第8話 稀に起きる事象

『では、これにてライブビューイングは終了とさせて戴きます。お手持ちの感想を書く葉っぱの用紙を所定のボックスへ提出して戴き、逝ってください。よい旅路を…』

私がマイクから発した台詞ことばが、スピーカーよりスタジオ中に響く。

アナウンスの直後、私は現世むこうと繋いでいる機材の電源をオフにする。

「お疲れ様です、末若さん」

機材のスイッチをオフになったのを見計らった頃に、アンドレアが私に声をかける。

「アンドレアも、お疲れ様。代理、ありがとうね」

私は、横目でそう告げながら、片づけを開始しようと手を動かし始める。

「あ…!?」

「What…!?」

すると突然、雷に打たれたような感覚を覚える。

私の表情が険しくなり、同様にアンドレアの表情も険しくなっていた。

「アンドレア…ごめん。少し残業になってしまうけど、いいかしら?」

「残業は、遠慮します…と言いたい所ですが、放置すれば英国こちらや他のスタジオ従業員にとっても面倒になりますしネ…御供しますヨ」

私はため息交じりで彼に意思確認をすると、アンドレアは苦笑いを浮かべながらも了承してくれた。

 本来は、そう滅多に起きないはずだけど…。ただ、タルタロスは死に逝く人間の魂が多く集まる場所でもあるから、それに“誘われて”来ちゃったというところかしらね…

その場で立ちあがった時、私はそんな事を考えていた。

「そうだ、アンドレア!」

「はい!」

何かを思い出したかのような口調で、アンドレアの名を呼ぶ。

「優喜に連絡を入れておいて!場合によっては、応援に来て!…と」

「わかりました!!」

アンドレアの返答を確認した私は、機材の近くに立てかけていたポーチを身に着けた後、すぐに舞台下手側からスタジオの外へと駆け出していく。

 まだ感想用紙を提出していない死人達かんきゃくがいるから、ゲートにたどり着く前に何とかしなくては…!

そんな事を思った私は、ゲートがある方角へと走っていく。



「何ですって…!!?」

突然の連絡に対し、わたしは目を丸くして驚く。

ライブビューイングが終わり、時計の針が21時34分を回った頃の事だった。いつも通り、演奏した利用者ユーザーは片づけを行い、わたしも機材等の片づけを少し始めていたところだった。そこに、末若さんから「悪霊が出没した」という連絡が入ったのである。

「零崎さん…どうかしたんですか?」

「いえ…大丈夫です、特に何もないですよ」

すると、ボーカルの鳥羽様が不意に声をかけてくる。

余計な心配を利用者ユーザーにはかけさせまいと思い、わたしは精一杯の笑顔で応える。そこで「特に問題ない」と感じたのか、鳥羽様は再びメンバー達と会話をしながら片づけを再開し始める。

 人間に心配されるとは…わたしも、まだまだといった所でしょうか…

わたしは、溜息をつきながら、そんな事を考えていた。

実は、幽世あちらのタルタロス周辺で悪霊が目撃される事は、稀にある。それは例えば、悪霊になるきっかけとなった人間が偶然、死者としてタルタロス周辺をうろついていた場合や、地獄に堕ちても尚、生きとし生ける者に対しての強い願望――――――――――――それは、怨みも含む願望ものを持つ人間の魂が現世へ戻ろうと動き出し、この世とあの世の境目に存在する“タルタロス”を通過する際の遭遇などが、稀に現れる原因だ。

 獄卒が役割を全うできてないのか、それとも何か別の原因があるのか…。いずれにせよ、わたしも応援に行った方が良いかもしれませんね…

わたしは兎に角、自分の方の片づけを先に終わらせなければと思いながら、作業を進めていた。


「優喜!…悪霊が出たんですって?」

「あぁ、フィリパさん!すみません、連絡が遅くなってしまい…」

数分後、御手洗いから戻ったフィリパさんが、スマートフォンを片手に声を荒げていた。

「アンドレアさんから、聞いたのですね。ただ、まだ他のスタジオで終わっていない利用者ユーザーもいるので、あまり声を荒げないでくださいね…」

わたしは、周囲を確認しながら、フィリパさんを窘める。

あれからAスタジオの利用者ユーザーは帰っていったが、スタジオの2重扉の内、一つは閉じているが、もう片方は開いている状態だ。どちらの扉も閉まっていれば完全な防音になるが、今の状態だと、誰に聞かれるかわかったものではない。

それが、わたしが周囲を警戒する理由の一つだ。

「アンドレアさんの話だと、“末若さんから自分も補助を頼まれた”と言っていたから…それなりに手ごわい相手かもしれません」

「“稀に出現する”という話は聞いていたケド…。まさか、私達が旅行の最中にでくわす事になろうとワ…」

わたしの返答を聞いたフィリパさんが、腕を組んで考え込む。

「いずれにせよ、“普通の”死者達に悪霊を会わせる訳にはいかないですしね…。フィリパさん。申し訳ないですが、櫻間さんにもこの件をお伝えし、お二人で片づけを進めておいてもらえますか?」

「…そうね。人間のあの一人を現世ここに残していく訳にもいかないから…あんたの指示に従うわ」

「…ありがとうございます」

わたしは、自分の指示に従う事にしてくれたフィリパさんに対し、礼を述べる。

彼女の意志を確認した後、わたしはスタッフルームへと向かう。

 “肉体”という枷から解き放たれた魂は、自分でも無意識の内に変な場所を彷徨うとも云われていますからね…。そういった意味では、本当に人間とは面倒な生物ですね…

わたしはそんな事を考えながら、調味料の位置を移動し始める。

また、悪霊になる魂の内、その“想い”が強ければ強いほど、内に秘めている霊力が高いとも云われているため、力づくで押さえつける必要も出てくるのだ。

わたしは、事後処理も含めて色々な事を考えながら、幽世むこうのスタジオへ向かうのであった。



「ギャォォォォォ!!!」

「…っ…!!」

優喜が幽世こちらに向かっていた頃、わたしは出没したという悪霊と対峙していた。

悪霊はイチイとヤナギの木でできたゲートを通った形跡はなく、今の所は他の死者達とは遭遇していない状態だ。

悪霊は現世への想いや怨嗟といった感情が高いものがなってしまう場合が多く、魂自体は一度地獄に堕ちている訳だから、人の形を留めていない場合も多い。

案の定、遭遇した悪霊も牙を持ち、8つの目を持った異形の存在ものと化していた。

「現世で会いたい人とかいるのかもしれないけど…“死”は絶対的なものだからね。理を捻じ曲げる訳にはいかないのよ…!」

私は悪霊に対して口を動かしながら、スタジオから持ってきたポーチの中から細い筒のような物を取り出す。

利き腕である右手で持った後に、その筒を一振りすると――――――――――その筒は、剣へと姿を変えたのである。

「あれが、末若さんの“棍棒”…」

すると、追いついてきたアンドレアが、不意に呟いていた。

 よし。これで、死者達は彼に任せられるわね…

彼は私が立っている場所より少し離れているが、耳の良い私は、それを確実に聞き取っていた。アンドレアが追いついた事で、この後に死者達が現れたとしても、その場で足止めしてくれるからだ。

因みに、タルタロスから外にある看板前に限り、ライブビューイングを実施していない時でも滞在していて構わない事になっている。そういったルールがある関係で、他のスタジオで実施するライブビューイングを続けて見る死者もいれば、どうすべきかわからずその場で立ち尽くす死者もいるという具合だ。

それは本来、死者達の長い旅路に備えて少しでも精神こころの負担を軽減させる意味も込められているために十王達が考えた規則となっている。

そして、人間達の間で語られているように、私達鬼は基本、“棍棒”と呼ばれる武器を持っている。一般的に知られている棍棒は、野球のバットのように長くて先端に棘のような凹凸がある武器だが、実際は少し違う。もちろん、一般的に知られている棍棒を持つどうほうもいるが、一部のものは自分の好きなデザインにカスタマイズすることができるのだ。

そんな剣の形をした棍棒を悪霊に突き出した後、私は口を開く。

「その状態だと…すでに、何度も棍棒これで叩かれたのでしょう?同じ思いをしたくなければ、在るべき場所へ戻りなさい!!」

「ガァァァァッ!!!」

そう告げた直後、悪霊は自分目掛けて腕を突き出してくる。

「…なんて、この状態では、言葉が通じるはずもないか…」

私は、悪霊が突き出してきた巨大な腕を軽々と避けていた。

因みに、この悪霊。掌を開けば自分の胴体くらい横の長さがある大きさのため、その実体は普通の人間よりは大きい。悪霊かれらはその魂に込められた想いという名の霊力が強いほど、その姿かたちも大きいという。

「はっ…!!」

敵の攻撃を避けた後、背後に回った私は悪霊の背を斬りつける。

鬼が持つ棍棒は、肉体のない魂だけの存在にも攻撃できる代物のため、手ごたえはあったようだ。

 悪霊とはいえ…完全に滅ぼすのは禁止されているから、難しいわね…

私は、手加減をしながら考える。

鬼は、地獄に堕ちた生物の魂を棍棒で打ちつけたりはするものの、魂そのものを消滅する事まではしない。一般的に知られているように、魂を潰されたり割られたりしても、地獄ではまた元の姿に戻り、同じ責め苦を受けさせなくてはならないからだ。

「ギャァァァァッ!!!」

加減をしているとはいえ、流石に背中から斬りつけられた事により、悪霊は悲鳴をあげていた。

そのけたましい声はわたしは角が隠れている頭を抑える程度で済むが、生きとし生ける者が聞いた場合は、両耳を塞ぎたくなるくらいに不快といえる騒音だろう。悪霊の叫びは魂の叫びと同等であるが故に、それ自体が非常に大きくやかましい事象ものなのだ。

「…!!」

地面に降り立つと、私の脳裏に、先程のライブビューイングで歌っていたQueenの歌を歌う青年の顔が一瞬浮かぶ。

「そうか、あの曲…」

私は、低い声でボソッと呟く。

それは、本当の地獄耳でないと聴こえないくらいの小声だろう。

「ガァァァッ!!」

「はっ…!!」

すると、悪霊が再度腕を突き出したので、私は掛け声と共に受け流した。

その直後に相手の懐へ入った私は、持っていた剣を悪霊の心臓辺りを一突きする。

「ぐあ…っ…」

頭上からは、悪霊のうめき声が聞こえてくる。

「…えい!!」

悪霊の心臓部分を一突きした後、10秒も満たない内に、私は突き刺した剣を勢いよく引き抜く。

自分より大きい相手のため、抜ききるまで時間がかかったのである。剣が抜かれた後、悪霊はそのまま体勢を崩して地面にうつ伏せで倒れこむのであった。

「ふー…」

私は、大きく息を吐きだしながら、剣を鞘に収め、元の筒状の物体に戻す。

因みに、悪霊は人間でいう心臓部分を刃物で刺しても、消滅はしない。ただし、人間には心臓が命を繋ぐ器官であるのと同じように、肉体のない悪霊にも弱点と呼べる場所はどこかしらある。そのため、人間でいう”心臓にあたる場所“を一突きしたのであった。

ひと段落した私の後ろでは、応援で駆けつけてくれたであろう優喜が駆け足でこちらへ向かっているのであった。



「今宵は本当に、お疲れ様でした」

悪霊を大人しくさせた後、片づけ等も終わり、優喜が全員に労いの言葉をかけていた。

優喜から連絡を受けた地獄の獄卒らが悪霊を引き取り、スタジオの片づけ等をしていたため、時間は夜の23時40分を回っていた。ただし、電車がなくなると帰れなくなる関係で、風花ちゃんだけは23時より少し前の時間に帰ったという状態である。

「元々、優喜の部屋に1泊させてもらう予定だったけど…。今宵は、本当に疲れたわー…」

スタッフルームのソファでは、フィリパがぐったりと疲れたような表情で座り込んでいた。

「あはは…。フィリパは現世こちらにいたから、まだマシだったと思いますが…。僕は、死者達を複数相手にするのは結構久しぶりだったので、そういった意味で疲れましたね」

アンドレアも笑顔を浮かべてはいたが、やはり疲れているようだった。

 本当は、悪霊の相手をした私が一番疲れている気もするけど…。ここは、あまり口出さない方がいいか…

私は、そんな事を考えながらソファに座っていた。

「ひとまず…フィリパさんとアンドレアさんには、わたしの部屋のスペアキーをお渡しするので、そちらへ向かってください」

「優喜はー……そっか。日本ここのスタジオは、24時まで営業だったわね」

「優喜は戻らないのか」とフィリパは言おうとしたようだが、彼の近くにノートパソコンがあった事に気が付いたのか、まだ自室に戻らない理由を悟ったようだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて…そうさせてもらいますネ」

アンドレアは、そう告げた後に壁の近くに置いてあるスーツケースを取りに行くために立ちあがる。

「では、末若さんも…。あと20分で閉めるので、そろそろあがって戴いて大丈夫ですよ」

「そう…ね。うん、そうさせてもらうわ」

優喜からの許可が出たため、私はロッカールームへ行こうとその場から立ち上がる。

「そうだ…末若さん!」

「アンドレア…どうしたの?」

すると、両手にスーツケースを持ったアンドレアが、私に声をかけてくる。

「今日、悪霊と対峙していた時…僕にも聞こえないくらいの声で何か呟いていましたが…。あれって、何か考え事をしていたんデスか?」

「対峙していた時って…あぁ…!」

彼に問いかけられて一瞬考えたが、答えはすぐに浮かんできたのである。

そして、クスッと笑いながら、アンドレアに対して答えを返す。

「ボソッと呟いたあの時…アンドレアが話してくれた、”シアー・ハート・アタック“の意味について考えていたのよ」

「Queenの、あの曲で…?」

私の返答を聞いたアンドレアは、不思議そうな表情で首を傾げる。

「あの歌って、直訳すると“突発的な心臓発作”を意味するけど…。貴方が言っていた隠語では「暗殺者のナイフ」や「心臓を一突き」って意味があるって話を、ライブビューイング中にしてくれたじゃない?」

「そうですね…成程!それで、悪霊の心臓辺りヲ…?」

「そういう事!」

彼の返答に対して「合っている」旨を伝えると、アンドレアは満足そうな笑みを浮かべていた。

 多分、彼との話でその話題がなかったら、悪霊やつの心臓辺りを一突きして気絶させようという発想まで、たどり着けなかったかもしれないわね…

その後、ロッカーで帰宅する準備をしながら、そんな事を考えていたのであった。

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