第10話 一人の少女のために
「こんばんはー!」
9月下旬の月曜日――――――――時計の針が17時58分を指した頃に、タルタロスの入口から一人の女性の声が響いてくる。
「今日予約した、代表者の東郷です」
「はい、お待ちしておりました」
中に入ってきた女子高生は、受付にいたわたしに声をかける。
今回ライブビューイングをする女子高生グループの代表である、東郷 薫様だ。
気がつくと、彼女の後ろには同じようにして高校の制服を身にまとい、片手や背中に楽器を持っている女子高生が黙って待機していたのである。
「Aスタジオのご利用ですね。スタジオの方は開いておりますので、中に入って準備を進めてください」
わたしの台詞を聞いた女子高生達は、ペラペラとおしゃべりをしながら、Aスタジオへと入っていく。
「あの、もしかして…」
すると、東郷様が少し言いづらそうな声音で、わたしに声をかけてくる。
「貴方が…零崎さん?」
「はい。そうですが…?」
わたしは、自分がスタジオを来る前に連絡を取り合った人物である事を暗に示したが、彼女はその
否―――――むしろ、言おうとしたが言うのを止めたような表情を浮かべながら、再び口を開く。
「えっと…では、後ほど…」
「はぁ…」
そう告げた後、東郷様はそそくさとAスタジオへ向かった友人らの方へと駆け出していく。
「零崎さんって…もしかして、女子高生にモテたりします?」
「!!…百合君、驚かさないでくださいよ」
背後から声をかけられて振り向くと、そこには出勤の準備が整った百合君が立っていた。
本人は無自覚ですが…
不意に、そんな事を考えていた。
「仮にそうだとしても、わたしは人間の…ましてや、あんな十数年しか生きていない娘に興味があるわけないでしょう」
「それもそうですね!」
わたしがため息交じりで告げると、百合君はいつもの笑顔に戻る。
「それはそうと…。今入っていった女子高生達の中で数名、楽器を背中に背負っている子がいましたね!僕はギターやベースしか背負っている人を見たことないので、新鮮だなと」
「おそらく…あの中に、サックスを担当している方がいるからでしょう。東郷様曰く、本日のメンバーは木管楽器8本によるアンサンブル形式となるそうなので…」
「成程…」
それを聞いた百合君は、興味深そうに首を縦に頷いていた。
その後、わたしは彼に言おうとしていた事を思い出す。
「では、そろそろわたしは
「了解しました!」
わたしからの指示を聞いた百合君は、その場で承諾してくれた。
その後、わたしはすぐにAスタジオへと移動していく。
※
「風花ちゃん!見つけたかしら?」
「いえ…まだ、それっぽいものは全く…」
舞台袖で機械を起動し始める一方、風花ちゃんが客席側を見渡す。
まだ18時17分という時間だしね…。開演が19時となると、まだたどり着いていない可能性もあり…か
私は、風花ちゃんからの返答を聞いた後、時計の針を見ながら思った。
因みに、
「ひとまず先に、
「はい、わかりました!」
そう告げた後、その場を立ち上がった私は、暗幕がかかったスクリーンの前まで行く。
『末若さん!
スクリーンに優喜の顔と同時に、彼の声が響いてくる。
「えぇ、大丈夫よ!そっちの方は、ちゃんと映ってるの?」
私がインカムで優喜に告げると、「こちらも大丈夫」という返答が返ってくる。
彼の顔がスクリーンに映ったのはほんの一瞬だったが、その近くでは演奏の準備をする女子高生達の姿が映っていた。そして、その表情はどこか深刻そうに見える。
おそらく、緊張しているんだろうなぁ…
私は、その一瞬の刹那で垣間見た彼女達の事を考えていた。
自分の予想が正しければ、彼女達はただ「人前で演奏する事に対する緊張」とはまた違った”緊張感”を抱いているのではないかという考えも芽生えていたのである。
『本日は、ライブビューイングスタジオ“タルタロス”へご来場戴き、ありがとうございます。現地時間の月曜日である本日は、日本スタジオでのライブ映像を映しますので、心行くまでお楽しみください。尚、現在スタジオの中に入られた方は表の看板における注意書きを読み、了承して戴いた方という前提で上映を始めます。尚、違反した方にはそれなりの
あれから時間が経過し、風花ちゃんによるアナウンスが、
このアナウンスがされるのは、大体開演の5~7分前頃だ。この“5~7分前”という割と中途半端な数字である理由は、弥勒如来に値する数字が“5・6・7”だからだと、優喜が話していた事がある。
でも、相反する
私は、ゲート付近で見回りをしながら、そんな事を考えていた。
普段だったら、この時間になってしまえば、スタジオに戻っている事が多い。しかし、今回開演ギリギリまで見回りをしているのには、
「あ…」
気が付くと、ゲート付近で火の玉が見え始める。
青色をした火の玉は次第に人の形を形成し始め、音もなく人の姿が出来上がる。この現象は、死後24時間以上が経過し、肉体から離れた魂が死後の旅を始めるために“現れる”瞬間に値するのだ。
そして、その姿は一見すると、女子高生のようだった。
今が、開演3分前…。ギリギリだけど、間に合ってよかった…!
その死者を目の当たりにした私は、内心で安堵していたのである。
※
「そうですか…。了解です、末若さん」
インカムから響く声を聞いたわたしは、その場で安堵する。
時間にして、開演の1分前――――――――――ギリギリにして、“とある死者”が到着したのを、わたしは末若さんからの報告で知る事となる。
東郷様を含む8人の女子高生達は、楽器や譜面の準備も整い、チューニングを行っていた。そして、クラリネットを担当している東郷様にアイコンタクトをし、口パクで「いらっしゃいました」と、告げる。
わたしからの連絡を聞いた東郷様は安堵したのか、その黒い瞳が少しだけ潤んでいた。
そして開演の19時となり、現世と幽世の音声と映像が一つに結ばれる事となる。
「今回、某高校の吹奏楽部の部員である私達は、来年の3月に催されるアンサンブルコンテストに向けて、日々練習を重ねています。今回は、そのコンテストで演奏する曲や、過去に演奏してきた曲を、このライブビューイングを通じて演奏させて戴きます」
声を少し震わせながらも、フルートを担当している
「曲へ入る前に、少しだけお話をさせてください」
高山様の口から発せられる
おそらく、
わたしは、幽世にいる
因みに今回、彼女達は幽世にいる死者達を映したモニターを“映さない事”を希望したため、そのモニターを見ているのはわたし一人だ。緊張しているのが一番の理由だが、もう一つは「彼女がいなかったら、どうしよう」という迷いを生まない事もモニターを見ない理由の一つであろう。
色んな事を考えながら、わたしは高山様のMCに聞き入る。
「実は先日…私達と同じ吹奏楽部員である友人が、災害に巻き込まれて亡くなりました。被災地にその子の実家があり、くしくも法事のために里帰りした矢先に起きた出来事を知り、私達はひどく悲しみました」
そう告げる高山様をはじめ、他の7人も瞳に涙を浮かべていた。
「また、本来は私達と一緒にアンサンブルコンテストに出場する事になっていたため、絶望の波も一緒に押し寄せてきました。…ですが、そこで立ち止まっている訳にはいかない」
「!」
MCが続く中、操作をしながらモニターをチェックしていたわたしの視界に、一人の少女の姿が目に入る。
他の
「個人情報でもあるので名前は口にできませんが、彼女…亡くなった友人は、
高山様が述べた今の
「それでは、演奏させて戴きます。最初は、内藤友樹作曲の“水墨画三景にみる白と黒の陰翳〜木管八重奏のためのⅡ”です。お聴きください」
曲名まで噛まずに告げた少女は、使用していたマイクを置き、楽器を構え始める。
そして高山様が身体でリズムを取りながら楽器を一振りした後に、フルート・オーボエ・クラリネット・アルトサックス・テナーサックス・バリトンサックスによる八重奏が始まるのであった。
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