クリスマスリースの奇跡(2)


 その夜。


 キッドの誕生日パーティーへ出かけたアーメンガード夫人とアメリアヌの留守を良いことに、屋敷に残った使用人達とテリーとメニーで秘密のパーティーを開催する。


 ドリーが秘密の料理をテーブルに運び、使用人達が秘密のパフォーマンス発表を見せ、笑い声の絶えないパーティーが数時間続いた。


 家庭教師のクロシェがケーキを切り分け、ケルドとドリーが肉を置いていく。使用人同士の漫才にメイド達が手を叩いて笑い、リーゼは花に水をやり、サリアはトランプで全勝し、全員を驚かせていた。


「さ、良い子は寝るお時間ですよ、お嬢ちゃん達」


 エレンナに言われ、テリーとメニーは解散。クロシェとサリアに連れて行かれ、テリーとメニーは膨れたお腹を撫でながら部屋に戻る。サリアがテリーをベッドに入れる。


「おやすみなさい。テリーお嬢様」

「おやすみ。サリア」

「私がいなくても、早く寝てくださいね。赤い服を着た魔法使いがテリーの部屋だけ素通りしてしまいますよ」

「わかってる」


 サリアがテリーの頭を撫で、部屋から出て行った。暗い部屋に、テリーが残される。


(プレゼント来るかしら)


 体は13歳だが、赤い服を着た魔法使いもドロシーと同じ魔法使いだ。テリーの本来の年齢を察しているのかもしれない。だとしても、貰えるのであれば、素直に受け取ろう。


(ぐふふ。何かしら。あたし、美しいネックレスが欲しいわ)


 瞼を閉じながら、そんなことを考える。


(寒いわね。雪降ってるのかも)

(ニクスにクリスマスカードは届いたかしら)

(去年は大変な思いをしていただろうし、今年はゆっくり出来てるといいけど)

(ニクス、元気かな)

(風邪引いてないかしら)


 静かな部屋に、薪が燃える音が響く。火が鳴る。ぱち、と音が弾くと、風が吹いて、窓が揺れた。


 こんこんと、音が響いた。



「中に入ってもいいですか?」



(……ん?)


 テリーがむくりと起き上がった。


(……なんか、聞き覚えのある声がしたような)


 窓から、またコンコンと音が鳴る。テリーがはっと振り向く。


「中に入ってもいいですか?」

「……」


 テリーが目を鋭く細め、ゆっくりと暖かいベッドから抜ける。スリッパを履き、ぺたぺた歩いていき、部屋の窓を開けて、その中を覗くと、


 雪にまみれた赤いマントを翻すリトルルビィが、壁にぺたりと貼りついていた。


「……」

「テリー!」


 ぱっと、赤い瞳が明るくなる。


「こんばんは! テリー! ハッピー・メリー・クリスマス・イブ!」

「あんた何やってるの」

「テリーの顔を見たくなって、来ちゃった!」


 てへぺろり!


「来ちゃったって……、……あんたね……」


 時計をちらり。


「今何時だと思ってるの」

「22時!」

「良い子は寝る時間よ。帰りなさい」

「ちょっとだけ! テリー! お話しよう! ねえ! お願い! この通り! 一生のお願い!」

「一生のお願いをここで使うんじゃないの」


 テリーが一歩後ろに下がる。


「ほら、入って」

「お邪魔します!」


 リトルルビィが中に入り、窓を閉める。


「ふう」

「暖炉の前に当たって。寒いでしょ」

「大丈夫! 寒さは感じないから!」

「いいから座りなさい」

「はーい!」


 リトルルビィがととと、と走って暖炉の前に座った。火の前に手をやるのを見て、テリーが呼び出し紐を引っ張る。


「リトルルビィ、少し黙ってて」

「え? うん」

「ホットミルク飲める?」

「うん! 大好き!」

「なら黙ってて」

「ん? うん!」


 すぐに扉がノックされる。テリーが歩き、扉を開けた。パーティーから抜け出してきたであろうメイドが立っていた。


「テリーお嬢様、いかがなさいました? 先ほど、サリアがベッドまで連れて行ったと言ってましたが」

「あの、実は……」

「あ、わかりました! プレゼントが楽しみすぎて眠れなくなっちゃんですね! もう、テリーお嬢様はしょうがないんですから!」

「……ホットミルクお願い出来る? 二人分」

「あら、メニーお嬢様の分も用意されるなんて、テリーお嬢様はシスコン並みにお優しいですね! かしこまりました!」

「……ええ。お願い」


 詳細は言わないに限る。テリーは扉を閉めた。振り向くと、リトルルビィが暖炉の前で膝を抱え、首を傾げた。


「メニーも部屋に来るの?」

「あの子もう寝てるわ。あんたの分よ」

「あ……、ごめんね、テリー。気を遣わせちゃって」

「いいのよ。別に」


 テリーがクッションを数個抱えてリトルルビィの隣に座った。リトルルビィにクッションを渡す。


「はい」

「ありがとう」


 二人でクッションを抱えて、揺れる火を眺める。リトルルビィがクッションを抱きしめ、頭を下ろす。


「ああ、なんか、このクッション、ちょうどいいね……。落ち着く……」

「質の良い物を置いてるもの。当然だわ」

「……」


 リトルルビィが思った。


(テリーの匂いがする……)


 鼻を押し付ける。


(あ、どうしよう、いっぱいテリーの匂いがする)


 すんすんすんすんすんすん。


「……良い匂い……」

「ん、そう?」

「すーはー……すーはー……」


 クッションに顔を埋めるリトルルビィを横からテリーが眺める。


「マント脱げば?」

「はっ! そうよね! 部屋にお邪魔してるのに、いつまでもマントは失礼ね!」


 リトルルビィがマントを脱いだ。その中身は、いつもの白いシャツに赤いスカートではなく、深い赤色のドレスを身にまとっていた。


「あら」


 テリーが首を傾げる。


「今夜はお洒落してるのね」

「あのね、キッドの誕生日パーティーの帰りなの」

「もうこんな時間だものね」


 テリーが膝を曲げ、顎を置く。


「どうだった?」

「それが、もう大変だったの。あのね、テリーがいなかったから、キッドがすっごい暴れて出して!」

「……あいつ、また何やったの?」

「もうね、すっごいの! キッドの口説きパーティーなの! ど天然のふりして取材に来てた記者の人達全員口説きまくってダンスしまくって、その中でも鬼記者って言われてる男の人がいたんだけど、その人がキッドと話したが最後。最初、鬼みたいだった堅物面が、でれんでれんに緩んだ顔つきになっちゃってて! キッドが、もう、老若男女も関係なく、人間をたらしにたらしこんでてね、あのね、もうね、すっごいの!」


(大暴れね……)


「でね、挙句の果てには、テリーがいないなら帰るって言って、馬車まで歩いて行っちゃって。それがパーティー始まってから、二時間後くらい?」

「あいつ王様になりたいんじゃないの?」

「そうよ! 王様になりたいなら一人一人と挨拶して大事なお話するべきよ! それをテリーがいないから帰るだなんて、気持ちは分かるけど、自分の役割はきちんと果たさないと。最終的に、ビリーのお爺ちゃんがキッドを叱って繋ぎ止めてくれて!」


 でもね、テリー、ここからがまた大変なの。


「テリーがいないことに切れたソフィアが呪いの目でこう、ぴかーってやり始めて!」

「お疲れ様。リトルルビィ。よく頑張ったわね……」


(行かないで正解だった……)


 テリーがリトルルビィの頭を撫で始めると、リトルルビィの肩が揺れた。


「きゃっ! テリーのなでなで!」

「ええ。頑張ったご褒美よ。いくらでもなでなでしてあげるわ」

「えへへ! テリーのなでなで!」


 リトルルビィの頬が緩む。


「頑張って良かった!」


(ああ、哀れな子……!)


 テリーは優しく同情の念を込めてリトルルビィの頭を優しく撫でる。


「で、もう子供は帰る時間で、あんたは帰り道の途中だったわけ?」

「うん! ……そうなんだけど」


 なんか、なんとなく、


「……テリーに会いたくなっちゃって」


 今日、先に帰っちゃったから。


(……)


 テリーはにこりと微笑む。


「メニーと楽しい話は出来た?」

「え? あ、うん! あの後、ちょっとお喋りして帰ったの!」

「そう。良かったじゃない」


 ……。


「テリー?」

「ん?」

「あの……、……なんで怒ってるの?」

「ん?」


 テリーは笑っている。


「何が?」

「怒ってる……よね?」

「どこが?」


 テリーは笑っている。


「あたし、別に怒ってないけど」

「……いや……あの……」

「怒ってないけど?」

「テリー? あの、めちゃくちゃ……オーラが、あの……どす黒い気が……あの……」

「どす黒い?」


 テリーは笑っている。


「あんたオーラなんて見えるの? すごいわね」

「ああ……なんていうか、あの……吸血鬼の目って、結構敏感なの。だから、その、そういう、空気みたいなものが、色で見えてくるって言うか……」

「へーえ」


 テリーは笑っている。


「……なんで怒ってるの……?」

「別に怒ってないってば。嫌ね。リトルルビィったら」

「……」

「はあ、ホットミルクまだかしら。ごめんね。もう少し待ってね」

「……」


 リトルルビィが眉尻を下げた。


「テリー……、……今日のイベント、楽しくなかった?」

「楽しかったわよ?」


 ただ、


「今度はメニーと二人で行けば?」

「え?」

「あたしが行く必要あった?」


 あんた達、二人だけでも楽しそうだったじゃない。


「お邪魔虫になるつもりはないから、今度は二人で行きなさい。あたしに気を遣わないで。ね?」

「……」

「そんな顔しないの」


 テリーがリトルルビィの頭を撫でる。


「メニーとは親友なんでしょう? だったら、あたしを入れないで、二人の時間を大切に有意義に使うべきだわ。でしょ?」

「……違う」


(うん?)


 テリーがきょとんとすると、リトルルビィが俯いた。


「……違うもん」


 リトルルビィが唇を尖らせた。


「テリー、なんか勘違いしてる」

「……勘違いって?」


 ――イラッとするわね。


(リトルルビィを責めるつもりはないけど、あの一人のけ者にされる感じは嫌なのよ)


 楽しそうに二人で笑ってたじゃない。


(お願いだから煽らないで。相手が可愛いあんたでも、あたしはね、負の感情で覆われているのよ)


 だからなるべく、言葉を選んで、柔らかく。遠回しの、皮肉を。


「あのね、出かけるならメニーと出かけなさい。あたしじゃなくて」

「ほら、メニーのリース貰って、すごく喜んでたじゃない」

「せっかくのクリスマス・イブなんだから、あたしに気なんか遣わなくていいのよ?」

「あんた、まだ小さな子供なんだから」

「それに、あたし、子供よりも大人が好きなの」

「あんた達よりも、キッドやソフィアみたいな大人と関わりたいの」

「だから、リトルルビィはリトルルビィで楽しめるメニーと出かければいいのよ」

「あたし、子守はもう御免って思ってたところなの」

「まあ、あんたがもう少し大人になったら、相手してあげてもよくってよ?」


 ――違う違う。そうじゃない。

 ――だめだ。止まらない。

 ――もう少し、優しい言葉を言えたらいいのに。

 ――違う。そもそも、これはリトルルビィのためじゃない。

 ――あたしが傷つかないための言葉だ。


「メニーと二人の方が、リトルルビィも楽しめるでしょ」


 ――我ながら嫌味っぽい言い方ね。


「来年は二人で行くといいわ。うん。その方がいいわ」


 ――あたし、嫌な奴ね。


「あたしは、部屋でゆっくりすることにする」


 ――こんなこと、言いたいわけじゃないのに。

 ――なんか、モヤモヤして、止まらない。


「こんな寒い中、外になんか出たら、風邪引いちゃうもの」


(あとで後悔するやつってわかってるのに)

(あとで嘆くのよ。あんなこと言いたいわけじゃなかったのにって)

(誘ってくれて嬉しかったのに)

(リトルルビィと楽しく過ごせたらそれでよかったのに)

(リトルルビィが笑うだけでよかったのに)


 ああ、あたし、


 ――今、とんでもなく、嫌な奴。


(……関われば関わるだけ、あたしは嫌われる)


 こんな女だから、嫌われる。


(リトルルビィが、がっかりしたかも)

(もうあたしと話したくないって思うかも)

(いいわ。嫌だと思うなら、あたしの前から消えればいい)




 ああ、





(……やっぱり、嫌な奴ね。あたし)






「テリー」






 テリーが振り向くと、リトルルビィにぽんぽんと頭を撫でられた。


(……ん?)


「ごめんね。……寂しい思い、させちゃったのかな」


 リトルルビィが申し訳なさそうに、テリーを見つめる。


「あのね、そうじゃなくてね」


 リトルルビィの赤い唇が、動く。


「そうじゃなくてね」


 恥ずかしそうに、喋る。


「あのね」


 照れ臭そうに、喋る。


「私」


 リトルルビィが、テリーだけを見つめる。


「私が、テリーと、……いたかっただけなの」


 ぽかんとするテリーにリトルルビィが頬を赤く染める。


「……その……。……イベント、……元々、行く気なんてなかったの。クリスマス・イブはキッドのこともあったから、家で大人しく準備してようと思ってた」


 でも、


「23日のキッドの誕生日パーティーで、テリーと喋ってたら、私、もっとテリーと一緒にいたくなって」


 口実だった。


「どこか出かける予定を作っちゃえば、テリーといれるでしょ?」


 それと、


「……テリーだけ誘ったら、テリー、断ったでしょ? メニーがいるからって」


(……)


 テリーがふい、と視線を逸らした。


「……だから、だったら三人でって思ったの。そしたら、絶対テリーが来てくれると思ったから」


 あのね、


「テリーのこと、のけ者にしたかったわけじゃないの。本当よ?」

「そ、そんなこと、言ってないじゃない」


 テリーが誤魔化すように姿勢を崩し、膝を伸ばした。


「おほほほ。ホットミルク遅いわね」

「テリー、そんな悲しそうな顔しないで? お願い……」

「何言ってるの。悲しそうな顔をしてるのはあんたでしょ?」

「うん。私、すごく悲しい」


 リトルルビィが、ぴたりと、テリーの肩に頭を乗せて、くっついた。


「テリーが悲しい思いをしたと思ったら、すごく悲しい」

「……」

「テリー」


 リトルルビィが顔をテリーに向けた。


「寂しくさせちゃってごめんね」


 リトルルビィの唇が近づいた。


(ん?)


「ちゅ」


 リトルルビィがテリーの頬にキスをした。直後、テリーが硬直する。


「……」

「テリー」


 リトルルビィが再びテリーを見つめる。


「不安にさせてごめんね」


 再び、唇が近づく。


「ちゅ」

「っ」

「ちゅ」

「っ」

「ちゅ」

「っ」

「ちゅ」


 離れて、再びキスを繰り返す。


「ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、」

「~~~~~~っっっ!!」


 テリーが片腕でリトルルビィを引きはがした。


「うちゅっ!」

「わかった。もういい。わかったから」


 テリーが頭を押さえた。


「寒さのせいよ。寒くてどうかしてたんだわ」


 つまらないことで、小さなリトルルビィに八つ当たりしてしまった。


「不快な思いさせたわね。ごめんなさい」

「ううん。私こそごめんね。テリー」

「なんであんたが謝るのよ。何も悪いことしてないのに」

「テリーに寂しい思いをさせたのは、私だもん」


 リトルルビィがごろんとテリーの膝の上に頭を乗せ、俯くテリーの顔を覗き込んできた。


「今度は、テリーだけを誘うから」

「……それは、違うでしょ」


 テリーがそっとリトルルビィの頭を撫でる。


「……出かけるなら、大勢の方が楽しいわ」

「でも、テリーが寂しい思いするなら、テリーだけしか誘わない」

「……」


 はあ、とテリーがため息をついた。


「リトルルビィ」

「ん?」

「あたしね、とっても心が狭いの」


 赤い瞳が瞬きをする。


「お気に入りだと思ってる子があたし以外の子と笑ってたら、胸がむかむかしてくるの」


 お気に入りのお人形が取られたら、子供はぐずるでしょ。


「同じ気持ち」


 あたしは我儘だから、


「少しイライラしただけ」


 別に、リトルルビィを束縛したいわけじゃない。


「あんたはもっと視野を広くして、あたし以外にも目を向けないとだめ」


 あたしは、それがちょっと寂しいだけ。


「……確かに八つ当たりしたわ。それは謝る。ごめんなさい」

「……」


 リトルルビィが口を押さえた。眉尻を下げて、ぱちぱちと瞬きを繰り返した後、


 ――顔が、林檎のように真っ赤に染まった。


「お、お、おき、おきに、お気に入り……!?」


 リトルルビィが言葉を詰まらせる。


「そそそそそそそそ束縛……!?」


 リトルルビィが起き上がった。


「テリー!」


 リトルルビィがドレスのリボンを解いた。


「はい!」


 輝かしい瞳でテリーに差し出す。


「いいよ!」


 リトルルビィの瞳はこれ以上ないほどきらきら光る。


「束縛して!」


 リトルルビィが再びテリーの膝に頭を乗せた。


「テリーになら……私……お部屋に閉じ込められても……文句言わない……! だって……!」


 目がハートの形に切り替わる。


「テリーは、私の運命の相手だから!!」

「なんてはしたない真似してるの。ほら、リボン結ぶから起きなさい」

「はーい!」


 リトルルビィが素直に起き上がる。テリーは受け取ったリボンを再びリトルルビィの襟の中に入れて、綺麗に結んでいく。


「あんたね、だめよ。すぐにそうやって束縛してとか言ったら」

「テリーになら束縛されたいんだもん!」

「ばか。あんたみたいな子がね、変な男に捕まるのよ」

「変な男なんかに捕まらないもん! テリーに捕まるんだもん!」

「はいはい。そうねそうね。ルビィちゃんやい」


(本当にお子様ね)


 自分を純粋無垢に見つめてくるリトルルビィ。


(本当に変な男に捕まりそう)


 テリーがリボンを結ぶ。


(あたしがこの子を見ておかなくちゃ)


「はい。結べた」

「ありがとう。テリー!」

「そろそろホットミルクが来るかも。大人しくしてて」

「うん。わかった」


 じゃあ、


「来るまで、テリーとくっついてていい?」


 リトルルビィがテリーの肩に頭を乗せて、再びぴったりとくっつく。痛いくらい当たってくる視線に、テリーが軽く息を漏らした。


「……来るまでよ」

「うん」

「飲んだら帰るのよ」

「うん」

「……じゃあ」


 しばらく、


「待ってましょう」

「うん」


 リトルルビィがテリーに寄りそう。その顔は、幸せそうに頬をゆるゆるに緩ませている。


(しょうがない子)


 テリーが視線を逸らす。


(見る目を育ててあげないと)


 死ぬはずだったリトルルビィは、この世界では生き延びている。これから、彼女はどんどん成長していく。


(気に入ってるからこそ、この子を大切にしてあげなきゃ)


 リトルルビィは寄り添う。ぴったりくっつく。テリーが顔を横に動かす。


「リトルルビィ」

「ん? なあに? テリー」



 リトルルビィが顔を上げた瞬間、





「ちゅ」





 頬に、テリーの唇がくっついた。








 とんとん、と扉がノックされる。


「お嬢様、ホットミルクです。あと、ぐへへ! クッキーをお持ちしましたわ!」

「あら、ありがとう」

「サリアには秘密ですよ! せっかくのクリスマス・イブなんですから、これくらい許されますよ! あ、赤色の魔法使いに怒られたら、私のせいだとお伝えください!」

「ふふっ。ありがとう。そうするわ」

「それでは失礼します。良い夜を!」


 トレイを受け取ると、メイドが扉を閉めてくれた。テリーが振り向き、じろ、と床に伸びている吸血鬼を見た。


「メイドがクッキーも入れてくれたわ。良かったわね。一緒に食べましょう」

「……」

「ルビィ。早くして」

「……まって……。……まってよ……。……テリー……」


 リトルルビィから鼻血が止まらない。自らの血を指につけ、震える文字を絨毯に書いていく。


「犯人は……テリー……」

「こら。落書きしない。ホットミルク冷めちゃうわよ」

「……もう……ほっぺた洗わない……」


 真っ赤になってうずくまるリトルルビィが、そっと優しく、自分の頬を撫でるのであった。









 クリスマスリースの奇跡 END

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