2-11.
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飛び降りるためにこのあいだ消したばかりの小説用アカウントを復活させるととにかくおもうままに空中ディスプレイに文章を叩きつけた。
照明のついていない薄暗い部屋に窓から月光が差しこんでいて、国内の何処かに浮かんでいる寮の、人間一人で使うには広すぎる部屋、床一面に毛脚の長いカーペットが中敷きしてあるのや、上品な家具がおおきく空間を使いながら配置されているのや、相変わらず荷ほどきをしておらず積まれたままの箱などが、ぼうっとやわらかく照らしだされている。
ムーウはひたすら文章を書く。マホガニー材のライティングビューローのひやっと冷たい感触が腕にあたる。その腕にまとわりつく安っぽい代替装置の手ざわり。初めて身に着けるグリクト。小説に、感情を叩きつけて、書く……。
短編小説だけがいくつも並んだマイページの、読者も応援も少ないインターネットの小説ページに、次は、次こそは主人公の生き延びる道を見つけられるのではないかと、あと七日でムーウに書けるものがあるかもしれないから、がむしゃらに入力し続ける。
『――自分に罰を与えることについてわたしは妥協してはならない。愚かな種類の動詞のみを重ね重ねた履歴というものであるわたしの人生、に新たに愚かな動詞を追加しないためには、生きるのをやめるしかない。書く。泣く。掻く。立つ。描く。裂く。欠く。吐く。小説を書くということ。わたしは無音で叫ぶ。いのちを破く。あまねく思考を欠くから、感情が裂けていく、ゆえに自らいのちを破く、それしか許可されない。痣になるまでからだを掻き、養分は欲しくなくて吐く。号泣を書く。制御できない過去を焼く。そんな幼さをやめたい。もう立てないので。殴るみたいにして乱暴に、唐突に終わりたい――』
重たく雨を吸いこんだ全身から雫が床へぼたっぼたっ大粒になってしたたり落ちる。雨にからだが濡れるという状態はこの魔法社会の現代において奇異なことである。
〈傘〉は全身を少しも濡らさずに雨のしたで過ごせる魔法だ。
〈速乾〉は濡れたものをいつでも簡単に乾かせる魔法だ。
〈瞬間移動〉は雨の降っている道を歩かなくても自室へ帰れる魔法だ。
いつも丁寧に包まれ、防御され、取り繕われ、幸福であれと、真綿で首を締めるようにして魔法社会に命じられている。
そんな現代の真ん中で、ムーウは小説を書くのだ。
『――しばらくアカウントを消していました。たましいの住所を変えたくて、軽率にインターネットでいなくなったり戻ってきたりしてしまいます。いつもいろんなひとに「生きてる?」と訊かれてばっかだな。絶望とは、希望が0%になった状態ではなく、希望の最後の1%を捨てきれず足掻いている状態をいうのだとおもいます。わたしは自己啓発本じみた薄っぺらい小説を書かない人間になった、という観点からのみ自分の人生を肯定できます。書きます。書ききります――』
アナログアンブレラで涸れるほど泣いたとおもっていたのに熱い涙があとからあとからあふれた。
教官。
それでもわたしはあのとき嬉しかったのです。
グリクトを、ありがとうございました。
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