凱旋


 狭い質素な一人部屋。其処には最低限の生活用品と数冊の本だけが本棚に並んでいる。


 そんな部屋で目を瞑り横になる少年。彼の名はダンザ=ブロウという第45期のアラクネパイロット候補生である。黒曜石の瞳に遺伝子異常で黒と白の混じり合った髪の毛が目立つ少年だ。


 非常に高いパイロット適正と、持ち前の直感の鋭さからエースとしての活躍を期待されているのだが……全体的に無気力な傾向があり、先輩のアラクネ達の頭を抱えさせているという背景がある。


「ダンザ、起きてください」


 そんな彼を優しく夢の世界から引き戻す一人の少女。彼女の名は"リリィ"という。華奢という言葉を体現したかのような少女であり、トンと小突いたら折れてしまいそうな程に細い手足と、殆ど凹凸の無い体。さらに彼女の着ている服はその細いボディラインをより強調した物にする白いドレスだ。


 だが、それを差し引いても目に痛い程に美しい。長く白い睫毛に柔らかな瞳。僅かに蒼み掛かった長い銀髪が煌めくと、思わず見惚れてしまいそうになる。何処か庇護欲を掻き立て、一目見れば抱きしめて手折ってしまいたくなるような魔性を携えている少女だ。

 アラクネ美少女ランキングで二年連続堂々の1位を取る程の逸材であり、あと1年で殿堂入りであるらしいが、完全に余談だろう。


「……起きてる、おっちゃん達が帰ったんだろ?」


「知ってるならほら、迎えに出ないといけませんよ?」


 ダンザをその細い手で引き起こすリリィ、すると渋々と言った様子でダンザも起き上がる。


「野郎に出迎えられても嬉しくないだろうし、別にいいと思うけどなぁ」


 と、口で言いつつも手早く寝巻きから普段着に着替えるダンザ。彼は世間的にツンデレと呼ばれる人種であり、感情表現が苦手なだけでそう悪い人間では無いのだ。


「アロウンさんの機体に弾痕と斬撃痕がついていたという話しを小耳にはさみました、怪我が無ければ良いですけれど…」


「機体は動いてたんだろ?なら大丈夫」


 部屋を出る2人を出迎えるように目が眩みそうな日差しが瞳を刺し貫く。日差しが強いという事と、砂ばかりの世界であるが故に、砂漠のように暑そうなイメージのある汚染領域ではあるが…実際の所平均気温は23℃程と比較的過ごしやすい。これがもう少し南の方に行くと日中平均気温が35℃程に跳ね上がるという話しなのだから不思議な物である。


 光に徐々に目が慣れてくると街の全容が目についた。街を囲むようにしてジャンクで作られた防壁に、櫓のような大きな砲台がそれぞれ4門街の東西南北に備え付けられている。


 街の中央。即ちダンザ達の住む家は、かつて宇宙を飛んだと言われている船の船体をそのまま利用した物であり、一部機能は気が遠くなる程に時間が経過した今でも動いて居るのだと言うから驚きである。


 ちなみにダンザの家とは言ったが、彼の部屋は船のメンテナンス用の甲板付近に乗ったコンテナの中に作られた仮設の物である。所謂いわゆる下っ端部屋と言われる新人にあてがわれる個人部屋だ。


 甲板のギリギリまで歩んで行き、下を見下ろすダンザ。大丈夫とは言ったもののやはり気になるらしく、その目は弾痕の残るアロウンの乗っていた3VF第三世代型VERTEX FRONTLINEを見つめていた。


「弾痕は57mm…他の街の担当のポーターと揉めたのか?」


「いいえ、アレを見てください」


 リリィがそう指差す先にはアバドンの機体を担ぐ3VFの姿があった。ダンザは其処からある程度の推測を構築していく。アロウンの3VF椀部には何か擦れた跡が見て取れる、つまり巴戦近接戦を行ったと思われる。そしてあのアバドンの機体の積載キャパシティから考えるに恐らく57mmの搭載は少々難しい筈だ。


「アロウンさんがアバドンを抑え込んで、他の2人が弾丸を撃ち込んだ?」


「流石に考えすぎだと思いますけれど…?」


「アバドンの機体の破損がキレイだ、コックピット意外そこまで目立った破損が無い。破損箇所を見た感じ57mmの接近射撃でコックピットのみを撃ち抜いたんだろうけど、あのアバドン機は接近戦用に調整されてるから3VFだと接近された際の勝ち筋が……」


 其処で言葉を止めるダンザ。ニコニコと見つめるリリィの視線に気づいたからだ。力説する自らに少し気恥ずかしさを感じ、ついつい照れ隠しにリリィのほっぺたを指で摘んでうにょんと伸ばしてしまう。


「わひゃ!?」


「……はぁ、リリィ」


「はひ?」


「ごめん」


 謝るならはじめからほっぺを引っ張らなければ良い……などというのは野暮な事なのだろう。リリィの頬を軽く撫でて船の中へと戻っていくダンザ、リリィは頭に?を浮かべながら彼の後を追った。


「ダンザ、待ってください!」



 船内のエレベーターの時間待ちにホログラムでチェスを行うダンザとリリィ。この船のエレベーターは物資の運搬などとにかく多岐にわたる用途で使う上に、メンテナンス可能な物が1つしか無いので非常に使い勝手が悪いのだ。


 それはそれとして……チェスはどうやら盤面を見るにダンザが押しているらしく、リリィの額には脂汗……と言うには綺麗な透き通る汗が滲んでいた。


「うう、ダンザ強いです……」


「……リリィはクイーンに頼りすぎかな」


 ダンザの頭の中では既に残り12手でチェックメイトなのだが、悩むリリィに水を差すのも野暮かと思い黙している。もっとも、それが優しさとは限らないのだが。


「……負けました」


 と、途中で思考を諦めたリリィ。クイーンを基軸とした戦術を取っている為に、一度クイーンが落ちると途端に脆くなる傾向があるのだろう。


 ダンザの誘いに乗ってしまいクイーンをクイーンで落としたのが運の尽きだった、其処からクイーンを包囲された後に落とされ、完全に流れを奪われてしまったのだ。


「速指しはまだリリィには速いかな」


「将棋ならそこそこ得意なんですが…」


「……アレ時間滅茶苦茶かかるから手軽にやり辛い」


 と、言っている内にポーンとエレベーター到着の音が響き、扉が開くと一人の少年がリリィを見つけ笑顔になり、さらにその横に居るダンザを見つけて不機嫌な顔になった。


「こんにちは、ガレア」


「おう、リリィ!」


「ん、おはよう」


「……ッチ、何時まで寝てるんだよお前は」


「もう起きてるが?」


「そういう所だってんだよ!」 


 露骨にダンザへのライバル意識を隠そうともしないその金髪の少年。彼の名はガレア=スチュワート。ダンザと同じく第45期のアラクネのパイロット候補生であり、永遠の三番手と噂される少年だ。


 45期の評価において、ワンツーは常にダンザとリリィの2人がブッチギリのトップであり、やや間を開けてガレア、さらに越えられない壁の下に他のメンバーが並んでいる。


 おそらくその2人が居なければ。否、ダンザが居なければリリィとワンツーであったという事実からダンザを半ば逆恨みしている。とはいえ、ダンザの実力を認めては居る。その為、リリィが居なければ2人は仲良くなれたであろうという……中々複雑な関係なのだ。


 戦闘訓練等では常に実力の近い者がバディになる。つまりダンザとリリィが常にバディを組み続けた。その結果2人の中は最早家族という距離感に近く、戦闘でも阿吽の呼吸を見せる事がガレアにとってとても腹立たしい所なのだ。


「まぁまぁ、落ちつてくださいガレア」


 だが、2人が険悪になれば間をとりなすリリィという、何時も通りの展開で再び落ち着く所に落ち着く。そんな奇妙な関係が3人の間にあった。


 エレベーターに乗り込むと、ボタンの前を陣取り即座に行き先階を選ぶリリィ。何時も恐ろしく早くボタン前に移動する為に、リリィが乗っている時に他の人がボタンを最初に操作する事は出来ないとまで言われている。


「それで、ガレアは一体なんの為にこの階層に?」


 下から上がってきたエレベーターに乗っていたガレアが、そのまま自らと共に下に降りて来た事に疑問を覚えたリリィはそう問いかけた。


「ああ、そこの寝坊助を呼びに来たんだよ」


「……ねぼすけ、俺か?」


「そうだよお前だよ!なんか割と大切な話しがあるってアロウンさん達がな」


 はてと首を傾げるダンザ。少なくとも彼らに何か言われるような事をした覚えは無いのだが…と思いつつも、一つの可能性は頭を過った。


「リリィ」


「はい?」


「今日は全力で何分戦える?」


「……4分きっかり」


「ん、考慮する」


 ダンザは腕時計のタイマーを4分にセットする。このカウントが減らずに終わらせる事こそが彼の今日1日の目標であり、同時にリリィのバディとして並び立つ為に、文字通りの血反吐を吐く程の反復練習をこなした理由の一つである。


 ダンザが寝坊助と呼ばれ、何時も眠りコケているように見えるのは一重に訓練のしすぎである。過剰なまでの訓練により、削られた体力を回復する為に常に眠りを体が求めているのだ。


 ……が、彼はリリィ意外にその姿を見せないし見せたくないと思っている。別に褒められる為に訓練を行っているのでは無いし、誰かの為という訳でもない。強いて言うなら自分の為だ。


 この過酷なまでの荒野で、少なくとも自らの手が届く場所リリィを守れるようにと、ダンザも必死なのだ。


 弱ければ死ぬ、彼の両親も弱さ故に死んだ。


 だから彼は力を求めた。


 ただ…それだけの話しである。


 ………。


「ダンザ、つきましたよ?」


「……ごめん、寝てた」


「いや、立って寝るなよ……」


 流石にガレアも呆れ過ぎたのか憎まれ口を叩かずにエレベーターを後にすると、後についていくように歩き出す2人。ふと、耳をすませると、船の外から人の喧騒が聞こえてくる。どうやら、ベテラン3人の遠征は大成功と言った所なのだろう。


 それに胸を撫で下ろすダンザ。少なくとも、自らの一番最悪の推察は外れたのだと……少しだけ嬉しくなった。



 ダンザ達が呼ばれたのは、ドロップコンテナを改造した会議室であった。机とイスだけの質素な会議室だが、其処には既にベテランアラクネ3人衆こと、アロウン、ダコール、ゴウザの3人が酒を煽りながら揃っていた。


「ダンザをお連れしました」


「おう、来たな寝坊助。っと……リリィの嬢ちゃんも一緒たぁ話しが速ぇな」


 そう声を上げたのは3人の中のリーダーを務めるゴウザ。既に若干出来上がっているようにも見えるが…一応はマトモな受け答えはできる程度に酒を留めているらしく、まだ酒瓶が4空いていない。


「ある程度呼ばれた理由も分かってんだろ、ん?」


 その言葉に、此処に来るまでに集めていた情報から導き出された推察を口にするダンザ。


「アロウンさん、引退ですか?」


「へっ、其処まで分かってるか」


 ダンザの言葉に驚いた表情を見せるガレアとリリィ。無理も無い。この3人あってのこの街であり、この人達ならば大丈夫だという精神的支柱であった存在。その大黒柱の一本が消えるというのだ。


「今回の戦闘でな、限界を感じた訳だ……臆病風に吹かれたって思ってくれて構わねぇよ。もう十分稼いだから、後は余生をゆっくり巣で過ごしたいのさ」


 アロウンは空から迫り来たあのアバドンの事を思い出す。大剣であわや切り裂かれそうになった所を、直感……あるいは幸運でギリギリ致命傷の回避が間に合ったのだ。その後も味方の機転が無ければ間違いなくやられて居た。


「良い引き際だと思います、少なくとも命がまだある」


「ハッ!言うなコンチクショー!ま、お前も一杯飲めや」


 そう言って空いていたグラスに酒を並々と注ぎ、そっとダンザに差し出すアロウン。


「んで、俺の機体をお前にやろうと思ってな…お前なら十分やれるだろ」


「待ってください!」


 そのアロウンの発言に意義を唱えるガレア。


「ダンザにはまだ早すぎます!」


「同感だ、だが他の奴にはもっと速いだろ、お前も含めてな」


「ッ…!」


「此方としても苦渋の選択だ、15そこらのお前等を荒野に送るなんざしたくねぇ……したくねぇが……しなきゃならねぇ状況だ、アラクネの本部も砂漠なんて魔境に回せる人員なんざ慢性的に足りてねぇ」


 苦々しい顔をして呟いたアロウンの言葉に続くダコール。


「あー……まぁなんだ、学徒ん中でも辛うじて死にそうにないのがダンザって話しだ。幸いにして、今回のコンテナ回収で都市にかなりの余裕が出来たかんな、多少空振っても問題無い程度にはって話しだが……ま、今回はお試しを兼ねた実地演習みたいなもんだと思ってくれればいいさ」


 概ね自らの推察が当たっていた事に頷くダンザ、そして此処からは仮に自らの推察が当たっていた場合に用意していた自分の考えを口にした。


「一つ、条件が」


 意外そうな顔をするベテラン3人。それぞれ顔を見合わせ、アロウンが答える。


「ほう?言ってみろ」


「リリィも一緒に連れて行きたいのですが、機体はアバドンの物を修復すれば使えると思います」


「……へぇ、リリィちゃんは防衛隊として考えてたんだが……使えるのか?」


「問題なく」


「バカを言うな!お前が一番リリィの体質の事を知ってるんだろうが!?」


 再び声を張り上げるガレア、が…今回ばかりは無理も無い。リリィの体は長時間の連続戦闘に耐えられないのだ。調子が良い時で1日に5分の戦闘機動が限界であり、皆もソレを理解した上で将来的には防衛隊に入るという想定で訓練を行っていたのだから。


「踏まえた上で言ってる、リリィの力を守りに使うには勿体無いかなって」


「まぁそう吠えるなガレア、実は俺達も同じ提案をしようと思っていた」


 アロウンがなだめながら口にしたその言葉にガレアは耳を疑った。


「なっ!?」


「俺等の仕事は確かに戦闘もある、だがその大半は進軍行動だ…通常挙動ならリリィも特に問題なく長時間動けるのは訓練でよーく分かってる。それに訓練でのダンザの進行ルートは常に戦闘を回避する事を意識していた、前々からリリィと荒野に出る事を考えてたんだろうさ」


「気づいてたんですか」


 驚いた表情を口を押さえ隠すダンザ。見る人が見ればバレバレのルート取りではあったのだが、本人は気づかれていないと思っていたらしい。


「大人をあんまナメんなよ、つーかガレアだってダンザが隠れてコソコソ訓練してる事ぐらい知ってんだろうが、信じてやれよ」


「……そりゃまぁ、そうですけど」


 固まるダンザ。ばれないように行っていた事がバレバレだった事にどう反応すれば良いか分からず、フリーズしてしまったらしい。


「ま、そういう訳でな、リリィちゃんはどうだい?」


「私はダンザのバディですから」


 ニコリと微笑むリリィ。つまりそれは提案に対して同意であるという事だ。


「結婚しよう!」


 その笑顔に思わずダコールがリリィの手を取って立ち上がると、3人衆の残り2人からの鉄拳制裁が頭に飛んだ。恐らく既に酔っ払っていたのだろう。でなければ自らの年の3分の1の娘に求婚などする筈が……無い、とは言い切れないが、無いと思いたい4人であった。

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