師弟、剣聖に会う

メイドという存在の破壊力

「……」


「……うぅ」


寡黙なメイドさんに続いて歩きで”機関”本部へ向かう。


静かだ。


正確に言えば街の喧騒は耳に入っている。しかし、メイドさんは勿論イブリスさんですら言葉を発しない。加えてイブリスさんの表情はメイドさんと会ったときからずっと硬いままだ。


はっきり言って、気まずいなんてものではない。


というかあのメイドさんは一体誰なんだ。先ほどのセリフから”機関”がらみの誰かに仕えていることは間違いないが、それ以上の情報が読み取れない。


「あ、あの……彼女は一体……」


「失礼」


「うひゃぁ!?」


私たちを先導していたメイドさんが足をとめ、振り返った。あまりにも急だったもので、一瞬バランスを崩して転びそうになってしまった。


「私としたことが、自己紹介がまだでしたね」


メイドさんは先ほどと同じ起伏のない声で謝罪を述べると、スカートの両端を持ち上げて丁寧にお辞儀をする。


見たところ私と同年代で、背も私より少し低いというのに、私よりもずっと大人びた雰囲気を感じ取れる。


……いや、感情を読み取れない、というべきか。


「私の名前はフロワ……姓はありません」


フロワと名乗った彼女は、頭を下げたまま自己紹介を続ける。


「……剣聖、ラディス・フェイカー様に仕える、従者で御座います」


……彼女が”主”として口にしたその名は、私にとってはあまりに突拍子もないものだった。


剣聖ラディス・フェイカー。


対悪魔の軍勢における、人類側の主力ともいえる存在だ。


人類と悪魔が激突した戦闘にて、頭一つ抜けた戦績を残し、かつ、現在における”機関”のトップ。あらゆる冒険者の憧れ。この世界に住む人間なら誰もがその名を知っている。


端的に言えば……”英雄”、である。


私の聞き違いでなければ、彼女は今、その剣聖に仕えていると、そう言ったのだ。


「サラ様、どうかなされましたか?」


フロワちゃんが私の顔色をうかがう。きっと今、私の表情は形容しがたいものになっていることだろう。


「い、いいい今、剣聖って……」


絞り出せた言葉はそれだけ。思わず声が震える。


「サラちゃん」


今度はイブリスさんが口を開いた。


「彼女の言ってることは本当だ。俺たちの目の前に居るのは間違いなくラディスの召使いだよ」


「え……えええっ!?」


「ちょ……しぃ!」


「も、もがっ……!」


思わず大声を出してしまったが、すぐにイブリスさんに口を塞がれてしまう。


「驚く気持ちはわかるが抑えろ。街中だぞ!」


「う、す、すいません……」


周囲を行きかっていた人がちらちらとこちらを見ているのがわかる。流石に少し恥ずかしかった。


「……落ち着いたようですね、では、行きましょう」


いやいや、全く落ち着けていませんが。


そんな私を気にすることなく、フロワちゃんはスタスタと先に行ってしまう。


「あ、ちょ、ちょっと待って!」


「はぁ……」


隣から聞こえるイブリスさんのため息。イブリスさんは身長が高いために歩きで小走りの私の隣を軽々とついてくる。背の低い女子二人についていく高身長おじさんの出来上がりだ。


周りからひそひそと聞こえる声は、黒属性であるイブリスさんへの悪評なのか、それとも違うものなのか。


「……あれ?」


そういえば、彼女はなぜ私たちを案内している?


そう、確か……『主様がお呼びです』と。


と、いう事はまさか。


……まさか。


* * *


「こちらへ」


”機関”本部へ到着した私たちは、恐らく職員用と思われる扉に案内された。


窓口から見える事務所では職員さんたちが慌ただしく動いている。その中にはセレナさんの姿もあった。


フロワちゃんはそれに目もくれずに足を進めていく。


冒険者登録の時でも来ていない”機関”内部の通路。並んでいる扉の向こうでは、魔物の不審行動調査のために多くの人が働いているのだろう。


「お乗りください」


フロワちゃんがそのうちの扉を一つ開ける。


「……?これは?」


そこは不思議な部屋だった。


扉の先にあったのは人が十人入るかどうかといったくらいの小さな部屋。机などはおかれて居ない。


それに今、フロワちゃんは”乗れ”と言った。普通部屋ならば”入れ”ではないのだろうか?


「ああ……流石に知らねぇか。こいつはエレベーターつってな、魔具の一種だ」


「魔具なんですか?どう見ても小さな部屋にしか見えませんけど……」


「他の階に一瞬で移動できるって代物だ。ま、乗ってみろ」


イブリスさんの言葉に半信半疑で乗り込む。


私とイブリスさん、そしてフロワちゃんが中に入ると、扉がひとりでに閉まった。


すると部屋が少し、立っていられる程度に揺れ始める。


「俺たちが乗っているのは箱なんだよ。それを重力の魔法を利用して浮かばせたり降ろしたりして階層を移動するのさ」


「……なるほど?」


「あんまり理解してねぇって顔だな……まあ、見てみろ」


しばらくして揺れがおさまり、扉が開いた。


驚くことに廊下の景色は一変しており、窓から見える街は私たちが上の方の階へ上ってきたことを示している。


「うわぁ……!」


「ま、階段に代わるもんだと思ってくれ」


流石”機関”本部。最先端の技術の塊のような場所だ。


「……よろしいでしょうか」


「あ……ご、ごめんなさい!」


高いところから見る外の景色に見とれていると、後ろからフロワちゃんが声をかけてきた。


そう、私たちは景色を眺めるためにここに来たのではないのだ。


また歩き始めたフロワちゃんの後に続く。この廊下の奥が目的地のようだ。


「あの、イブリスさん……今から会いに行くのって、まさか……」


隣を歩くイブリスさんに問いかける。


……正直、予測はついているのだが、確信を持っておきたい自分が居るのだ。先ほどからのこの胸の高鳴りを、確かなものに変えておきたいのだ。


「こちらです」


だがイブリスさんの返答を得る前に到着してしまったらしい。


たどり着いたのは周りの扉よりもひときわ豪華な両開きの扉。廊下の最奥に位置していることも考えると、よほど重要な人物が使う部屋なのだろう。


フロワちゃんが扉を数回ノックする。


「失礼いたします。イブリス・コントラクター様とサラ・ミディアムス様がいらっしゃいました」


「……ああ、ありがとうございます。どうぞ、入ってください」


扉の奥から優しく、おっとりとした男性の声が聞こえた。


それを合図にフロワちゃんが扉を開く。


まず目に入ったのは恐らく応接用と思しき机と、それを挟んだ形のソファー。


その奥に豪勢な仕事用の机がおかれており、そこには一人の青年が座っている。


「ようこそイブリス。それと……初めまして、サラ・ミディアムスさん。僕はラディス・フェイカー……世間では”剣聖”と、そう呼ばれています」


こちらに微笑みかけて自己紹介をするその青年には、どこか神秘的な雰囲気があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る