赤色のプレゼント(2)
テリーの名前に反応したように、すさまじい風が吹き荒れる。
その瞬間、男が吹っ飛ばされる。包丁が風で弾き飛んだ。足元に滑ってきた包丁を、キッドが踏んづけて受け止める。同時のタイミングで、テリーが地面に倒れた。
(え?)
テリーが振り向いた。
(何が起きたの?)
また風が起きる。皆が目を瞑る。風が止む。皆が目を開ける。男が首から血を流し、口から泡を吹いて倒れていた。その姿を見て、テリーの目が見開かれる。
(……あ)
「お巡りさん、あっちです!」
「どこだあああああああ! いたいけな少女を人質に取った男はどこだあああああああああ! 逮捕するぅぅうううう!」
ガタイの良い黒髪の警察官が走ってくる。あまりの強面に人々が一歩下がった。一方、テリーは立ち上がり、辺りを見回す。
(男の血……)
テリーが辺りを見回す。
(男の血は不味いから飲めないって言ってた)
テリーがキッドを見る。キッドが目玉を横に動かした。それを見て、テリーが視線の方向へ振り向く。建物と建物の間に隙間がある。
(通れそう)
「メニー、そこにいなさい」
「あっ、お姉ちゃん……」
テリーが走り出す。メニーの声を無視して建物の間を潜っていく。体を反らしてその隙間を通れば、やがて広い裏道に繋がる。
「あ」
人気のない薄暗い道の端で、咳を繰り返す、赤い頭巾を被った少女を見つける。
テリーがそうっと近づいた。
「リトルルビィ」
「来ないで、テリー」
リトルルビィが咳をしながら、血を吐いていた。
「げほげほっ! おえっ! おええええっ!」
喉から、胃から、ぼたぼたと、血を吐き出す。
「不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い」
リトルルビィが繰り返し呟き、喉を押さえる。
「舌がぴりぴりする。苦い。不味い。泥を食べてる気分」
テリーが一歩近づいた。
「駄目よ。テリー、来ないで」
リトルルビィがまた咳をした。
「げほっ」
吐く。
「おえええっ」
バスケットから、リンゴが転がった。
「甘いの、甘いの欲しい。甘いの……」
リトルルビィがリンゴを拾ってかじる。
「だめ。足りない。甘いの。もっと甘いの」
リトルルビィが腰を抜かしたまま、体を引きずらせる。
「樽の、ジュース、あれ、飲まないと、あれ、ほしい、甘いの、甘いの……」
「リトルルビィ」
テリーがまた近づく。リトルルビィが振り向かずに、大声を出す。
「だめ! テリー! 近づかないで!」
「でも」
「今テリーが来たらテリーの血飲んじゃう!」
リトルルビィの目が揺らぐ。足を引きずる。
「甘いの、甘いの飲みたい。苦いの。甘いの欲しい。苦い。甘いの……」
リトルルビィの目がくるくる回る。
「甘い血。欲しい、血。血が欲しい。血……」
「リトルルビィ」
「テリー、キッド、キッドを連れてきて、キッドなら、何とかしてくれる」
「我慢出来るの?」
「早く、早くしないと、テリーの血、飲んじゃうから、早く」
「……」
テリーが辺りを見回す。薄暗い裏路地には人の気配はない。
(今からさっきの隙間を潜って、戻って、キッドを連れて来るとして…)
キッドがあの隙間を通れるだろうか? 通れないから自分に行くよう視線を動かして道を教えたのではないか? それに通れなければ、遠回りをしなければいけない。その間、リトルルビィは待てるか?
(……)
テリーがリトルルビィに近づく。もう一度辺りを見回して、人がいないのを確認して、リトルルビィの前に座り込む。
「ほら」
テリーがドレスのボタンを外し、襟をずらす。首をリトルルビィに差し出す。
「飲んで」
「っ」
リトルルビィが目を見開き、ぶんぶんと首を振った。
「やだ」
「そんなこと言ってられないでしょう」
「やだ」
「リトルルビィ」
「飲みたくない」
「今だけ許すわ」
「やだ」
「大丈夫」
「テリーの血はやだ」
「女の血なら飲めるでしょ」
「テリーの血はやだ」
「……何よ。あたしが嫌いなの?」
むすっとして訊けば、リトルルビィが俯く。
「何言ってるの」
リトルルビィが生唾を呑んだ。
「好きよ」
リトルルビィが堪える。
「大好きだから、やなの」
リトルルビィが後ずさった。
「やだ、飲みたくない」
リトルルビィが口を押さえた。
「テリーの血は飲みたくない……」
「リトルルビィ」
「テリーの血は嫌……」
「リトルルビィ」
「やだ」
「ルビィ」
リトルルビィがテリーを見つめる。
テリーがリトルルビィの顔を覗く。
距離が近くなった二人の目が合う。
テリーがリトルルビィを抱きしめた。
リトルルビィの口に、テリーの肩が当たる。
「殺さないで」
テリーが呟く。
「少しだけならいいわ」
テリーがそっと、リトルルビィの頭を撫でた。
「今だけ許可する」
リトルルビィは誘惑に堪える。
甘い匂いに、口が開きかけ、ぐっと閉じる。
「ルビィ」
リトルルビィは堪える。
「飲みなさい」
誘惑に耐える。
「飲んでいいわ」
テリーが誘う。
「少しだけよ。あたしが死なない程度に、飲んで」
テリーが言う。
「加減してくれるなら」
テリーが包丁を向ける。
「飲んでいいわよ」
リトルルビィの理性を、ぷちんと、テリーが包丁で切った。
リトルルビィの目が、見開かれる。
(血)
リトルルビィの赤い目が、燃えるように赤くなる。
(血)
リトルルビィの口が開いた。
(血)
大きく開いた。
(甘イ血ガ欲シイ)
リトルルビィの歯が、鋭くなり、テリーの首に噛みついた。
――がぶっ。
「……っ……!」
テリーが噛まれた痛みに、顔をしかめる。歯をくいしばり、痛みに耐える。
「……っ」
痛い。すごく痛い。首に何かが刺さっている感覚。
(歯が刺さってるんだっけ? 端から見たらすごい光景なんでしょうね……)
頭の中で呑気なことを考える。痛い。痛みを逸らすために、色んなことを考える。
(リトルルビィの喉の音が鳴ってる)
(本当に血を飲んでるんだ)
(あたしの血を飲んでる)
前にも一度、飲まれたではないか。
(痛い)
慣れない。
(痛い……)
ぎゅっと、リトルルビィを抱きしめる。
(……痛いけど……)
リトルルビィが、少しでも苦しまずに済むのなら、少しくらい、分け与えても害はない。
(……それに、こうなったのあたしのせいでもあるし……)
助けるためとはいえ、苦手とする男の血を飲むなんて。
(……行動する前に、考えることを勉強させた方がいいわ。キッドに言っておこう……)
テリーの手が動いた。リトルルビィの頭を撫でる。上から下に撫でる。すると、リトルルビィがびくっと、肩を揺らした。
(んっ……?)
痛みが少しずつ引いてくる。
(あれ…)
ぼうっとしてくる。温かい。
注射で刺されたような、針で刺されたような、ひりひりする感覚は残っているのに、痛みとは違う暖かな感覚が脳に伝わる。
(……また、この不思議な感覚……)
リトルルビィはこくこくと、テリーの血を飲んでいる。
テリーはリトルルビィを抱きしめる。許可をする。身を委ねる。リトルルビィの舌が動く。テリーの首を舐める。
「……んっ……」
くぐもらせた声を出すと、もっと舐めてくる。
「……んっ……ぁっ……」
リトルルビィの舌が傷穴から、ペロペロと血を舐める。血が垂れてくる。舌で受け取る。
――勿体ない。
リトルルビィがうっとりする。
(テリーの血)
甘い。
(テリーの血)
口の中が苦かった。何度吐いても舌がぴりぴりと痺れた。
(テリーの血)
飴のように甘い。甘い。甘い。
(テリーテリーテリーテリーテリー)
テリーの血が、渇きを潤す。
頭を撫でられる。テリーが、リトルルビィの頭を撫でる。
(あったかい)
リトルルビィがテリーにくっつく。
(もっと)
リトルルビィがテリーにくっつく。
(もっともっともっと)
テリーの手が、頭を撫でてくる。
(テリー、もっと、撫でて)
(テリーの手、もっと、感じたい)
(テリーの、手、もっと、触られたい)
(テリーの血、もっと、飲みたい)
甘い血。飲めば飲むほど甘くなる。
(殺しちゃう)
だめ。殺したくない。
(テリー)
どんなに甘くても、どんなに美味しくても、
(テリーの血、加減しないと)
どんなに離したくなくても、どんなに離れたくなくても、
(テリーを殺したくない)
だから、
(私は口を離さないと)
鋭い歯が、テリーの首から離れた。リトルルビィが唾液を傷口に垂らす。
「んっ」
テリーが唸る。唾液を垂らせば、傷が塞がれていく。痛みはなくなる。渇きはなくなる。
二人がほっと胸をなでおろす。
(……死んでない)
(……衝動、治まった)
テリーとリトルルビィが顔を上げる。目が合う。リトルルビィがぽっと頬を赤らめる。テリーがもう一度リトルルビィの頭を撫でた。
「……もう大丈夫?」
「……うん」
「そう」
なでなで撫でる。
「……」
なでなで撫でる。
「……」
なでなで撫でられる。
(……ああ……)
リトルルビィはうっとりする。
(どうしよう……。幸せすぎて溶けちゃう……)
きゅっと唇を結ぶと、テリーがきょとんとした。
「……あんたまさか……、……まだ血が飲みたいの?」
「……ん、んん……。家のジュースを飲めば、平気……」
「……我慢出来そう?」
「ん、テリーの血飲んだから……出来る……」
「……立てる?」
「……力出ない……」
リトルルビィがテリーの肩に顎を乗せ、テリーに抱き着く。テリーの腰をきゅっと手で結ぶ。
「もうちょっとだけ、こうしてていい?」
「……多分、キッド達が来ると思う。それまでならいいわ」
「うん。じゃあ、それまで……」
リトルルビィがテリーの頬に、自分の頬をすりすりさせる。
「キッドが来るまで……甘えさせて。テリー……」
あざとく甘えて抱き着き、リトルルビィの頬と耳が赤くなる。真っ赤になる。テリーとくっついているだけで、胸がどきどきする。
(どうしよう。テリーとくっついてる……)
どきどきどきどき!
(テリー、良い匂いする。柔らかい……)
どきどきどきどき!
(ああ、どうしよう。胸が破裂しそう……)
どきどきどきどき!
(テリー、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、)
「……」
テリーの手が動いた。
(うん?)
リトルルビィの腰に手を置き、そのままきゅっと両手を結んだ。
(ひゃっ!)
抱きしめ合う。
(あっ。どうしよう、あっ、家に行かないと、あっ、また血欲しくなるのに、あっ、えっと、私、まだ、まだ)
離れたくない。
「……テリー、あと何分くらいかな……?」
「知らない。あんた、わからないの?」
「わかんない……」
ぼうっとして、答える。
「……わかんない……」
テリーを抱きしめて、答える。
(私、力が入らなくて、どうしようもないから)
(時間が来るまで、こうして、まだ、もう少しだけ)
(テリーと、こうやって、くっついてたい……)
リトルルビィが瞼を下ろす。テリーのぬくもりを感じる。手にぐっと力が入る。
(このまま来なきゃいいのに)
そんなことを考える。
(このままキッド、来なきゃいいのに)
そうしたら、ずっと抱きしめ合える。
(テリーとくっついていられる)
ずっと、一緒にいられる。
(まだ来ないで)
(血の匂いがして頭がふらふらしてるけど)
(誘惑に負けてしまいそうだけど)
(我慢できるから)
(お願い)
(まだ、来ないで)
しばらくの間、テリーとリトルルビィが、その場で、静かに黙って、お互いを抱きしめ合っていた。
(*'ω'*)
キッドとメニーが裏道へ来ると、血と同じ成分の飲み物を渡し、ようやくリトルルビィが落ち着いた。
(ふう)
「昨日から何やってたの?」
揺れる馬車の中でメニーに訊かれ、リトルルビィが微笑む。
「お花摘んでたの!」
「……お花?」
「うん! メニーとテリーに渡そうと思って!」
にこにこ笑うリトルルビィに、キッドが瞬きした。
「……リトルルビィ、花なら、花屋に行けばあるんじゃないのか?」
「キッドに無駄遣いするなって言われたから、森の方に摘みに行ったの」
「森に入ったの?」
「うん! でね、隣町まで行っちゃったの。すぐ戻るつもりだったからお財布持ってこなかったのに、森の中で会ったお爺さんが経営してた宿に泊めてもらって、今日帰ってきたの」
「あとでその宿教えてね。お礼しに行くよ」
「わかった!」
「でもね、リトルルビィ、たとえお前でも、森は危ないからあまり入っては駄目だよ」
「でも、キッド、綺麗なお花が沢山あったんだよ?」
「そういう時のお店なんだ。目的がある買い物は無駄じゃないよ。そういう時は遠慮なくお店を使って」
「……難しい」
「うん。今度ちゃんと教えるから」
キッドが微笑み、向かいにいるテリーを手で差す。
「とりあえず、貧血気味で伸びてるレディに、お礼を」
「……ありがとう、テリー」
「……どういたしまして……」
顔に濡れたハンカチを置き、テリーが伸びている。馬車が病院に向かって揺れ続ける。リトルルビィがメニーに微笑んだ。
「メニー、お花、今夜にでもまとめて屋敷の裏庭に置いておくね」
「だ、大丈夫だよ? 玄関から入っても」
「私みたいな小汚い女の子があんな大きな屋敷入れないよ。瞬間移動でぱって入ってぱぱって置いておく!」
「……それ、不法侵入って言うんだよ……」
「なあに? それ。メニー、難しい言葉知ってるのね! すごーい!」
ぱちぱちとリトルルビィが拍手すると、メニーの片目が痙攣した。
「……リトルルビィ、今度一緒に国語のドリルしよう。で、言葉を沢山読み書きしようよ……」
「私、字読めないし書けないの」
「それも俺が教えるから」
「やった」
愉快な会話の中で、テリーは伸びる。ぐったりと、窓の景色を見つめる。
(……少し寝た方がいいかも……)
瞼を下ろす。
(起きる頃には病院に着くでしょう)
着いたら、献血して、
(リトルルビィの言う、花を、受け取ればいい……)
テリーが眠る。隣のメニーの肩に頭を預けた瞬間、ぽとりとハンカチが落ちた。リトルルビィの目に、テリーの寝顔が映った。
(あ、テリーの寝顔……)
ぽっと顔を赤らめる。
(可愛い……)
「メニー」
リトルルビィがメニーを見る。
「席交換しない?」
「駄目」
「……」
「むくれても駄目」
「仕方ない。メニー、俺が変わろう。二人で隣同士で座って会話するといい」
「駄目です」
「メニー、私変わる!」
「駄目」
「メニー、俺が」
「駄目です」
「メ」
「駄目」
「m」
「駄目です」
テリーの隣をメニーは譲らない。
馬車の中で三人に争いという名の雷が走る。
そんなことも知らないテリーは、穏やかに眠り続けた。
(*'ω'*)
5月5日。
リトルルビィの家でパーティーが行われる。
「リトルルビィ、誕生日おめでとう!」
「ルビィ、これはプレゼントよ」
「わーい!」
キッドの部下、もとい、リトルルビィの職場の先輩から、沢山のプレゼントを貰う。
(なんだろう!)
胸をドキドキさせて箱を開け、リトルルビィの目が輝いた。
「わーい! ドレスだ!」
「靴もあるぞ」
「わーい!」
「あとこれ」
「フライパン?」
「調理器具もあるわよ。たくさん料理してね」
「わーい!」
「リトルルビィ、これは俺から」
キッドが包まれた箱を差し出す。
「開けてごらん」
「うん!」
リトルルビィが箱を開ける。蓋つきの綺麗なペンダントが入っている。
「ペンダント」
「ロケットって言うものでね、これに、大切な人の絵や写真を入れることが出来るんだ」
「へー……」
「お店に持っていけば写真を小さくして入れてくれるから、頼むといい」
「ん……。ありがとう」
(大切な人の写真……)
お兄ちゃんの写真を入れようか。ママの写真を入れようか。
(どうしようかな……)
「リトルルビィや」
「あ、ビリーのおじいちゃん!」
「これは私からだよ」
「わーい!」
ビリーからプレゼントを貰い、また人から貰い、メニーから貰う。メニーが微笑み、リトルルビィに促す。
「リトルルビィ、開けてみて」
「何だろう……」
ぱかりと開けると、赤いリボン。
「リボン!」
「結んであげる!」
「うふふ! うん!」
メニーがリトルルビィの長い髪の毛をリボンで結ぶ。新しいリボンに、リトルルビィの胸が高鳴る。
(赤いリボン……)
大好きな赤色。リトルルビィがメニーに微笑んだ。
「……メニー、ありがとう」
「これからもよろしくね。リトルルビィ」
「うん。……仲良くしてね」
「もちろん」
二人がお互いの目を見て、
「「ふふっ!」」
声を揃えて笑い合う。人々が笑う。リトルルビィの生まれた日を祝う。がやがやと賑やかな部屋の中。一人の兵士がケーキを切った。
「ほらほらー! 皆さん、ケーキ切りましたよ! ほら、これ渡して渡して」
「兄さん! 俺の分はどこだ!」
「グレタ! お前は自分で切れ!」
「兄さん! 俺は兄さんが切ったケーキが食べたい!」
「グレタ! お前は切るのが下手なだけだろ!」
「兄さん! この皿はどこへ渡したらいい!」
「グレタ! 適当に回せ!」
「兄さん! 大きめのを彼女にあげよう!」
「グレタ! 名案だ! どれ、こいつを渡してこい!」
「兄さん! 俺に任せろ!」
グレタと呼ばれた男が人を避け、笑い合うリトルルビィとメニーに皿を渡す。
「ハッピーバースデー! どうぞ!」
「あ、ケーキだ!」
「ありがとうございます」
リトルルビィとメニーが受け取り、少女達の素敵な笑顔にグレタがふにゃりと微笑んで、兄の元へ戻っていく。
リトルルビィとメニーが果物の乗ったケーキを頬張る。
(美味しい!)
リトルルビィの口角が自然と上がる。
(テリーも食べてるかな?)
ちらっと見渡せば、テリーがいない。
(うん?)
周りを見回す。テリーはいない。
「……?」
「ん? どうしたの? リトルルビィ」
「メニー、テリーは?」
「あれ、どこ行ったんだろう? トイレかな?」
メニーがきょろりと探すが、見つからない。
「すぐに戻ってくるよ」
「うん」
二人がケーキを頬張る。
(……テリーがいない)
ちらりと目玉が動く。
(テリー)
血の匂いを嗅ぐ。
(近くにいる)
目玉が動く。
(……あ、いた)
外にいる。
「メニー、ちょっとお外に行ってくる!」
「うん、行ってらっしゃい」
メニーが美味しそうにケーキを頬張る。皿を置いて、リトルルビィが家から出る。
(……えっと……)
家の裏にいるようだ。リトルルビィの足が家の後ろに進んだ。テリーが家の裏の草原に座り込み、何か喋っていた。
「猫のままでメニーと来ればよかったのよ。そしたらケーキ食べれたのに。……いや、流石に金平糖はないわよ」
「テリー」
「っ」
テリーが慌てて振り向く。リトルルビィと目が合う。テリーがはっとして正面を向く。誰もいない。リトルルビィが首を傾げた。
「テリー、どうかした?」
「……何でもない」
「そう?」
リトルルビィが近づき、テリーの横に座る。
「ここで何やってたの?」
「風に当たってた。家の中にいたら、キッドにからかわれるんだもん」
「キッドね、さっきプレゼントくれたの」
「へえ。何貰ったの?」
テリーがリトルルビィに訊くと、リトルルビィが首にかけたロケットをテリーに見せた。テリーがそれを見て微笑む。
「ふーん。悪くないわね」
「大切な人の写真入れるんだって」
「お兄ちゃんの写真入れたら?」
「うーん……」
リトルルビィがロケットを見て、再び、テリーを見る。テリーが首を傾げる。その様子を見て、リトルルビィがひらめき、目を輝かせた。
「そうだ! テリーの写真ちょうだい!」
テリーがきょとんとする。
「ん? なんで?」
「入れる!」
「あたしの写真なんか入れてどうするのよ」
「見る!」
「会いたければいつでも会いに来るわ」
「でも、私これから働きに出るの。だから、いつでも一緒にいられるように、入れる!」
「お守り代わりってわけ?」
「うん!」
素直に頷くリトルルビィを見て、テリーが考える。
(あたしの写真がお守りね……)
(……)
テリーは首を振る。
「駄目よ。あたしはお守りじゃなくて、厄を呼ぶからメニーの写真にしておきなさい」
「テリーの写真がいい!」
「駄目」
「むう!」
「むくれない」
「……」
「風船みたいに膨らませても駄目」
テリーの人差し指がリトルルビィの頬を突いた。ぶう、と空気が漏れる。
「……これあげるから、写真はまた今度ね」
テリーがそう言って、包みを差し出す。
「ん?」
そこまで大きくない。
「何? これ」
「開けていいわよ」
「はーい!」
リトルルビィがリボンを解く。包みを開封していく。
(ん……?)
赤い布が入っている。
(大きい)
それを開いてみる。
(わあ)
赤いマントが入っていた。
「マントだ」
「マントってね、色々便利なのよ。一つくらい持ってても損はないわ」
血のように赤いマント。
「……血液と同じ成分の飲み物だっけ? それを飲んでて零れた時も、これなら目立たないでしょ」
「あ、確かに」
「あんたちゃんと出歩く際はあれ持っていきなさい。そのためのものでしょう」
「うん。これからは持っていく」
リトルルビィがマントを胸に抱きしめた。
「テリー、ありがとう」
「どういたしまして」
春の夜風が吹く。花を揺らす。テリーがリトルルビィに顔を向けた。
「……花、綺麗だったわよ」
「本当?」
「種をあたしの庭に埋めたわ」
「あの、『花を踏んだらぶっ殺す』って看板が立ったお庭?」
「よく分かってるじゃない。そうよ。あれ。あそこね、たくさん植物がいるの。その中にあんたから貰った花の種を植えたから、多分、近々また咲くんじゃない?」
「えへへ。隣町から持ってきたから、珍しいものもあったでしょ」
「ええ。本当に綺麗だった」
テリーが微笑む。
「テリーの花の色も悪くなかった。あんな色あるのね」
「私もびっくりしたの。だから持ってきちゃった」
「今度屋敷に来なさい。あんた一人なら入っても平気だから」
「いいの?」
「いいわよ。お菓子も用意しておく」
「やった」
リトルルビィが微笑む。マントを抱きしめて、パーティーの様子を思い出して、頬が自然と緩んで、呟く。
「……こんなにプレゼント貰ったの初めて」
去年はプレゼントこそ無かったものの、まだ母がいて、兄もいた。それが何よりのプレゼントだった。その後、すぐに亡くなってしまったが、それでも、リトルルビィは幸せだった。
家族が死んだ今、キッドに保護された今、未来は予想できない。
リトルルビィはマントを抱きしめる手に、ぎゅっと力を入れた。
「……どんな一年になるかな。これ以上悪い事が起きないといいけど……」
「大丈夫よ。キッドがあんたの傍にいるんだし」
テリーの手が上がる。
「メニーもいるんだし」
そっと、リトルルビィの頭に手を置いた。
「っ」
リトルルビィが息を呑んだ。
(あ……、……手……)
テリーの手がリトルルビィの頭を撫でた。
(……あ……それだめ……)
自然と体の力が抜けていく。
(……気持ちよくなっちゃう……)
「何かあったらキッドに言いなさい。あいつ、あんたみたいに可愛い女の子には優しいから」
(テリーの手がなでなでしてくる……)
「メニーも頼っていいわ。あの子正義感強い子だから、あんたが困ってたら助けてくれると思う」
(テリーの手、私の頭に、テリーの手が……)
どきどきどきどきどき!
「キッドになんかされたら、あたしに言って。あいつの胸倉掴んであの綺麗な頬を叩いてあげるから」
「テリー……」
「うん?」
リトルルビィの顔が近づいた。テリーがリトルルビィを見た。リトルルビィの唇が、テリーの頬に押し付けられた。
「ちゅ」
そして、すぐに離れる。テリーがぽかんと、瞬きした。リトルルビィは顔を赤らめ、マントで顔を隠し、膝を抱える。
「……」
「……照れるならやらなきゃいいのに」
「だ、だって!」
どきどきどきどきどき!
「テリーに、キス、……したかったんだもん……」
「キッドにしてあげなさい。喜ぶわよ」
「キッドはやだ……」
「……あんた、正直ね……」
「私が好きなのはテリーだもん……」
「はいはい、そうだったわね」
頭をなでなでと撫でる。リトルルビィはむすっとした。
(……本気にしてない)
テリーの顔や態度を見れば、それくらい分かる。
(……今はそれでもいいや)
この想いはいつか消えてしまうかもしれない。でも、消えない自信もある。
(私はきっと、これからもっとテリーを好きになる)
(だって、これからテリーと関われるんだから)
(テリーを知れるんだから)
テリーとの距離が近くなる。もっともっと近くなる。これからもっと、時間が経つほどに、近くなれる。
(テリーの手、あったかい……)
頭をなでなで撫でられる。
(テリーの手、優しい……)
ずっと感じていたい。
(テリー……)
姉のような、母のような、それとはまた違う感情が、胸の中で心臓を速く鳴らす。
(テリー、好き……)
温かい手は、頭の上にある。
(好き……)
小さいリトルルビィは、素直にその感情を受け止める。
(テリーが好き……)
リトルルビィがテリーの肩に頭を乗せた。嬉しそうに微笑んで、テリーに身を委ねる。テリーは何も言わない。黙って、リトルルビィの頭を撫で続ける。リトルルビィは考える。
(私が大きくなったら、テリーをお嫁さんにしよう)
(テリーは貴族のお嬢様だから、私がお金持ちになって、テリーの生活に支障が出ないようにしよう)
(そうすれば、テリーとずっと一緒にいられる)
ずっと、こうやって、頭を撫でてもらえる。
リトルルビィの口角が上がる。
(好きよ。テリー)
テリーに甘える。
(……幸せ……)
大好きなテリーに身を寄せ、大好きなテリーから貰ったマントを抱きしめ、リトルルビィは声に出さず、心の内で、テリーに言う。
(ずっと一緒にいようね。テリー)
「……ルビィ」
「んっ」
驚いてびくっと肩が揺れる。見上げれば、自分を見ているテリーがいる。
「誕生日おめでとう」
そう言って薄く微笑むテリーがいる。
リトルルビィがその顔に、見惚れる。
「……」
「……寒くなってきたわね。そろそろ戻る?」
「……」
「……リトルルビィ?」
「……」
「ああ、駄目だ。いつものやつだ」
テリーが呆れてため息を出す。リトルルビィはそのテリーの姿ですら、ぼーーーっと見惚れてしまう。
涼しい風が二人を包む。
リトルルビィの長い髪の毛が、テリーの隣で揺れていた。
番外編:赤色のプレゼント END
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