参-1:それぞれのStart
「――あぁ。爺さんにもよろしく言っておいてくれ。あと奥さんにもよろしくな」
「言われなくってもだ。次はぜってぇ勝つかんな!」
闘技場内の選手控室。そこでオレンジ色の髪を持つ青年が、好敵手が去る背中に手を振って帰りを見守っていた。
先程まで観衆の熱を高めていた男、シグル。黒のスキニーパンツがオシャレな彼は、ふと別の視線を感じその先へ目を向ける。
王者を見つめていたのは四つの視線。一つはバンダナを頭に巻く少年の尊敬に満ちた笑顔。一つはゴーグルを首に巻く少年の親しみ深い微笑み。一つは浮遊する一つ目のニヤリとした瞳。
「よっす、兄貴!」
「お疲れ、シグル」
「おぅ、来てくれていたか」
リックとラグナの言葉に青年はそう答える。決闘の後のよくあるやりとり。弟分とその友達を交えた反省会も込めたコミュニケーション。
だがそこに一人、いつもとは違う存在が混じっていた。鮮やかな金色の髪を持つ、整った輪郭の少女。
閉鎖的な塔ゆえ、見知らぬ顔などほとんど無いのだからシグルは少しだけ思い起こして正直に告白する。
「……その子は? 見ない子だが」
『そりゃそうだ。上から来た特別ゲストだからな』
「リアです。よろしく」
ラグナスの紹介に合わせて会釈した鮮やかな金色の髪を持つ少女に、シグルは少しだけ目を細めて――すぐにあぁと微笑みを浮かべた。
「俺はシグル。この闘技場の王者を張らせてもらっている……って、あの決闘を見てもらってんなら知ってるか」
「えぇ。見応えのある試合だったわ。一転攻勢の攻防とはあの事ね」
「……そのおかげで、整備担当の僕が割を食うんだけど」
感動をこぼすリアに対して、深い溜め息を吐くのはラグナだ。心底といった様子にシグルがごめんごめん、と申し訳なさそうに手を合わせる。
ぴっと慣れた様子でホログラムウィンドウを開いたシグルは、それをラグナに指で弾き飛ばす。受け取った整備担当は、そこに映っている鎧を隅々まで見つめ始めた。
『ったく、パフォーマンスに注力しすぎてんだよ。防御の低いエスェズでノーガード戦法とか、エスェズが泣くぞ』
「エスェズは泣き虫じゃない……が、本当にすまん」
「まぁ
傷ついたエスェズのデータが載っているウィンドウを消して、そう呆れるラグナ。
エスェズの基本戦術は高速で相手を翻弄し、精密な機動力で仕留めるという回避が前提の戦術である。それを逆転のためにとはいえ、ダメージ覚悟で突撃する姿を見せられたのだから整備をしているラグナも溜め息を吐く。
「兄貴、この後どうすんの?」
「闘技場を掃除して帰るが、どうした?」
「いや、リアの歓迎会でもしようかと思ってね。ご飯でもって」
「おっ、いいね。オーケー、あとで合流しようか」
じゃあ急ぐか、と言葉を残してスキニーパンツの青年は操る炎の鎧のように走り去っていった。心なしか跳ねているようにも見えた。
一方でトントンと話が進んでいく状況にリアは複雑な表情を浮かべる。
「歓迎会、聞いてなかったんだけど……」
「ごめん。でも、リアにとっては損にならないと思うよ?」
『あぁ。博識である老師も呼ぶからな。状況を改善できる助言をいただけるチャンスってわけだ』
ラグナスの語る老師が如何にリアに良い影響を与えるかは定かではない。現状でも十分に知識が多いと感じるラグナとラグナスのコンビよりも博識となると、それこそこの塔の出口を知っている可能性もある。
一拍の沈黙。少しだけ温まった熱を吐いて、少女は青い瞳を柔らかく細めた。
「解ったわ。この状況、もうちょっと楽しんでみる事にする」
『そうした方が良い。生き急ぐ必要なんてない。人生を楽しめ』
対しラグナスは、キシシシと羨みを込めた笑みを浮かべるのであった。
R/R
「帰りどうする? オルドガで楽するか?」
「いやいや。歩けば良いし、横着しなくても」
ラグナの住まう家へ帰る道の中。リックがリアの方を見ながらそう呟く。
その単語の意味がよく解らないのかリアが首をかしげると、ふよふよ浮いているラグナスが呆れるような声音を出す。
『リックのハードメイルの事だ』
「ミストァじゃないの?」
「あぁ。俺のオルドガは特別製だぜ?」
本来、あのコロッセオでの決闘でも使われた一つ目の巨人は誰もが保持している一般的な物である。この塔の名前をいただくのは伊達ではなく、ほとんどの住民がミストァタイプのハードメイルを操っている。
全身にスラスターを追加するという魔改造を施した
逆に言えばミストァではないという事は、何かしらの事情があるという事だ。具体的にはこの塔の基準を満たさない理由。普通ではないという事。
「リアの思い描くほど素晴らしい物じゃないよ。ジャンクパーツを纏めて再構築した、外の古い機体なんだけど――」
「――止まれ」
ラグナが説明のために語っていると、背後から冷たい男の声が響いた。その声に三人はゆっくりと振り返る。
白の十字の線が入った黒い制服を着た少年。そんな彼を挟み込んでいる男が二人。一人は眼鏡をかけており、もう一人は図体が少し大きい。三人に共通して言えることは、身なりが整っていることだ。
「誰です?」
「そこの男二人は関係ない。俺が言っているのはそこの女のことだ」
「……っ」
リーダー格と言える中心の少年の言葉にリアが言葉を詰まらせる。怪訝な表情に加え、僅かに後ずさる右足。
明らかな警戒心を認めてか、制服の少年はふっとほくそ笑む。
「この塔の管理者からの命令でな。この階層の管理者としてお前を捕まえに来た」
「……まさか、エアッ!?」
「その名を知っているのなら、確定的だな。上層からの逃走者ッ!」
その言葉こそリアの正体を知っている証明でもあった。このクルセアの管理者を名乗る少年は、そう言いのけてゆっくりと取り巻きと共に近づいてくる。
少女は咄嗟に後ろを振り向こうとするだろう――しかし、それよりも先に動いたのはラグナの声とアイコンタクトだった。
「リック!」
「あぁ――コールネームッ!!」
動きは迅速である。
視線の先の少年、リックは後ろに振り返りながらも声を張り上げた。刹那、頭上に伸びるは一筋の白い光であり、それがリック達の頭上で巨大な像の輪郭を作り上げていく。
良く言えばマッシブであり、悪く言えば寸胴なボディ。短足にして短腕。細身なリックとは真逆に見えるシルエットこそが彼のハードメイルである。
『
「カモンッ! オルドガァッ!!」
シグルに録音してもらった電子音声が彼を鼓舞する。尊敬の声は少年の心を高ぶらせ、彼の相棒の鎧へ命を与えるように名を叫んだ。
後方へ走り出すリックの周囲から光が吹き上げて、その上昇風と共にリックが影色の巨人へ吸い込まれていく。
『
主を宿したことで巨人の二つの目が光り輝く。くりくりとした瞳だが、そこには己が正義を成すための焔色の意志を映し出している。
走り出す軌跡を描くように全身の影が剥がれ落ちていく。見えるのは薄茶色の装甲。首から伸びる二つのパイプが仄かにオレンジ色に光っている。
『
「シャァーッ!! 逃げるぞ!」
武骨な指を使って逃げ出そうとするリアとラグナを拾い上げて、腕白小僧なオルドガは音を立てて街へと脚を進める。動きは遅い。しかし力強い一歩は地ならしを起こし、強烈な風圧を引き起こすのだ。
即ち、突然のハードメイルの出現に反応が遅れた三人は、その風圧と地響きを直接受けてしまい膝をついてしまう。
「ひぃッ!?」
「ちょ、目の前に人がいるんですよ!?」
「……逃がすわけにはいかない」
リーダー格の少年――ブライは慄く事をせず真っ直ぐに見つめていた。茶色の指にしがみついて舞う黄色の髪を。
このミスティストの長が気に掛ける存在。それが彼女であるならば只者ではないはずなのだから。最底辺の階層に訪れた好機なのだ。これまで少年が秘めていた意志をここで見せつけないとならないのだから。
「――コール・ネーム」
呼び起こすは鎧。父から譲り受けた管理者の証。昇りゆく水色の光が輪郭を作り、一体の巨人を現出させる。
しかし影は生まない。光の輪郭を覆いつくさんとするその装甲は、一点の影を持たない白光で出来ていた。発光する巨人に吸い込まれる少年。溢れる光の中、顔に相当する部分から赤い二つの光が弾けた。
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