第9話
「エクス、いるかー?」
グリム学園一年A組の教室のドア。
ルートヴィッヒ先輩から呼び出され、そこへと向かう。
「どうしたんですか?」
「ん、これ」
そう言って先輩が手渡してきたのは美術部への入部届だ。
僕は美術部入部の件が口約束だったのを思い出す。
「書いて、兄さんのどっちかに渡しといて。話は通してあるから」
「わかりました。あ、これっていつまでですか?」
「期限は特にないよ。けどそれ出さないと美術部員として正式に活動できないから」
つまり、できるだけ早く出せということだ。
僕が頷いたのを見てルートヴィッヒ先輩は振り返って廊下に出た。
「ったぁ……って、レイナか」
「ごめんなさ……なんだ、ルートヴィッヒなの」
席に戻る途中、先輩とレイナの声が後ろから聞こえてきた。
どうやら教室の入り口でぶつかったらしい。ルートヴィッヒ先輩が不機嫌そうにレイナに言う。
「あのさぁ、俺いつも言ってるよな? ちゃんと先輩つけろって」
「そんなの今更じゃない。先輩って言う方が違和感あるわよ」
「じゃあ試しに呼んでみなよ」
「ルートヴィッヒせーんぱい」
「……確かに違和感あるな。あと馬鹿にされてるみたいでむかつく」
昨日も思ったけど、やっぱりレイナとルートヴィッヒ先輩は妙に仲が良い。
昨日は美術部員しかいなかったからかと思ったけど、今はクラスメイトの前なのにレイナはいつも以上に話しているし、表情もなんだか楽しそうだ。
「ねえねえ、えと……エクスくん」
「ん、どうしたの?」
「あの……さっきルートヴィッヒ先輩と話してたよね、仲いいの?」
「うーん、どうだろう。まあそれなりに、かな」
「あ、でもレイナさんの『友達』なんだよね」
クラスメイトの一人が遠慮がちに話しかけてくる。
おそらく本当に聞きたいことは他にあるだろうに、わざわざ回りくどい質問の仕方をされるのはいつものことだ。
「じゃあ、あの噂が本当なのか知ってる?」
「あの噂?」
心当たりのない僕は質問に対し、また質問を投げかける。
あの噂、とは一体なんだろう。レイナの秘密がバレたとか? いや、そんな噂は聞いたことがないし……。
少しの間悩んでいると、そのクラスメイトから『あの噂』の答えを聞かされた。
「レイナさんとルートヴィッヒ先輩が付き合ってるっていう噂!」
聞いた瞬間、僕の心臓がどくんと大きく脈打った。
なぜ、その可能性を忘れていたんだろう。体育祭の時に浮かんだ疑問。ルートヴィッヒ先輩から「レイナと付き合ってるのか」と聞かれたことで彼はレイナと付き合っていないと思っていたが、今もそうだとは限らない。
明らかに僕やタオ、シェインに向けるのとは違う、親しみのこもった感覚も、先輩でありながら名前を呼び捨てにするところも、そうならば説明がつく。
その噂は僕の心の中にじんわりと広がって、けれど鋭く、抜けない棘のようにちくちくと突き刺さった。
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