異世界で栄えるテロリストを見過ごしていてもいいですか?
眠谷DE
初めての悪意
初めての悪意・1
焼け死んでいる。現在進行形で。
薬指に力を入れる。動かない。
もう焼け落ちているのかもしれない。あるいは、ちゃんと動いているけれど、それを感じる機能が死んでいるのかもしれない。どっちが正しいのかわからない。目で見て確認することもできない。猛烈な炎が網膜をすっかり焼いてしまったから。光を見ることはもう二度と叶わない。
人生最大の苦悶の時。悟りに近い境地に至ったのは、五感の全てが機能を停止してからだった。心は穏やかで身体もくすぐったいだけ。腰のあたりで決定的な機能が死んだときから、首や肩を舐める炎を水流が戯れるように感じるようになった。死んでいくときくらいは幸いであるように神は人間を作ったのかもしれない。
生死の境界を超えてしまった。あと数秒で死ぬ。確信している。走馬灯は特に流れないが、ほんの五分ほど前までは進路について悩んでいたことを思い出した。もうこれから死のうというのに、人生最後の思考が「将来の進路について」とはシャレが効いている。唇が焼け落ちて歯がむき出しになった口元で笑った。
数分前。
私がいつものように授業を終えて屋上にきたとき、時刻は午後三時そこらだった。寝っ転がって、フランスの公爵が獄中で書いた本を読みながら、進路希望調査用紙の欄をどう埋めるべきかぼんやり考えていた。なりたいものが何も無い私に、両親や先生はよく言うものだ。「本当にやりたいことをやりなさい」と。しかし、やりたいことが無いのが問題なわけで。それを探せということはわかっているのだが、そんな出会いなんてそうそうは起こらない。
ゴォー。
ふと、頭上遠くから扇風機のような音が聞こえた。見上げると、黒い飛行機の一群が凄いスピードで通過するのが見えた。十機あまりが一直線に並んでいる。それはどう見ても異様で、六月の青い空がバグを起こしたのかと思った。一秒考えて、きっと自衛隊の突発的な編隊飛行訓練なのだと結論した。この学校の近くに自衛隊基地は無いし、そんな話は聞いたこともなかったけれど、それ以上に思考を割くほど重要なことだとも思わなかった。
視線を空中から前方に戻したとき、今度はバシャッと音がした。音だけではない。身体にも液体の感覚。ジュース缶一つ分ほどの量を浴びた。ガソリンの臭いを感じた瞬間、それは炎に変わった。
身体に着火してから苦痛が訪れるまでには数瞬があった。その時間を屋上から街の風景を見ることに使った。何本もの炎の帯が校舎や住宅街を横切って街に引かれていた。何本もの炎が平行に引かれていた。高低を無視して、屋上もグラウンドも関係なく、川にも線路にも道路にも、太いオレンジ色の線が見渡す限りに街を覆いつくしていた。私はたまたま帯の上に立っていて直撃したのだ。もっとも、多少逸れたくらいではとても逃げられはしなかっただろう。炎の帯は背丈よりも高く燃え盛っているので、その間をくぐりぬけて避難するのはとても不可能だ。思い出したかのように街中で一斉に悲鳴が上がった瞬間、自分もその一部になった。
黒い飛行機たちはガソリンと着火剤を撒いていたのだ。街に火焔を敷きつくすため、一列に並んで、まるで白線のライン引きのように。どうして? わかるわけがない。
ただ、何かちょっとした不手際やエラーではないということはわかる。この国には世界でも上位に入る強力な治安機関と防犯維持システムがある。殺人飛行機を何機も飛ばすなんてことは、きっとそれなりの人数が組織立って連携しなければできないことだ。一人の頭がトチ狂っただけではとても間に合わない。つまり、この惨状はどこかの誰かたちが綿密に計画を練って実行したことなのだ。強い意志と優れた手腕を持つ者たちが。街を焼きたいと思った人が、街を焼くために全力を尽くした。明確な悪意。その結果がこれだ。困難な目的に対して、彼らは手段を誤らなかった。
本当に街を焼きたい人は街を焼いてもいいのだろうか? もし「やりたいことをやりなさい」と言うのなら、「焼きなさい」ということになりそうだ。そうして「焼きましょう」と覚悟を決めたやつの前では、私のように何も決めていないやつは、焼かれるくらいがせいぜいなのだ。それが決意の力であり、持つ者と持たざる者の違いだ。
私自身がやりたいことはまだわからない。しかし、もし次があるなら、街を焼いた彼らを見習って自分に正直にやりたいことをやろうと思った。
決意のための決意をして、私は十六年の短い人生を終えた。
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