ラグナ/リア
紅葉紅葉
序-1:少女Fallen down
「ギャァァァァアアアアアッ!?」
人の言葉とは形容しがたい甲高くも必死な叫び声が塔の内部に響き渡る。
およそ七階層で構成される荒野の中の白亜の塔。大陸において最も東に位置するとされる最果ての国――ミスティア。それが彼女達が生きる閉塞された世界の外側の姿だ。
そんな高度千メートル以上の世界を、少女は汚れた滑り台で加速して堕ちていく。
――死ぬ! この速度は死んじゃうッ!!
生きた心地など当然するわけがなく、しかし目を瞑ればそこで終わってしまいそうな恐怖で少女は闇を見つめるしかない。
僅かに光る蛍光色の髪が渦巻く流星のように堕ちていく。
――ギャーッ!? なんかついたぁッ!? くさいぃぃ……。
勢いを殺そうと滑り台の縁を触ると、得体の知れないヌメりを覚えて反射的に手を離す。
臭いは幾度も変わり、潮の臭いがしたら泥の臭いもする。中には煙ったさもあり、草の臭いもする。
そんな混沌としたダストシュート。この塔の裏側は、最後に僅かにだが少女に光を見せる。
――ッ! 出口!!
闇の中にぽっかりと空いた丸。そこから綺麗な光が溢れ出し少女を待っている。
この長い滑り台の終わりである。それを予感した少女は引きつった笑みを浮かべながら、その光の世界へ滑り落ちていく。
であるが――ここがどのような経緯で作られたものか、それを失念していた。
「やった――ぁぁぁあああああッッ!?」
ダストシュート。即ちゴミ廃棄用の通り道。その果ては言うまでもなく廃棄処理場である。
喜びの声が上ずりながら落ちていく。暗闇の果てに見えるのはどす黒い瓦礫の山――ではなく水色の流体。まるで海のような、そんな美しい光。
「これ、やば――」
それが身体を傷つける廃材で無かった事に少し安堵し、そしてそれが一体何であり、どのような性質を持っているかに気づいてしまう。
データの海――この世界の基本要素であるナノマシン、綺麗なヘドロの沼である。
「ぶべッ!?」
落下し流体に顔から突っ込む少女は、泡と飛沫の後に肉体の中の空気によって浮上する。生命の始まりが水であるからか、廃棄されたナノマシンは水の性質を模しているようであった。
――あ、足が、届かない!
問題はその深さである。
肢体をばたつかせて必死に浮上を維持しようとするが、それが逆効果となって無駄に体力を奪っていく。同時に身体も沈み始め、少女はより一層に激しく動いてしまう。
――死に、たく、ない……!
逃げ出したのだ。生きるために。その終わりが溺死など認められるはずもなく。
だが無情であるか。如何に少女が願おうとも身体は沈んでいく。遂には口元にまで水面が達し、徐々に光が顔を包んでいく。
――嫌だ……こんなの、絶対に……間違って——。
もはや口を開く余裕はない。少女は水色の光の中で沈みながら想うしかなかった。
身体の感覚が消えていく。ナノマシンに溶かされるような錯覚を覚える。少女の意識は未練を残して離れていく。
だから、少女は目を閉じた最後だけその声が聞こえてきた。
「ねぇ、見て! 誰かが、湖の中に!」
『ァん? んなワケ……あるじゃねェか!?』
「サルベージするよ! 助けなくちゃ」
『クソっ。めんどくせェが、やるしかねェなァッ!!』
誰かと誰かの叫び。これはきっと死にたくないと願った自分の妄想であると、少女はきっとそう思った。
朦朧とする中で少女は無意識ながら右手を天へ伸ばす。最後の抵抗。言葉に出さない、誰かに向けた助けてという願い。
水色の光の中。少女はふっと意識を飛ばした。次に目を覚ます時など来るはずがないという絶望と共に。
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