涼宮ハルヒの帰還

むーらん

第1話

 登下校においてこの坂道に感謝することなどあろうはずもないが、ことさら鬱陶しく思うのは今日のような真夏の晴天の日だ。教室にクーラーでもあれば足取りも軽やかになろう気がするのだが、しがない県立高校にそんな財力などあるはずもなく、余計なことを考えても暑さが増すだけであり、俺は額やら首やら汗をぬぐいながら自分の教室へと入った。1年の時とほぼ同じクラスメイトとなっている我が教室には、珍しいことにハルヒはまだ来ていなかった。


「キョン、この学校には何でクーラーがないんだ?」


 まことに残念なことに、俺は谷口と発想が同じであるらしい。


「お前それどういう…いや、もう怒る気もしねえ。この暑さじゃな」


 下敷きでパタパタ仰ぎながら机にへばりつく谷口を放っておいて俺は自分のかばんを机にかけた。


キーンコーンカーンコーン


「おうい、そろってるか。暑いからって仮病で休んでるやつは手を挙げろ」


 そう言いながら鬱陶しいほど爽やかに担任の岡部が入ってきた。申し訳ないが生徒のほとんどはそんな冗談に愛想笑いする元気はない。


「感心感心。ん?キョンの後ろは…涼宮か。あいつが休みなんて珍しいな」


 確かに珍しい。ハルヒも夏バテとかするのだろうか。普段はあいつ自身が太陽の権化のような感じなのにな。そういえば土曜日の不思議探索の時も、いつもより大人しかったような気もする。


「あいつならインフルエンザでさえ弾き飛ばすような気がしていたんだがな」


 俺と同じようなことを岡部が呟いていた。そういえば職員室にはクーラーがあったよな。ちょいとばかり涼みに行ってみるか。と一瞬考えたが、色々と藪から蛇がでることになる気がする。などとぼんやり考えていると後ろの席からドサっという音が聞こえて、俺はようやくハルヒが遅れて教室に入ってきたことに気付いた。


「お前が遅刻なんて珍しいな」


「・・・」


 返事がない、ただの屍のようだ。


「・・・」


 何も言い返してこない。まさか長門だったりしないよな。後ろを振り返ると机に突っ伏しているがまぎれもなくハルヒだった。


「お前でも夏バテとかするんだな」


「…夏バテ?」


 ようやく返事をしたハルヒの声は驚くほどか細かった。


「土曜日も元気がなかっただろ」


「最近なんか調子が悪いのよ。あんたもそういうの気がつくのね」


 お前がせっかく頼んだワッフルを半分近く残してたからな。代金を支払った人間としては記憶にとどめておくに値したんだよ。


「なによ、団長が弱ってるんだから労りの言葉でもかけなさい」


 やっぱり変だ。夏バテじゃなくてなんかの病気とかじゃないだろうな。


「ハルヒ、ちょっと顔見せろ」


 何でよと顔を上げたすきに、俺は手のひらをハルヒの額に当てたがすぐに手をひっこめた。自分の額にも当ててみて、もう一度ハルヒの額に当ててみる。


「ハルヒ、お前…ものすごく冷たいな」


 ハルヒの額は、氷のように冷たかった。この暑さを考えたら異常だった。


「…そうね。ものすごく、寒い」


 すぐ病院に行ってこい。このくそ暑さでそれは普通じゃない。


「嫌よ、団活があるじゃない」


 なに馬鹿なこと言ってるんだ。今日はさっさと医者に行って寝ろ。


「…さっきキョンがおでこに手を当ててくれた時、ちょっと元気が出たのよね。このまま元気になる気がする」


 あのな、ハルヒ。残念だが俺は回復魔法属性は微塵も持っちゃいない。お前が元気になったと思っても万一団活中に倒れでもしたら活動停止になるぞ。去年の冬に俺が入院したこと、お前だった覚えてるだろ。


 ハルヒはアヒル口を作って机に突っ伏した。それは渋々ながらも理解してくれたからなのか、あるいは俺の忠告に腹を立てたからなのかはわからない。結局ハルヒは昼休みに早退するまで俺と口を利くことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る