期待の新人玄人


「それにしても、回収しなくて良いのはありがたいな」


 珍しくダンザから口を開いて、そんな事を言う。基本的には、自ら何か言い出す性格では無い為に非常に珍しいと言えるだろう。彼なりに、ラルフェに気を使ったというのが正しいのかもしれない。


「この当たりは、まだ回収しやすいって話だよ。もっと砂漠や森に近いと回収の為に、戦えるポーター乗りを用意しなきゃならないみたいだし」


 さらに言えば砂漠や森の中では倒しても、ミュータント達は放置される。当然ながらコンテナの中身の方が価値が高いし、嵩張る物を持ちながら戦うなど出来ないからだ。


「なるほどな、勉強になる」


 そう言いながら、カタカタとコンソールを叩いて機体状態を確認するダンザ。どうやら、今回の戦闘データの見直しを行っているようだ。


「何見てるの?」


「こっちでOSをイジれる所を探してる、OSの表記上はVF社のバージョン2.11なんだけど……多分VERTEX FRONTLINEの前会社のVALKYRIE FRAME社のOSみたいだから、拡張機能を幾つか開放しようと思って」


 かつてヴァーテックスフロントライン社は、ヴァルキリーフレーム社という名前であり、その略称はどちらもVFである。VF系統のポーターは、専用のVFOSというOSが組み込まれているのだが…ヴァルキリーフレーム社のOSの場合、幾つか機体性能の拡張が行える設定があるのだ。


「とりあえず、FCSが機動して居ない場合、FCSが元来使用するメモリの振り分けを機体制御側に回したのと、FCS側が余分なメモリを取らないように割り振りを固定した。これで機体レスポンスがほんの少しだけ早くなると思う」


 ダンザが腕をもぎ取られた理由の一つに、機体レスポンスの悪さがあった。無論、ダンザもそれを見越して早く動いたのだが、脳内イメージと実際のズレがかなりあったのだ。その理由を調べた所、どうやらFCS火器管制側が起動中に他パーツに割り振られているメモリ領域を、強制的に使用していた事が原因だと判明した。


「ごめん……こんなのしか用意出来なくて」


「構わない、状況が状況だし手札があるだけ恵まれてる。それに、今回はブレードと盾が無かったら危なかったし、そういう面においては信用してる」


「ダンザは……私が怪しくないの?」


「いや、ミラクル怪しさ最大級だとは思うよ」


「ぐうっ!?おっしゃる通りでござい……」


「後夜中充電してるのアレなんなの」


「ぐはっ!?バレてらっしゃる……」


「記憶消したのもアンタじゃないかって疑ってるんだが」


「あっ、それは違う」


「それを証明する方法も無いから決定的な証拠出るまで疑うけど」


 そんな会話をしながら、街の上層…即ちあばら家のスラム街が見えてきた。


「別になんでもいいけどさ、話す前に一応酒飲みながら聞ける軽い話しなのか、それともシリアス目な話しなのかだけは教えてくれ。心構えがどの程度必要なのか分からないから」


 ポーターを街へ近づけると、地面の格納ハッチが開き、ガイドビーコンが表示される。基本的に一定以上のサイズの街は、地下シェルターを中心に発展しており、危険の多い地上をスラム街としているのだ。

 その為、基本的に比較的高給取りに分類されるポーター乗りは、基本地下の部屋を借りるのだが、ダンザ達は節約の為に地上に錆鉄御納戸色てつさびおなんどいろのコンテナにレールガンを突き刺して使用しているのである。


「ポーター、ダンザ・ブロウだ、確認頼む」


 通信機にそうダンザが言うと、僅かに緊張した女性の声が聞こえた。


『は、はい!ダンザ・ブロウ様ですね、確認致しました!そのままお進み下さい!』


 僅かに首を傾げながら、ダンザは開いたハッチをくぐり抜けて内部の工房に進んで行くと、何やら人だかりが出来ているのが見えた。何かあったかな?と首を捻って考えて見たが……何も思い浮かばなかった。


「何これ」


「さぁ……?」 


 とはいえ、ダンザも特に答えを求めている訳でも無いので、それ以上会話が広がる事もない。

 ひとまず、誘導員の指示に従い機体を待機スペースに座らせると、そのままコックピットを開いて近寄って来た整備員に声を掛けるダンザ。機体が破損した場合、狩りでの収益が上がってからしか修理出来ない事になっているのだが、先にどの程度の金額が掛かるのか確認しておきたかったのだ。


「すまないが、片腕・溶断ブレード全損で修理費用がどのぐらいになるか教えて欲しい」


「ああ、商品にもよるが最低限の修理で50万コルク、一番良いので200万コルクだ」


「思ったより安いな」


「ま、ベースが安いからな」


 ダンザとラルフェは機体から降りると、工房奥にある待機スペースに向かった。狩りを終えたポーターは、此処で収益の確認と戦闘データの提出を行うのが義務となっているのだ。


 尚、大漁の場合は戦闘データや音声データに関しては皆に公開される。これはポーター乗りの戦い方を新人達に学習させたり、ミュータントに対しての戦い方を皆で共有する為の取り組みである。


 ポーター乗りは傭兵であると同時に、街にとって基本的には貴重な戦力であり、あまりバタバタと死なれると、資材を買い取って経済を回す街としても非常に困るのだ。


 薄暗く細長い通路を抜けると、アクリル板越しの受付の女性に、そっと今日の戦闘データを差し出すダンザ。


「戦闘データだ、確認してくれ」


「はい!大漁だったみたいですね!」


「大半が的当てだから、見てて面白い物じゃないけど」


 そう言いながらダンザは待機部屋の扉を開けて、ソファーを発見すると即座にソファーで横になる。


「そのソファー結構汚いよ?」


「髪さえ汚れなきゃいい」


 そうダンザが投げやりに言うと、ラルフェもソファーに座り……。


「膝枕いる?」


 そう言ってポンポンと頭を叩くと、ダンザも頷いて。

 

「ちょっといる」


 そう一言言うと、ラルフェの膝に頭を乗せて数秒で寝息を立てるのだった。 



 その日の狩りの映像が流れる夕方頃は、ポーター乗りは、あまり酒を飲まないようにしている者は多い。同時に、その普段の地下の騒々しさが少しだけナリを潜める。映像が流れるという事は、それなりの腕のパイロットがそれなりに稼いで来たという事だ。なにか盗める所があるならば盗む、それが荒野で命を繋ぐ術になるのだから、皆必死なのだ。


 そうして、ダンザの狩りの映像が流された。


 最初に、数人のポーター乗りが声を上げた。モニターには彼我距離が表示されておらず、機体にはスコープも搭載されていない…つまり機体や武器側からなんの補正も受けられない状態で、発砲したからだ。しかも相手は重装甲の鎧を着込んでいる、貫通も狙えずこんな距離からの発砲を行うのはズブの素人ぐらいの物。


 大した事無いな、そう思って少し口に酒を含んだ連中は……全員酒を吹いた。


 カンと遠くに響く音、即ち着弾音。そして、その数秒後に直接OS側への干渉が入る、直接腕を数値のみで制御し、機体の椀部動作に強制ロックを入れると、再び発砲、そして…。


『ヒット、若干ズレたが誤差範囲、問題無し』


 ダンザのコックピット内の声が響く。未だ画面の端に点としか写って居ない標的が、砂煙を上げながら横転したのだ。


『いやいやいやいや!?今何したの!?』


『何って、さっき言った通り装甲の合間縫って脳と中枢神経潰しただけだけど?』


 何をやったのかの補足が入り、皆が困惑する。このポーター乗りは一体何を言っているんだ?


『……正直アラクネ舐めてました』


 そのラルフェの言葉にざわめきが起きる。アラクネ、それは砂漠に拠点を持つ狂人集団の事を指す。荒野に居る生物など、鼻で笑えるクラスの怪物がひしめき会う場所に拠点を置いて、周囲の生物から街を守り砂漠を越えてドロップを回収するなど、最早正気の沙汰では無い。


 地獄の片道キップを渡されて、鼻歌交じりに敵を蹴散らし、鼻歌まじりに帰ってくる。そんな頭のおかしい連中、さらにはその頭のおかしい連中を好き好んで狙う頭のおかしいアバドンも居る、まさに坩堝だ。 


 一般的に、ベテランのポーター乗りがで砂漠に入った場合の平均生存時間は、3時間前後と言われている。それは、一回目に出会った生物に殺されるか、逃げ延びた先で別の生物に殺されるかと言った話しであり、生きて目的地に行くという事はまず考えられない領域である。


「アラクネのポーター乗りが、なんたってこんな辺鄙な所に……」


 誰かが皆の心を代弁した。とはいえ、誰もその問いに答えられないのだが。


『敵発見、次弾装填、距離……あー1.4kmぐらいか?まぁそれぐらいなら大体で当たるだろ』


 再び、発砲音が響く。


『ヒット、キル確認』


 再び、僅かにざわめきが起きた。


『横から当てたって事は、脳と中枢壊せて無いんだよね?』


『いや、内部で鎧に跳弾させて2箇所とも壊してる。外殻は硬いが内部は水風船って所だな』


『……ごめん、何言ってるかよくわからない』


『練習次第で誰でも出来る。やるかやらないか、練習するかしないか、諦めるか諦めないかの違いだ。存外人間は可能性にあふれて居る、一見して出来ないと思った事でも……目の前の誰かがしているならば、やっぱり出来る筈なんだ』


『さ、才能差とかは?』


『努力でカバーすればいい、天才はセンスで努力の時間を縮めているだけだ。なら凡人は、寝る間を惜しんで努力すればいい……まぁ、俺みたいに年中眠たくなる必要は無いとは思うけど』


『今も眠いの?』


『実はかなり。あの移動速度の相手ならウトウトしながらでも大丈夫だろうし、何かヤバイの出たら声かけて』


 そう言うと、スゥスゥと寝息が響く。


「狂ってんのか……」


 再び誰かが皆の心の代弁をした。其処からは本当に流れ作業めいて、芋虫を撃ち続けるシーンだった。途中で編集されたのか、僅かに動画が飛んで次に画面に写ったのは。


『ダンゴムシ?』


「ジャイアントクローラーじゃねーか!?どうなってんだ!?」


 明確なざわめきが起きる、そして、そのざわめきを無視するかのように、ジャイアントクローラーが突進を開始する。


『おっと、これは不味い』


 そう言いながらシールドで受け流し、即座に射撃で応戦するダンザのポーター。直撃すれば……いや、本来であれば、第一世代型ポーターの強度で受けれる筈の無い突進を、軽く盾でいなし、驚愕の声が漏れる。


『これ20mmだと通らないか?』


 落ち着いた声、そして恐ろしいまでの精度で放たれた弾丸は、その装甲に阻まれるが着弾点は何処までも精密だ。装甲の間やや上に飛来した弾丸は、装甲を跳弾してジャイアントクローラーの装甲の隙間に入り込み、内部を抉る……かと思われた。


 だが、先程までの相手と違い、ジャイアントクローラーは内部までが筋繊維で固く出来ている。跳弾した豆鉄砲程度、屁でも無いとばかりに突進を再開するジャイアントクローラー。

 ダンザは効果が無いと見るや否や、240mm迫撃砲を取り出して直撃弾を取る。何気なく当てているが、実際には20mの距離でも外すヘッポコ武装だ。


 爆風を見て、数人がやったか!?と声を上げるが、交戦経験のあるベテランは息を飲む。その程度であのバケモノが止まらないと知っているからだ。

 同時に、晴れた爆炎から走り出すジャイアントクローラー。


『後試して無いのはブレードか…これで通らないとなると、もう一発240mm同じ位置に叩き込んで弾切れまで20mmを同じ箇所に当て続けるしか無いけど』


 あの鉄塊に対して白兵戦など不可能だ、そう思った。そして、そのとおりにダンザのポーターが腕と共に吹き飛ばされる。だが、カウンターとばかりにポーターの全重量を乗せ、ポーターの手足の動きの反動を利用した渾身の一撃が装甲の隙間を通る。


「ダメだ、浅い!」


 知らず、ベテランが吠えた。そう、あの程度でジャイアントクローラーは倒せない。だが、ダンザだけは落ち着いた声で語る。


『……あっ、そうだ、俺の嫌いな物を教えとこう』


『え?何言っ…』


『無駄玉だ』


 そのまま、20mmライフルを乱射するダンザのポーター。いや、実際には乱射では無い。精密に、グリップが壊れないように、衝撃を分散して統一された方向に刃を通すように、計算され尽くされた弾丸が、ジャイアントクローラーに突き刺さった剣のグリップに殺到した。


 そうして、勝負はあった。ジャイアントクローラーの筋繊維を断ち切り、体制を崩した。それにダンザのポーターが乗ると、ブレードでしっかりと切り裂いて行く。


「狂ってんのか……?」

 

 事実、狂人であろう。地雷原を用意して、高速走行中に起爆させて体制を崩した所を殺す。それが通常の戦い方だ。決して一人で立ち向かって、ましてや白兵戦で仕留めるなどと言う方法で、倒すべき相手では無い。


 ベテラン達は理解している、VFは確かに良い機体だが少なくともあんな使い方が出来る機体でも無い、ポーター乗りとしての隔絶した壁を。ニュービー達は勘違いする、あの機体があれば俺も同じように戦えるのではないかと。

 中堅達は壁を勘違いする、アレが自らとベテランを隔てている物であると。


 その日、ダンザがその場に居たポーター乗りに与えた衝撃は、よくもあり、又悪くもある。だが、皆はダンザの言う努力をしてみようと……ほんの少し思うようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る