望まなかった宿願
ふらふらと廊下の壁に手を付けながら歩くレフティの耳に、二人の男たちの話し声が聞こえてきた。
一人は、この村の長。
もう一人は、レフティに片手剣を投げてくれた命の恩人だった。
助けてくれた礼を言うことすら今も思いつかないレフティは、絶望の淵にあるままで会話だけを耳にする。
内容は彼の今後に関する話だった。
「レフティを、魔獣討伐隊に引き抜きたいじゃと?」
村長のしわがれ声から出された魔獣討伐という言葉に、レフティの意識が反応する。
「そうさね。俺らの部隊は彼みたいな凄腕を集めているんでさ。できれば預からせて欲しいんですがね?」
村長と変わらぬ年老いた声なのに、その男性の口調には飄々としながらも覇気が感じられた。
レフティは、やはりどこかで聞いた覚えがある声に感じたが、思い出せずにいた。
「欲しいと言われても、レフティは村にとっても大事な自警団の一員でな。魔獣がこんな辺境にまで来たとあっては、なおさら手放すわけには……」
村長は男の気迫に押されつつも、村の今後の為にレフティを手放すことを受け入れるつもりは無いようだ。
レフティは二人の声が聞こえてくる応接間に近づき、少しだけ扉を開け、そっと中を覗いた。
村長の対面に座っていた男には、それなりに深い皺が刻まれていて、大小様々な傷跡も見られた。
焦げ茶色の短い髪を後ろに流した男の頭にヘルムは無く、格好から見るに彼もレフティと同じ剣士のようだった。
男は鋭い眼光のまま優しく村長に向かって微笑む。
「村長さんにゃ悪いけど、こんな辺境の村に魔獣が訪れることなんて、そうそう無いな」
悪いと思っている男の笑顔では無かった。
「なんだったら交換条件として、あの剣……神光の剣のレプリカを村に預けてもいい。だけど彼を渡せないなら、その話も無効だあな」
男の提案に村長は唸った。
「村長さん、現場の戦闘については話した通りだ。彼は強いが、レプリカが無ければ魔獣を倒すことは出来やしなかっただろう。自警団に引き留めた所で武器が無ければ、万が一にも次の魔獣が村を襲いに来た時に対処できますかい?」
「それは、難しいじゃろうが……」
「それに最近の地獄の入り口周辺では、魔獣の発見報告が増加しているんでさ。今は辺境にまで奴らが来ることは、ほぼ無いでしょうが、数が増えてくれば保証の限りじゃない」
村長は押し黙ってしまう。
「魔天使の発見報告こそありはしやせんが、何か大きな異変に発展しつつあるのは間違い無いんすよ。早めに根本から潰さないと、なにせ……」
言い掛けた男は渋面になると、お喋りが過ぎたらしく、続きを話すことを止めてしまった。
男は改めて村長に尋ねる。
「どうですかね? 彼をうちに預けてくれやせんか?」
「だが、しかし、彼の意志を尋ねてみない事には……」
レフティは扉を大きく開く。
「行かせてください、村長」
突如、部屋に入ってきたレフティに驚く村長。
剣士の男は、最初からレフティが聞いている事に気が付いていたのか、ゆっくりと振り返った。
「レフティ……しかし……」
村長の言葉を遮るようにレフティは説得に入る。
「俺はアリシアの仇を討ちたい。あの武器を使って、それが可能なら躊躇う必要もない。ましてや、それが人々の役に立つというなら願ってもない」
レフティの顔に生気が戻ってきた。
「今も魔の眷属どもが吐いた空気を吸わされている……そう思うだけで反吐が出る!」
レフティは憎々しげに叫んだ。
「奴らの息の根を一匹残らず止めてやる! それが……それが今日から俺の、果たすべき宿願だ!」
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