第2話 尻ごと持ってかれるぞ!
「本当に見たんだって!」
啓介は、先日、秋名の峠で見た七コキの尻神輿のことを自宅で兄の涼介に話していた。
「突然、そんなことを言われても、にわかには信じがたいな」
涼介はいたって冷静に弟の言うことを聞いていた。
七コキ。
プロですら五コキが限界と言われている尻神輿において、いきなり2コキも上を行く……それも、プロではない、秋名の峠を走っている野良の尻神輿が、だ。
信じろと言う方がどうかしている。
涼介も、弟の啓介が話していなければ、こんな話、相手にすらしない。
「いいか、啓介。尻神輿において、コキとはフィギャスケートのジャンプと同じくらい大事なテクニックだ。お前ですら、普段は三コキ、頑張って四コキが限界だ。俺ですら、四コキまでした公道では行わない」
「そんな事はわかっているよ」
「なのに、お前は七コキをやってのけた尻神輿を見たと言う。これがどれだけ馬鹿げた話だかは、わかるだろ?」
啓介は黙り込んでしまった。兄の言う事はもっともであった。啓介の兄、はみ出し涼介は啓介以上の天才尻神輿である。
涼介がコーナーで尻を振る時の常人離れした高速クイックイックイッによる、激しいGにケツ毛が耐えきれず、「ブチブチブチッ!」とタンポポの綿毛のように弾け飛ぶことから、別名「綿毛の涼介」の異名を持つ、プロですら一目おくカリスマ尻神輿である。
その涼介ですら、四コキが限界なのだ。
「いいか、啓介。コキは数が増えれば増えるほど、尻神輿にスピードが乗る上に、ギャラリーも沸く。だが、それと引き換えに数が増えるほどに体にかかる負担は大きい」
それは啓介も身をもって知っている。菊六との一戦で、啓介は無理に4コキ
に挑戦した時の体の痛みは今も残っている。
「昔、ある男がドリフトでの5コキの壁に挑戦した。しかし、5コキの壁は厚かった。その男は、5コキの衝撃に尻が耐えきれず、ダルマ落としの様に尻だけが吹っ飛んで行ったそうだ。いいか、尻だけがだ」
大事なことなので、涼介は二回言った。
「尻以外は飛んで行かなかった。ポコチンとかも体についていた。だが、尻だけが5コキの衝撃に耐えきれず吹っ飛んで行ったんだ……もう一度言う、尻だけがだ」
二人の間に沈黙が流れた。
「念のため、もう一回言っておく。尻だけがだ」
「もう、わかったよ! うるせーな」
その時、観戦していたギャラリーの一人は突然、何が飛んできたか分からず、「新手のウンコかと思った」とコメントしている。
その後、尻は麓の畑に落ちているのを拾われた。最初、尻だと分からず、痔に効果がある座布団だと勘違いされたのだと言う。
「兄さんも信じてくれねぇなら、もういいよ。あの尻神輿は、俺がケリをつける」
啓介はそう言って、涼介の部屋を出て行った。
一人になった涼介は啓介の言っていたことを反芻した。
ああは言ったが、あの啓介がデタラメなことを言うとも思えない。それに最近の啓介の練習の熱の入れようは只事ではない。
最近の啓介は4コキをマスターしただけではなく、肛門の豆電球の下に鈴をぶら下げる工夫も見せている。
クイッ! ちりん クイッ! ちりん クイッ! ちりん クイッ! ちりん。
豆電球で「ラ、ン、バ、ダ」とメッセージを残し、さらに鈴の楽しげな音色に森のリスどもが公道に顔を見せたのを涼介も見ていた。この数日で恐ろしい成長である。
だが、それでも弟は満足していないようであった。
「秋名の菊六……か」
はみ出し涼介は内側から込み上げてくる熱いものを感じていた。天才、無敵と言われたこのカリスマを楽しませてくれるかもしれない尻神輿に久々に出会えそうだった。
一方、啓介は一人で秋名を訪れていた。
あの菊六、兄にすら言っていない手がかりがあと一つだけあるのだ。
『藤原女装癖』
菊六の横には、そう大きな文字が書かれていた。もしかしたら『藤原豆腐店』みたいな、なんかお店で使っている尻神輿なのかもしれない。
啓介は秋名付近の「女装癖」と言うお店をくまなく探してみることにした。
「秋名の菊六、絶対に見つけてやるぜ」
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