参-2:それぞれのDeny

 街の広い道を歩むは一体の巨人。茶色の力強さを誇る鎧――オルドガは背部に開いた二つの丸穴から炎を噴射して、彼なりの全速力での逃亡を続けていた。


『背後から三機。二機は明らかにミストァの色違いカラバリだが……真ん中のは何だ? あの二つ目ツインアイの奴』

「恐らくは、管理者専用機ね。AMアドミニスターシリーズ。ミストァの上位互換機のはずよ」


 オルドガの指にしがみつくリアは、自分の記憶にあるハードメイルの知識を思い起こす。

 一般的に使用されるミストァは多機能性を重視されている。逆に言えばそれは戦闘には特化していないという意味もある。だから知識ある者は改造するし、隣にいる赤毛の少年もその術を売りに生きている。

 ではそれを管理する者が操るには何が一番必要か。ミストァ以上に必要な機能がある。


「まさか、戦闘特化!?」

「うん。AMアドミニシリーズは鎮圧を主とした機体のはずよ。だから、急いで!」

『――っと、言われてもよォッ! こっちは最大出力で走ってるんだァ!』


 オルドガを操るリックは鎧越しに声を張り上げる。彼の主張の通り、その巨体は全力で走っているようで速度が上がる様子はない。

 一方で後方から迫る三機は少しずつだが距離を詰めてきている。絶対的な性能差が三人の逃亡に暗雲を昇らせる。


『止まりなさい! そして大人しく捕まりなさい!』

『クソ! いっそ戦うか!?』

「無理だ! 袋叩きが目に見えている」


 最悪ばかりが想定される。運動能力で劣るオルドガが三機を相手にできる可能性は低い。ましてやリアとラグナを守りながらとなると猶更だ。

 目を細め苦い表情を見せるラグナ。だからこそ少女の視線の方向に気づけなかった。天井を見る、何かの音を澄まし聞くリアの言葉を。


「来る――ッ!」

『――シルエット・アウト!』


 影を脱ぎ捨てる電子音声が響く。老齢の男性を模した声は威厳と威圧を内包し、その炎の如き快活な若さを強調する。

 空から降りゆくは赤い鎧。装甲に描かれた炎のペイントが熱を放っているように光る――ミストァを魔改造した闘士が追う者、追われる者の狭間へ降り立つ。


『疾風怒濤のストライカー――シグル・エスェズッ!!』

『推ッ参――ってな』


 双方の動きが一度止まる。オルドガは振り返り、その見慣れた赤い戦士を視認しては目をパチクリと瞬かせる。

 闘技場の王者。エスェズが仲介者として参上したのだ。じりっと動くたびに三機の装甲に緊張が走る。オルドガも逃げる事を忘れてその威圧感に呆けてしまう。


『闘技場の掃除が終わって休憩していたんだけどよぉ……何がどうなってこうなってんだ? とりあえず間に入らせてもらったぜ?』

『エスェズ……だとッ。どうしてあんたが!』

『その反応、俺のファンだと推測するが……悪いな。ここは通せない』


 二つの瞳を持つハードメイルが嘆く。闘技場の人気王者が突如として自分達の障害となったのだ。加えて放つ言葉は体躯に対して冷えている。


『兄貴! こいつら、リアを狙ってるっぽいんだ!』

『なるほどな。俺の弟分とその友達を追ってるって言うならば、やはりここは通せんな。すまんが、退いてもらう』

『……退くわけにはいかない。あんたを前にしても、それだけはできない!』


 リーダー格である少年の声には決意が滲んでいた。並々ならぬそれは、少年少女達とは相容れない絶対的な心の壁だ。

 その覚悟をシグルは否定しない。仮面の下の表情は不敵に笑み、オルドガを庇うように手で制する。


『リック、先に行け。それが最適だ』

『あ、兄貴――で、でもッ!』

『行け! 友達を助けるためにやってんだろ? なら、その心に従え。ラグナ、頼んだぜ』

「……了解した」


 赤髪の少年の頷きを彼は見たか。すぐさまに動き出す茶色の鎧を背にして、エスェズを纏う青年は弟分たちへの道を封じる。

 三対一。傍から見れば突破は余裕のはずだ。だが二つ目ツインアイの白のハードメイルは指示を出せなかった。


『つーわけだ。こっから先は行かせない』

『……おごりだ。例えあんたが王者であっても、その選択は間違いだ』


 AMシリーズの機体とリアに称された鎧の主は、ぎりりと歯を噛みしめながらそう言い放つ。少年じみた声の震えに、シグルは少しだけ虚をつかれたようにほぉっと息を漏らす。


『別に三対一で勝てるとは思ってはいないさ。だが三機を止める事はできる……あいつらが逃げるまでの時間を稼ぐぐらいならな』

『どうしてそこまで! あんたはチャンプなんだろ!?』


 一人のファンの嘆きを前にシグルは少しだけ返しを抑える。王者である彼は、目の前の名の知らない少年が如何なる思いで対峙しているのかを推し量る事しかできない。

 僅かに溜め息を。肩の力を抜いて――拳を握り、腰を落とし構える。


『すまんな。俺はチャンプの前にあいつらの兄貴なんだ。ここを通りたければ、王者を倒す覚悟で挑め』


 その言葉を前に二機のミストァが灰色の拳銃を出現させ構える。中央で項垂れた二つ目の白き鎧――アドミストァはナノマシンの光をかき集め、赤く光るサーベルを形成しゆっくりとその刃をへ向けた。

 両陣、共に戦意は固まった。

 決闘を示すカウントダウンが彼らの耳に聞こえる。3から始まるその電子音声が0を告げた瞬間、両者の加速が熱を持って対峙を始めた。



     R/R



 何かが激突するような、そんな音と振動が少年たちにも響き聞こえた。後方を振り返ろうとする意思を振り切って、オルドガは真っ直ぐにその道筋を行く。


「あともう少し!」

『うぉぉぉッ——ガッ!?』


 ラグナの家が見え、雄叫びを上げようとするリックだったが唐突に走った背部の衝撃に唇を噛む。ラグナとリアの耳には鼓膜を壊さないように抑制された銃撃音が聞こえていた。

 警戒心が勢いを殺し、数歩の減速の後にオルドガはしゃがみこんだ。両手を下ろし、ラグナとリアを降ろして――ゆらりと立ち上がって振り返る。


『――ったくよォ……非番の日に限って、ダンナからの呼び出しが来るんだ。おめェらを捕まえろってな』

『……てめぇ、やつらの仲間か!』


 そこにいたのは煙が上がる拳銃を向けるハードメイルであった。白と黒、そして肩部の赤いパーツが目立つ一つ目モノアイの鎧――ミストァ。

 先程まで追いかけていた三機の内の二機と同じ機体であるそれは、くるくると拳銃を回転させて空いた左手でオルドガを手招く。


『いつもブスッとしているダンナが、嬉々として命令してくるんだ。てめェらの事情は知らねェが、せめて給料分の働きはしねェとな!』

『ここは通さねぇ!』


 雄叫びを上げ、拳銃を構えるミストァに突っ込んでいくリック。力強い数歩を妨げるのは躊躇いのない銃撃だ。怯みはしないが、確実にオルドガの装甲は傷ついていく。

 その銃撃光マズルフラッシュの中、確かに彼は叫んだ。


『ラグナ! 上手く逃げろよッ!』


 重なる銃撃音をかき分けて、友への言葉は確かに届いていた。頑強なる親友の雄姿を確かにラグナは見つめていたのだ。

 だが――


「ラグナ?」


 リアが少年を見て名を呼ぶ。赤髪の少年は立ち尽くす。呆けたように――否、譲れない何かを目にしたかのように。

 ぎゅっと噛んだ唇。ラグナの右手は震えながらも確かな拳を作り、少女へ告げる。


「ごめん、リア。僕は逃げられない・・・・・・

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