

「トイレ!」

「……順番に行く?」

「「チッ!!」」


 三人で足並み揃えて浴室へ。何もいない。テリーが腕を組み、鼻を高らかに笑った。


「ほら、いない」

「チッ」

「……次行こうよ」


 三人で足並み揃えてトイレへ。何もいない。アメリアヌが腕を組み、鼻を高らかに笑った。


「ほーら、いない!」

「チッ!!」

「……次、行こう?」


 三人で足並み揃えて井戸へ。庭師おばけのリーゼが待っていた。


「お嬢様方! 待ちくたびれましたわ! さあ、合言葉を!」

「ハッピーハロウィン!」

「トリック・オア・トリート!」

「ろうそくだーせー! だーせーよ!」

「メニーお嬢様、正解です。ハロウィンでは『お菓子をくれないといたずらするぞ』が合言葉です。……アメリアヌお嬢様はご挨拶で、テリーお嬢様のは違う土地での七夕にやるイベントの合言葉でございます」

「みんなちょっとメニーに甘くない?」

「そうよ。そうよ。甘いわよ。ろうそく出せだって一緒でしょ」

「私に関しては挨拶したわ」

「立派な言葉よ」

「全く持ってそのとおりだわ」

「アメリアヌお嬢様、テリーお嬢様、宝箱をお渡ししたいので、合言葉をお願いしますわ」


 アメリアヌとテリーがお互いの顔をちらりと見て、リーゼに向いた。


「「トリック・オア・トリート」」

「素晴らしいですわ。どうぞ」


 メニーが宝箱を受け取り、蓋を開けて中のメモを広げる。それを二人の姉が横から覗き込んだ。


 ――びっくり箱は小さなベッドの下。


 アメリアヌとメニーとテリーが顔をしかめた。


「小さなベッド?」

「うーん」

「……子供部屋?」

「私達の部屋行ってみる?」

「待って。お姉様。私達のベッドよりも、もっと小さなベッドがあるよ」


 メニーがひらめいたのを見て、リーゼがくすりと笑った。


「無事に宝箱が見つかることを祈っておりますわ」


 へ へ

 の の

  も

  し


 おばけのかかしも楽しそうだ。

 裏庭を後にし、三人が足並み揃えてメニーを先頭に歩いていく。

 アメリアヌの部屋。テリーの部屋。メニーの部屋。その横に、一回しか使われたことのない、ドロシーの部屋。


「ほら、小さなベッド」


 中を覗くと、ドロシーが宝箱の中に入って眠っていた。この部屋はいまいちだけど、箱はなかなかいいじゃないか。良きに計らえ。


「にゃん」

「ドロシー、トリック・オア・トリート」

「……ん。ドロシーの下にメモがあるわよ」


 アメリアヌがそっとメモを抜き、開いてみせた。それを二人の姉妹が覗く。


 ――思い出は写真の中に。


「写真って言ったらあそこしかないわ。テリー」

「わかってるわよ。メニー」

「うふふ! うん!」


 三人はドロシーをそっと寝かせて、足並み揃えてアルバムがたくさんしまわれている、今は亡きアンナの部屋へと向かった。扉を開けると、おばけメイドのモニカとサリアが待っていた。


「ハッピーハロウィンでございますわ! お嬢様方! よくぞここまでたどり着きましわ! さあ、この宝箱をほしければ、サリアさんとじゃんけんをして勝つのです!」

「卑怯者!」


 テリーが大声を張り上げた。


「サリアをじゃんけんに使うなんて反則よ! 絶対勝てないじゃない!」

「お姉ちゃん、どうどう」

「大丈夫ですよ。私、じゃんけんに負けないわけではありませんから」

「ほら、見なさい。メニー。あれが詐欺師よ。負けないわけではないだけであって、すごく勝つのよ」

「なに怯えてるのよ。テリーってば。仕方ないわね。ここは長女の私が勝利を決めてやろうじゃない」

「だめよ! アメリ! 行っちゃだめ!」


 完敗。


「ぐはっ……」

「アメリーーーー!!」

「ここは、私がお姉様の仇を討つ!」

「そんな! だめよ! メニー! 行っちゃだめ!(訳:さっさと行くのよ! メニー! あたしの代わりにお前が屍になるのよ! あたしのために働きなさい! さあ、行け!!)」


 完敗。


「ふはぁ」

「この役立たずーーーーー!!」


 振り向けば、おばけメイド達がにやにやしている。


(く、くそ! ここで負けたら宝箱を手に入れられない! こうなったら……!)


「サリア」


 チップを渡す。


「これで勘弁してください」

「だめです。じゃんけんしてください」

「貴族令嬢はね、敗北が見えてる勝負はしないの。だから賄賂を渡すわ」

「だめです。じゃんけんしてください」

「何よ! どうせ負けるもん! あたし、わかってるんだから!」

「じゃあ、私は目を閉じます。それでいいですか?」

「……本当?」

「あ、ちなみに」


 サリアが罠を張る。


「私は、パーを出します」

「っ」


 テリーが迷う。これは罠か。嘘か。本当か。テリーは人を疑うことしか知らない。しかし、サリアが必要以上の嘘をついたことを見たことがない。特にテリーの前では彼女はいつも誠実であった。


(あたしの答えは……!)


 テリーがチョキを出し、サリアがグーを出した。モニカが大爆笑した。


「嘘つきーーーーー!!!」

「テリーお嬢様、おばけは嘘をつくものですよ」

「嘘つき嫌い! 嫌いだから! もう嫌いになるから! サリアのばか! 嫌いになるから!」

「すみませんでした。でも私達はとても楽しかったので、クッキーと宝箱をどうぞ」

「クッキーだなんて幼稚ね。ま、いただくわ」

「ありがとう」


 アメリアヌとメニーがクッキーを食べる横で、テリーがむくれている。


「……パーって言ったのに」

「嫌いになった?」

「……信じたのに」

「ごめんなさい。でも、ハロウィンのおばけは嘘をつくから、気をつけてください。あなたがおばけに騙されて、あの世に連れて行かれたら、私はとても寂しくなってしまいます」

「……今回は許すわ」

「クッキーは?」

「……いる」

「どうぞ」


 サリアがテリーにクッキーを渡そうとして――耳打ちをした。


「私の部屋に、お菓子の箱があるんです。この後食べにきませんか?」

「……それも嘘?」

「さあ、どうでしょうね?」


 サリアがくすっと笑って、テリーから離れた。テリーがクッキーを食べてる間に、メニーが宝箱を受け取り、蓋を開けた。アメリアヌがその横からメモを覗く。


 ――おばけは今日も仕事をする。書類が山積みのようだ。


「書類? ……メニー」

「うーん。……お姉ちゃん」

「ギルエドの書斎とか? アメリ、メニー、何か提案」

「倉庫とか?」

「書類でお仕事でしょう? ギルエドの書斎か、お母様の部屋じゃない?」

「「……」」


 アメリアヌとテリーが顔を見合わせた。ママならやる。


「行ってみましょうか」

「そうね。来なさい。メニー」

「じゃあね、サリア、モニカ」


 おばけメイドが手を振って三人を見届ける。三人は足並み揃えて

 ギルエドの書斎に向かった。しかし、何もない。


(ということは……)

(やっぱり……)


 アーメンガードの書斎へ行くと、おばけのギルエドとアーメンガードが待っていた。


「よくぞここがわかったな! がはは!」

「さすが我が娘達!!」


 アメリアヌは白い目を向け、テリーは呆れた目を向け、メニーは困ったような目を向けた。


「さあ、宝箱をほしくば、合言葉を言うんだ!」

「「トリック・オア・トリート」」

「ひゃっ! 奥様!」

「さすが我が娘達。合言葉まで伝授しているなんて」


 アーメンガードが宝箱を渡した。


「受け取りなさい。我が娘達」

「ああ、うん。その……」

「ママ、今までで一番簡単だったわよ」

「お前達がそこまで成長していたなんて、お母様は喜びを感じているわ」

「お母様、なんか違う……」


 テリーが渡された箱の蓋を開けた。二人の姉妹がそれを横から覗く。


 ――甘い匂いのするほうへ、来られたし。


 アメリアヌとテリーとメニーが顔を見合わせた。


「匂いですって」

「甘い匂いね」

「私、これならわかる!」

「もちろん、私もわかるわ」

「行くわよ」


 三人が足並み揃えて迷わず厨房へ向かった。そこには、おばけのドリーとケルドがいた。


「アメリアヌお嬢様、テリーお嬢様、メニーお嬢様、よくぞここまでたどり着きました……」

「ドリーさん、もう出していいですか?」

「おまえ、ばかっ! まだだというのに! 隠せ隠せ!」

「ひゃあ! すみません!」


 かぼちゃのケーキが見えて、三人がよだれを垂らした。


「ごほん。それでは合言葉を言っていただきましょうか。せーの」

「「トリック・オア・トリート!」」

「よかろう! 今日は死者の祭り! お三方にはケーキを授けましょう!」


 その声を合図におばけの使用人達が一斉に出てくる。


「お嬢様方、ハッピーハロウィン!」

「へへ! こちらのお菓子はどうですかい。ハロウィン仕様ですよ!」

「奥様、こちらです!」

「はあ! お腹が空いたわ!」

「サリアさん! 素晴らしいケーキですね!」

「モニカ、よだれが出てるわよ」

「アメリアヌお嬢様! ハッピーハロウィン!」

「テリーお嬢様! ハッピーハロウィン!」

「メニーお嬢様! ハッピーハロウィン!」


 シャボン玉が飛び、風船が飛び、使用人達が笑顔で祝う。死者の祭り。ハロウィン。


「お姉ちゃん、きっと街もハロウィン祭でにぎわってるよね」


 メニーがテリーを見た。


「今年は、誰と行くの?」


(……今年は)


 テリーが答えた。



 Next

 来年もまたあなたと(キッド)

 ハロウィンの夜に(ソフィア)

 悪夢は見れない(メニー)

 お菓子をくれたら悪戯するぞ(サリア)

 彼女の願いを叶える鬼(アリス)

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