奇々怪々(龍神池3)
桜雪
第1話 力(チカラ)
15:45 6限終了のチャイムが鳴る。
どこのクラブにも属していない僕は、下校の準備を手早く済まして正門へ向かう。
下駄箱の3段目、外履きに伸ばした手がピタッと止まった。
下駄箱の隅から、クククッという押し殺した笑い声が聴こえる。
スニーカーの脇に大きなミミズが這っている。
(またアイツらか…)
最上級生にもなって、子供じみた悪趣味な悪戯だ。
やり過ごせればいいのだが、僕はミミズが嫌いだ。
それを知られているから、こんなことをやられるわけだ…こんなことが面白いというのだから子供なのだろう。
下駄箱から這い出したミミズが床にボタッと落ちてビクンと跳ねた…瞬間、僕の嫌悪と緊張が伝わってしまった。
(しまった!!)
そう思った時には手遅れだったんだ。
2つ向こうの下駄箱から僕を笑っていた3人組のイジメグループの主犯、
下駄箱のミミズのように床に落ちた橘の顔をシャッと何かが引き裂いた。
右の頭部から左肩に掛けて裂かれた3本の爪痕、ゴポッと血が溢れ橘の身体はビクンと跳ねて静かになった。
正門にいた何人かの生徒はパニックになり、数分後、救急車が来て、その後到着した警察が正門を封鎖し生徒は後門から集団帰宅させられた。
誰にも見えないだろう…橘の身体を踏みつけていた大きな白い獣の姿は…。
「
僕をじっと見据える赤い瞳、白い毛に覆われた獣。
僕を守護せし霊獣『
僕の感情に反応して牙をむく不可視の獣。
制御の効かぬ無慈悲な暴力。
結局、僕も子供だということだ…。
後悔しか出来ないのが大人なら、後悔すらできないのが子供だと思う。
僕は事情聴取のため、校長室にいた。
目の前には刑事が1人、隣には担任と校長が並んで座る。
「あ~本庁から事情聴取に回された『相良』です、簡単に状況を聞かせてもらえるかな…朝倉ユキ君」
タバコ臭いヨレたコートを着たままソファに座る常識知らずの中年男性。
「で…突然、橘イクト君が壁に叩きつけらる様に吹っ飛んで倒れた…と…」
警察が何を聞こうと、仮に僕が真実を話したとしても、誰も信じないだろう。
僕はすぐにパトカーで家まで送ってもらえた。
よく喋る『花田』という女性刑事が付き添ってくれた。
僕に付き添い、警護なんて必要ないのに…。
ミニパトの上には『夜叉丸』が乗っている、それだけで僕の身の安全は保障されているのだから。
「ただいま…」
「お帰りなさいませ、ユキさま」
世話役筆頭の『マツ』が玄関で花田から今日の事情を聞いている。
僕は、そのまま部屋へ向かった。
(夕食は何だろう? 『タケ』は今日、何を作ってくれたのだろう?)
正直に言うと、橘のことなど、どうでもよかった…少し面倒事になったというだけだ。
「ユキさま~食事の用意整いましたよ~」
一番若い侍女『ウメ』が部屋の前で僕を呼ぶ。
帰宅してから40分ほど過ぎていた。
「それでは、いただきましょう」
一番古くから仕える侍女『タケ』は先ほど聞いた警察の話は一切しないまま、僕と3人の侍女は夕食を済ませた。
会話と言えば食事を担当している『タケ』が献立の説明をしていたが、僕は適当に聞き流していた。
いつもどおりの夕食、とくに変わったこともなく今日も眠りにつく。
ベッドの脇で『夜叉丸』が犬のように丸くなって眠っている。
質量を持たぬ凶暴な獣。
その牙も爪も僕の為だけに振るわれる力。
明日は休校になったと連絡網が入浴中に回ってきたそうだ。
(橘…死んだんだった…そういえば)
少し忘れかけていたよ…
葬式もあるんだろう、あんな奴でもクラスメイトだったんだから悲しそうにしなければ。
(少し面倒くさいな…)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます