二人のファースト・コンタクト

そして翌日、サラはクエストの集合場所といわれたアヴェントの西門に足を運んだわけ……なのだが。


「あらあらあらあら、ヒュグロンの皆様じゃあないですか?どうしたんです?我々の活躍を指をくわえながら見るために来たんです?」


「ああ!?んだてめぇふざけてんのかステレオンギルドの分際で!前回こっちが戦火をあげたからって嫉妬でもしてんのか?」


「戦火?あんなものを戦火と?たかが9匹の差で勝ったつもりでいられては困りますねぇ。それにこちらにはけが人が一人も出ていなかったことをお忘れなく」


「ふん……血気盛んな奴らだ。よくそうやってすぐに喧嘩ができるものだな」


「はぁ!?何いきなり口挟んできてんだ?お前アトミスギルドのもんか?」


(す、すごいぎすぎすしてる……)


……先ほどからそんなやりとりがずっと聞こえてきている。正直関係ないこちらまで気まずい。


あの会話を聞く限りどうやら勧められた三大ギルドの者で違いないようだ。どうやら実力は拮抗しているようだし、覇権のためにもお互いに負けられないのだろう。


だからといってこんな小競り合いをするのはどうかと思うのだが。


「皆、今日こそは頑張って魔物を沢山倒すぞ!僕らのギルドをもっと有名にするんだ!」


「おー!」


別の方向では5人ほどの男女が集まっていた。リーダー格と見られる男の号令に続いて戦闘前に気合を入れているようだ。


先ほどの3人に比べると装備が少し安いものに見える。まだ小さいギルドの所属なのだろう。


「そっか……ここで活躍できれば街の人から信頼されて、高額な報酬のクエストも依頼して貰えるんだ」


セレナが言っていたように、確かにギルドのアピールの場となっているようだ。


「あるぇ?君、新米?」


「へ?」


クエスト依頼を獲得する意味でも、新人を獲得する意味でも。


「oh!その反応!やっぱ君新米でしょー?どうどう?ギルド決まってるの?まだならうちのギルド来ない?」


サラになれなれしく話しかけてきた男は戦士クラスのようだったが、金髪にピアス、鎧も必要以上にデコレーションされており。


まあ、なんというか。


「うわ、チャラい……」


チャラかった。正直苦手なタイプだ。


「おしゃれだろ?君もうち来ればこんなおしゃれ出来るぜ?うちはまだ有名じゃないけどまあ有名っちゃ有名だしメンバーも多いっちゃ多いんだぜ?」


「は、はぁ……」


その有名はほぼ間違いなく悪名であろう……という感想は心の中にしまっておくとして。


そういえば昨日見ていた募集の掲示板にやけに派手な張り紙があったが、あれはこいつのギルドか。確か人数こそそこそこいても実績はほとんどなかったはずだ。セレナにも苦言を呈されていた。


「ま、まだあまり色々なギルドを見ていないので、とりあえず保留にさせてください。他のギルドを見て回ってからでも遅くは……」


とりあえずここは適当にやりすごして、逃げよう。無理やりこんなギルドに入れられてはかなわない。どうやら師にできるような魔術師も居なさそうだ。


「えーそお?ぜってーうち来たほうがいいって。てか伝達テレパスの周波数教えてくんね?」


しかしこの男、とてつもなくしつこかった。さりげなく連絡先まで聞き出そうとしている。伝達魔法を習得していなくて良かった。


「で、伝達魔法はまだ覚えていないので……」


「マジで?じゃあ俺が教えてやっからさー」


しまった、墓穴を掘ってしまったようだ。


「い、いや、遠慮します……」


「遠慮しなくていいからサー」


「ち、ちょっと!?」


まずい、腕をつかまれた。すぐに助けを……!


「やめろチャラ男」


「ひぎゃ!?」


が……男の手はサラが助けを呼ぶ前に離れた。


サラに絡んでいたチャラ男は、いつの間にか背後に迫ってきていたフードの男に殴られていた。


その手にはリボルバー銃。どうやらさっきはこの銃を使ってチャラ男を殴ったらしい。


「嬢ちゃん困ってんだろが……それ以上やるんなら”機関”に突き出してもいいんだぞ」


呆れた声を出すそのフードの男……は、魔術師、だろうか。服装からして戦士や武術家ではないことは確かなのだが、いかんせん持っている武器が銃であるだけに判断に困る。


サラが知る限り魔術師が使う武器は杖や魔道書であるためだ。銃など聞いたことがない。


もっとも何度も言うようにサラ自身はあまり詳しくはない。もしかしたら銃は銃でも特殊なものなのかもしれない。


「ちぃ……んだよおっさ……テメェ」


フードの男を見た瞬間、チャラついた男の表情が明らかに変わった。


どう言うべきだろうか、なにやら憎たらしいものを見るような目つきになっている。


「あれ、俺のこと知ってる?全く有名になっちまったもんだ」


「また良いとこどりか?評判悪いのに良く飽きないもんだな」


「うっせぇ、こっちは生活かかってんだ目ぇ瞑れ。ナンパしてる暇あるなら俺に獲物取られないようにプリーストにバフでもかけてもらっとくんだな」


「……クソジジイ」


「ジジイじゃねぇから!?」


あまり空気の良くない会話を繰り広げてから、ナンパをしてきた男は去っていった。


「さて、大丈夫か嬢ちゃん」


「あ、ありがとうございます!」


なにやら事情ありのようだったが、助けられたのは事実だ。ここは素直にお礼を言っておく。


男の身長はサラよりも数段高く、見上げる形になるため、深くフードをかぶっていてもその顔が良く見えた。


見たところそこそこ年の行ったおじさんといった印象だ。粗末なひげが生えている口には、火のついた煙草を咥えている。


特筆すべきはその高身長。サラの低身長を差し引いても高めの身長をもっている。周りの冒険者と比べても一目瞭然だ。


「ま、新米にああやって言い寄ってくるのは碌なギルドじゃねぇから気をつけときな。それじゃ」


「あっ……」


男は名前を聞き出す間もなく去っていってしまった。追いかけようとしては見たものの、何せ冒険者の数が多い。すぐに人の波の奥に消え去ってしまう。


「うーん……まあいいか……」


彼も冒険者ならそのうち顔を合わせることになるだろう。本格的なお礼はその時まで持ち越しだ。


「君、奴の知り合いかい?」


「え?」


フードの男が去った後、また違う冒険者がサラに近づいてきた。


思わず身構えてしまったが、その冒険者は何かするつもりはない、といった風に首を振る。どうやら先ほどのナンパ男とは違うらしい。


「あの、さっきの人は私を助けてくれただけで……」


「そうか……悪いことは言わない。奴と無駄に関わらないほうが良い」


「へ……?」


男が去った方向を見つめる冒険者の目はいたって真剣だ。


そういえば先ほどのナンパ男も彼に対して邪険な態度を取っていた。”有名になった”とか、”評判が悪い”とか言われていたし、いったい何があったのだろうか。


サラには彼がなにか悪いことをするような人物には思えなかった。わざわざ自分を助けてくれたのだ。


少し言葉をかわしただけであるため、自分が勝手に”良い人”と決め付けているだけかもしれないが。


「あの人、いったいどういう人なんですか?周りの人からあんまり良いように思われていないみたいですけど……」


こういうことに首をつっこむのはよろしくない気がしつつも、やはり気になる。せめて名前だけでも知っておきたいのだ。


「イブリス・コントラクター。ギルドに属さない所謂フリーター冒険者だ」


「フリーター……でも、それだけで関わるなって」


「勿論それだけじゃない。奴は……おっと、そろそろクエスト開始みたいだな」


遠くに魔物の群れが見えた。冒険者たちが構え、叫び、その場の空気を張り詰めらせる。


先ほどまでの雰囲気とは違う。ギルド同士の小競り合いも、新米を狙った悪質な勧誘もない。そこに居る全員が”狩人”の目をしていた。


「言葉で説明するよりも実際に見たほうが早いだろう。奴の……属性を」


その冒険者の最前列には、フードを取った先ほどの男。イブリスが居た。


フードの下の髪の毛はぼさぼさで、普段からあまり手入れをしていない様子だ。


よく見てみればマントもそれなりに年季のついたもの。相当長い年数冒険者を続けていることがわかる。


ベテラン……といえばいいのだろうが、しかしそういった冒険者は普通皆から頼られ、敬われるものではないのだろうか?


だがイブリスはどうだろう。


「おい!いいか!あの野郎に獲物を奪われんな!」


「全員奴よりも先に動くんだ!」


と、明らかに厄介者として扱われている。そこにいる冒険者の大半が、彼を出し抜こうとしていた。


「メイジ、全員詠唱開始!戦闘職は今すぐに突っ込んでけ!」


魔物が迫る。いよいよか。


イブリスのことを抜きにして、サラは単純に緊張していた。初陣だ。ほとんどは前の冒険者たちに任せるとしても、こちらに魔物が来ないとは限らない。


報酬、名声、そして命を懸けた戦闘……サラの知らないものばかりだ。どうしても足がすくんでしまう。


だが、緊張をほぐす暇もなく魔物の群れはもう目前。


「いくぞォ!!」


魔物と人の短い戦争の、開戦だ。


「"removE"」


瞬間、鳴り響く一発の銃声。イブリスだ。


リボルバーの銃口がイブリス自身の手の甲にあてがわれ、その手を貫通して発射される。


放たれた銃弾は黒い瘴気と化し、それは魔物に着弾すると周囲の空間を大きく歪める。


「きゃっ……!?」


「出やがったな……よく見ておけ」


あたりの冒険者全てをひるませた空間の歪みが、ゆっくり、ゆっくりと収束していく。


「あれが奴の忌み嫌われる最大の理由……”黒属性魔法”だ」


歪みが完全に収まったころには、イブリスの目の前に居た魔物たちが、根こそぎ消え去っていた。


「畜生!何匹持ってかれた!?」


「4……いや5匹!」


冒険者たちが再び慌ただしくなる。


「黒属性、ですか?」


「ああ」


冒険者の男は言った。


黒属性は本来人間の敵、悪魔しか扱うことの出来ない属性。だがイブリスはそれを操る。人間の身でありながら、である。


加えてギルドには属さず、一切の個人情報が不明。冒険者証は持っているのだが、偽造だとまで言われている。


つまりは……怪しいのだ。冒険者の誰もがイブリスのことを悪魔の手先だと信じて疑わず、そうでなくても強力な黒属性魔法で自身の戦果を奪い取っていく彼のことをよくは思っていない。


「そういうことだ、奴と関わらないほうがいいというのは。奴が本当に悪魔の手先であるなら取って食われるかもしれん。違ったとしても奴と関わるだけで君まで……ん?」


そこで冒険者は気づいた。


隣に居る少女が……輝かしい目で戦場を見つめているではないか。


「君?」


「……すごい」


サラは見とれていた。


魔法を使って次々と魔物を薙いでいくイブリスの姿は、サラにとって憧れとなる冒険者の姿そのものだったのだ。


何者にも負けない、強大な力を持った魔術師。それが今、目の前にある。


「お、おい、俺の話を聞いていたのか?奴は……」


「わかってますよ……でも、さっきあの人は絡まれていた私を助けてくれました。悪魔の手先がそんなことするでしょうか?」


サラには確信があった。あの時、自分を助けてくれたイブリスの目には悪意など微塵もなかったからだ。


彼は悪魔の手先などではない。サラにとっても良くわからない自信が彼女の中にあった。


「イブリスさんが悪魔の手先じゃなく、人間だとしたら、悪魔にしか使えないはずの魔法を見事に操っていることになります。だからあの人、実はすごい人なんじゃないかなって」


男はすっかり呆気に取られていた。


初めてだ。


イブリスを見た新米冒険者は必ず黒属性魔法を恐れ、関わらないようにすると言う。それが普通の反応だ。


ところがこの子はどうだ?初めて会ったイブリスを悪魔の手先ではないと言い切り、それどころかすごい人だとまで言ったのだ。


こんなにも、純粋に。


「……忠告はした。なにかあっても責任は取らないぞ」


埒が明かないと判断したのだろう。冒険者は剣を構え、前線へと加わっていく。


その間にも、サラは次々と敵を薙ぎ倒すイブリスの姿を見ていた。

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