メイドさんはお友達が欲しい
「ほれ、コーヒー飲めるかの?」
「お気遣い、感謝いたします」
ルベイルが飲み物を差し出し、フロワが静かに礼を述べる。
波乱のクエスト後、宿の一室で三人が集まっていた。目的はフロワから話を聞き出すことだ。
「それにしてもお前さんも隅に置けないのう?まさかこの短期間で少女を二人も侍らせるとは」
「人聞きの悪いことを言うな。俺がロリコンみたいじゃねぇか」
「違うのか?」
「ちげぇよ!?用が済んだならさっさと出てけや!」
「ふぅ、もうちょっと年寄りに優しくできないかのぅ」
いつものごとくイブリスと言い争いを繰り広げたあと、ルベイルは部屋を出ていった。ただでさえ疲れている体にさらなる疲れがなだれ込む。
しかし本題はこれからだ。
「さて……出鼻をくじかれちまったが、始めるか」
部屋の小さな丸テーブルを囲んだ三人。サラとフロワが礼儀正しく座る中、イブリスが足を組んで話を切り出した。
「フロワ、お前は今回の件について何か知っていることはあるか?」
「いえ、噂以上のことは」
「……そうか」
淡々としたフロワの返答。彼女も詳しく知っているわけではないらしい。
まあこれについてはあまり期待しておらず、何か新しい情報があればラッキー程度だったためにショックは少ない。
「じゃあ、次」
本題はもう一つの質問だ。
「助けに来てくれたことは礼を言う。だが……なぜお前が独断で駆けつけてきた?」
先に述べた通り、フロワは基本ラディスの命令でしか動かないような子だ。独断で行動ことは今までない。イブリスが記憶している限りでは、だが。
「……」
即座に返答した先ほどと違い、フロワは少し口ごもる。
「言いにくい事なのか?」
「いえ……決してそういう訳では……」
硬い表情を少し歪ませ、言い訳をしながら、ちらちらと目線を動かすフロワ。その視線の先にはサラが居る。
「その、お二人のことが、心配になった……と言いますか……」
「……は?」
その挙動をしばらく繰り返した後、やっと絞り出されたフロワらしからぬ言葉に、イブリスは少しフリーズした。
「おいおいおい、どうした。頭でも打ったのか?お前そんな柄じゃなかっただろ?」
イブリスがフロワに抱いていた印象は、言い方は悪いが人形のようなもの。
主たるラディスの命令を忠実にこなす従順な存在。主たるラディスを体を張って守る盾だ。他人を心配するような無垢な少女などではない。
「少し、お話をしてもよろしいでしょうか」
サラが頷く。イブリスは首を横に振ることも頷くこともしない。
フロワはその反応を許可ととったのだろう。小さく頭を下げて、話を進めた。
「……前いったように、私には姓がありません。それが意味することは、家族が居ないという事です」
二人は静かに話に聞き入る。
「物心ついた時には、私は主様と共に居ました。捨てられた赤ん坊だった私を、主様が拾ったと聞きましたが、その時のことは覚えていません」
「……優しい、人なんだね」
サラの言葉にフロワが小さく頷く。
ラディスのことを信用しきれていないイブリスは少々複雑な気分であったが、もしその話が本当だとしたら、確かに良い事なのだろう。
「主様は身寄りも知らぬ私を十分すぎるほどに気にかけてくれました。勉強を教えていただいた事もあります、遊び相手になってくださったこともあります。だからこそ、その恩返しのために従者として仕えているのです」
今に至る経緯。
これはイブリスも初めて聞いた話であった。記憶を失う前に聞いたかどうかは定かではないが。
「……しかし、それでも私は孤独でした」
……フロワの声が、心なしか暗くなった。
「主様はずっと私と共に居てくださいました。私もずっと主様と共に居ました。しかし……
私のそばには、誰も居ませんでした。
私は母親を知りません。私は父親を知りません。弟も妹も兄も姉も知りません。私は家族を知りません。私は……友人を、知りません。
主様と私はあくまでも主従関係であり、家族や友人とは違うのです。例え主様が否定しても、この根底は覆せないのでしょう。
私は今まで、同年代の女性と接したことはありませんでした。友人を作る機会というものがありませんでした。当然です、常に主様と行動を共にしていたのですから……私はそれを気にもしていませんでした。していない……つもりでした」
フロワの声が止まらない。
普段は無口なフロワがここまで饒舌に話をするのは、イブリスにとって意外を飛び越えた話だ。
イブリスだけではない。驚いているのはサラも同じだ。
サラにとっての第一印象もイブリスが抱いていた印象とさして変わらない。無口で冷静な少女だった。二人で話した時も目も合わせずに冷たい反応が返ってくるばかりであったのだ。
そんなフロワがこうして素直に自分の心を話してくれている、サラはこの話を嬉しく思っていた。
徐々に懸念と不信感を募らせている、イブリスとは対照的に。
「そして……数日前の事です。お二人と共に戦った……サラ様と出会った、あの日。悪魔との戦いの後、主様がこう仰ったのです」
「サラ様に友達になって貰いなさい……と」
……やはり、根本は奴か。
「それで?オトモダチになってもらいに来たと?」
イブリスが不快感を隠そうともせずに質問する。
ラディスの命令が根底にあるというだけで、イブリスが怪しむには十分なのだ。
「イブリス様にとっては、そう簡単に信じられる話ではないでしょうね」
「ああ、わかってるじゃねぇか。それにお前が来たのは結局ラディスに言われたからだろ」
「……確かに主様の命令が無ければ私は動けなかったでしょう。しかし、主様の命令があったからこそこうして私の心を打ち明けているのです……今回は、主様の命令に背中を押された、と言うべきでしょうか。だからこそ独断で貴方たちを追ったのですから」
命令の延長線上だと考えるか、背中を押されたことによる自分の選択と考えるか。二人の意見は真っ向から対立する。
不機嫌なイブリスの表情に対して、無表情ながらもどこかに怒りを感じさせるフロワ。二人の間に火花が散っているようにも見えた。
「ちょ、ちょっと、ストップ、ストップです!!」
危ないと判断したサラが咄嗟に仲介する。このままでは本当にバトルが始まってしまいそうだ。この二人が暴れまわってしまっては両方ともに怪我の危険がある。
「と、とにかく……フロワちゃんは、私と友達になりたいって……そう言ってくれるんだよね?」
フロワは何も言わずにゆっくりと頷く。
「おい、サラちゃんそいつぁ……」
「イブリスさんは黙っててください!」
「……はい」
今までに見たことのない剣幕で怒鳴るサラ。弟子相手だというのに、思わず萎縮してしまう。こういう時の女子は怖いものだ。
「フロワちゃん」
イブリスに対する一喝の後、サラはフロワと顔を合わせながら、優しく呼びかける。
「私も、フロワちゃんと友達になりたい」
伝えたのは、自分の意志、また、フロワの語りに対する返答。
嘘偽りは存在しない、純粋な意志を、フロワに対して投げかける。
「私ね、不安だったんだ。少し遠い村からこの街に来て、何も知らないのに、まだ14なのに冒険者になって……不安でいっぱいだった」
いつも明るい表情を振りまくサラでも、心の奥底では不安を感じていた。決して誤魔化していたわけではないが、元気にやっているようでも、先行き明るいと思っていたわけではない。
「そんな時、フロワちゃんに会ったの。私と同い年の冒険者。最初は冷たくされちゃって少し傷ついたけど、いつか絶対友達になってやる……って、そう思ってた」
『友達になってやる』
その言葉で、フロワの目が少し大きく開かれる。驚いたように、喜んだように。
「……だから、こうやってフロワちゃんから友達になりたいって言ってくれたの……すごく、嬉しいよ。ありがとう」
最後に述べたのは感謝の言葉。
満面の笑顔と共に送られたのは、いつもラディスから貰う事務的な礼ではない、フロワが初めて受け取る心からの”ありがとう”だった。
「サラ、様……」
「ほらほら、友達に"様"なんてつけない!」
「……サラ……さん」
呼び捨てしようとした後の、照れ隠しするようなさん付け。目を逸らしながらようやく言えたあたり、どうやらこれが精いっぱいのようだ。
「うん、今はそれでいいよ。これからよろしくね?フロワちゃん!」
「……はい」
サラにとっては、この街で初めての友達が。
……フロワにとっては、人生で初めての友達が、ここにできた。
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