問答、煙香るベランダにて
「というわけで、こうなりました」
「……はぁ」
サラはイブリスに向き直り、腰に手を当てて言う。
「まあ、好きにしろ……そこまで制限するのも大人げない」
二人のやり取りを見る間に、イブリスも少しは冷静になっていた。
少し神経質になりすぎていたかもしれないし、なによりサラも友達になりたいと言うのならば止めることもできない。
「えへへ、ありがとうございます!」
「……感謝、します」
「よせよ、反発してた俺が礼を言われる義理はねぇ……ま、仲良くやんな」
サラとフロワの礼を軽く流し、席を立つ。
「あれ、イブリスさん、どこへ?」
「煙草だよ。ベランダ行ってくる」
はぁ、と一つため息をついてベランダへと歩く。
「……ああ、イブリス様、伝言が一つ」
「何だ」
「サラさんの白属性の件……主様は、"心当たりがある"と」
「……そうか」
「思ったよりも淡白な反応ですね」
「まあな」
短く返事をしたイブリスはそのままベランダへと向かっていく。
「どうせその"心当たり"とやらは教えてもらえないだろうからな」
そんな、ラディスへの不信感がこもった呟きは窓から吹き込む風の音にかき消され、二人には届かなかった。
しかし、あの弟子には本当によく振り回されるものだ。それを抜きにしても最近疲れる出来事が多い。
特に今日は一つしかクエストに行っていない(他冒険者の襲撃という思わぬ形で終わっているが)というのに、この疲れは何なのだ。少し前の緊急クエストによる貯蓄が少しあるから宿代は確保できたが……
「まあ、今回は一本取られたなぁ……」
弟子入りを懇願されたときから自分の意見を貫き通そうとする子だとは思っていたが、まさか師匠を怒鳴りつけてくるとは。イブリスは煙を吐きながら想いをはせる。
「やあ、二人は無事に仲良くなれたみたいだね」
そんなベランダに、来客が一人。
「……てめぇに部屋番号教えた覚えねぇんだけど?」
「ルベイルに聞いたら親切に教えてくれたよ」
「っのジジイ……」
明日の朝、宿屋の店主をとことん問い詰めてやるという決心を固めながら、イブリスは来客……ラディスを睨む。
「てかどうやって入ってきやがった、鍵閉めてたろ」
「場所さえわかれば僕に鍵なんて関係ないさ」
そういってラディスは自身の武器、そして魔法媒体である刀をイブリスの前に掲げて見せた。
青属性は時間と空間を操ることを得意とした属性。扉をくぐって堂々と入ってきたわけではなく、このベランダに直接ワープかなにかを使って入ってきたとでも言うのか。
しかし魔法媒体とはいえ、よくもこんな物騒なものの持込を許可されたものだ。いや、それについてはイブリスの銃も同じか。
「そんなに不愉快そうな顔をするなよ」
「うっせえ。何しに来やがった」
「彼女の様子を見に来ただけさ……あと、お迎えにもね」
ラディスは部屋の中に居るフロワへと視線を移した。サラが積極的に話しかけており、フロワもそれに静かながらも返答しているようで、前二人きりになったときのような気まずさはない。
おしゃべりに夢中になっているせいか、ラディスが来ていることには気づいていない様子だ。
「それに、僕に聞きたいことがあるんじゃないかい?」
「……お見通しかよ、気持ち悪ぃ」
「ほめ言葉として受け取っておくよ」
今の返しをどう湾曲したらほめ言葉になる。
実際のところ、こうして向こうから来てくれたのは好都合だ。わざわざ"機関"本部に出向くよりは圧倒的に楽ができる。
「んで、そういうことを言ってくるってことは質問の予想がついていて……」
しかし。
「マトモに答える気はないってことだろ」
正しい解答が得られるとは限らない。
「まあまあ、そう言わずに。僕だって答えられるものは答えるよ」
否定でも肯定でもない言葉。それはイブリスにとって肯定の意を指していた。
答えられるものは答えるといっても、ラディスはその答えられるものの範囲が狭すぎるのだ。
「じゃあ聞くがよ」
だが、ダメで元々だ。仮に1%の確率だとしても、行動しなければ0%になってしまうのだから。
「……お前が"友達になってもらえ"って言っただけで、あそこまで素直に話すもんか?」
「答えはイエスだよ」
即答だった。特に渋る様子もない。
「ま、話を聞いたらわかると思うけど彼女はワケありでね。とある理由で保護して育てたんだけど、いつの間にかメイドさんになんてなっちゃった……狙ったわけでもないんだけどね」
「確信犯だろテメェ」
「答えはノーだ。僕にそんな趣味はない」
否定はしても満更ではなさそうだが。
「彼女がずっと友達を望んでいたのは本当だよ、信じてあげてくれ」
「……」
流石に嘘ではなさそうだ。フロワへの警戒は少し緩めてもいいかもしれない。
「で、ワケありっつったがその"ワケ"ってのは?」
「ああ、それはノーコメントだね。彼女も知らない彼女の過去に関わることだ」
「……へっ、やっぱりじゃねぇか」
イブリスに開示される情報はここまでのようだ。
こいつは自分のことどころか人の過去を隠すのが大好きな人間らしい。イブリスの失われた記憶もそうだが、フロワの出生もそうだ。
「前にも言ったかもしれねぇが、人には自分の過去を知る権利がある。てめぇにそうして隠す資格はねぇ」
「そうは言われてもね。知らないほうがいい事もあるものさ」
悪びれずにそういってのけるラディス。こいつに罪悪感と言うものはないのか。
「それに君の場合、色々とややこしいんだから。まさか"記憶が消えるたびに"失った分の記憶を補填してくれとでも言うつもりかい?」
「……っ!」
イブリスはそのラディスの発言に、息を詰まらせた。
イブリスの記憶喪失は少々特殊だ。
一般的に言う記憶喪失は過去一定期間の記憶を思い出せなくなるというものであるが、イブリスの陥っている症状はそれとは違う。
イブリスは今から数えて一定の期間の記憶しか保てないのだ。
その期間にもばらつきがある。半年間の記憶を思い出せることもあれば、一ヶ月分の記憶しか持てないこともある。そして一年を過ぎた記憶がイブリスの中に存在したことはない。
定期的に顔を合わせているラディスやフロワ、自分の課業である冒険者の動き方や一般常識などの知識は忘れはしないが、それでも半年前に受けたクエストや、数ヶ月前に交わした会話の内容はわからないのだ。
「今はどれくらいの記憶を保ってる?」
「……大体二ヶ月くらいか?」
「二ヶ月?最近短いことが多いな……」
ラディスはあごに手を添えて考えるそぶりを見せる。
「偶然じゃねぇの?ばらつきがあるんだから短い期間が連続することもあんだろ」
「ならいいんだけど……ね」
「……おら、まだ質問は終わってねぇぞ」
ラディスの不安を交えた反応に、イブリスも少し懸念を覚えるが、正直なところ今はそれよりも重要なことがある。
「フロワから聞いたが、純粋な白属性に心当たりがあるって?」
「ああ、ちゃんと聞いてたのか。……あるよ、確かにね」
「その心当たりってのは誰のことだ?」
「……」
「……ん?」
帰ってきたのは少し予想外の反応だった。
即答で"教えない"という答えが返ってくると予想していたのだが、ラディスはその質問に対してかなり考えこみ始めたのだ。
言うべきか、言わないべきか、迷っているように。もしくは、何か物思いにふけるように。
「……ちょっと、言えない……かな」
「……そうか」
結局、帰ってきた答えは予想通りのものだった。
しかし、これはひとつの収穫かもしれない。サラの白属性が立証されたこともそうだが……ラディスの心を揺らす、なにかをつかめた気がする。
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