眼差し

つぐお

第1話

「分かるよ」と何度言われただろうか。煩雑さが大きな言葉を聞くのはもううんざりだった。人はわかり合うことはない。それは夢に出てきたコウモリが教えてくれた。それでも分かり合える部分があるだろう。それは知っている。でも私に向けられるきみの「分かるよ」は全然わかっていないように思える。

同じ道を歩いてきてからそう感じるだろうが、きみが歩いてきた道と、私が歩いてきた道は、同じようで違う道だ。きみはその道に野花が咲いていたのに気がついただろうか。たまたま通った道が一緒だっただけで、理解を示されても困ってしまう。私ときみら同じ道を通ったかもしれないが、君のその大きく離散した道と私の小さく刻んだ道ではもう全くの別物だということに気づいて欲しい。近しい年齢だからこそ思い違うことだろうけれども。

だけど同じ時間を生きていることは間違いない。中世の人々とはどう頑張っても会うことができない。今まさに刻一刻と動いている秒針は、今を生きている私ときみとの紛れも無い共通項だ。この共有している時間という道があるにも関わらず、私とあなたでこの瞬間の目盛りが一致しているようで一致していない。そよ風で葉が揺れたときに、私たちはそれぞれ何枚の絵を捕らえられただろうか。窓から見た外の景色は、一体どれだけの姿を持っているのだろうか。十人十色と言うが、目の前の葉の色が一致することはあるだろうか。

それでも私たちは同じ時間の中にいる。川に朝日が反射して輝いているのも、夕日に伸ばされる黒い分身とともにカラスの鳴き声を聞くことも、夕食の匂いが家の中から漂ってくるのを感じることも、余すことなく同じ時間を満たしている。

気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。街灯が点滅している。そのチラつきの中に何かが見えた。

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眼差し つぐお @tsug_o

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