グリム学園のお姫様
雨宮羽依
第1話
他の休み時間より、少し長めにとられている二時間目と三時間目の間の休み時間。
トイレに行った帰りに廊下を通っていると、屋上へと続く階段から声が聞こえてきた。
不思議に思ってそっちを見ると制服のスカートの裾と、もう一度、今度ははっきりと女の子のものだと分かる声が聞こえた。
その声に聞き覚えがあった僕は階段を上り、相手をよく確認しないまま声をかけた。
「シンデレラ? こんなとこで何して―――あれ?」
「ん、んぐ……」
「……レイナさん?」
そこにいたのは僕が予想していたのとは違う人物だった。そして、僕が予想だにしていなかった行動をとっていた。
膝の上に広げられたお弁当、膨らんだ頬、口元についたご飯粒……。
そう、早弁だ。
「え、えええエクスくんっ⁉」
彼女の方も驚いたようで、慌ててお弁当箱を隠そうとしながら僕の名前を呼ぶ。
彼女の名は、レイナ・フィーマン。僕と同じで、グリム学園高等部一年A組の生徒だ。
美人で、上品な雰囲気を身に纏い、いつも凛としていて、『学園のマドンナ』だとか『深窓の令嬢』だとか言われている。中でも『高嶺の花』っていうのが一番しっくりくると僕は思っている。
まあ、そんな彼女が教室を離れて早弁をしていたことには確かに驚いたのだけど、そんなことはもう吹っ飛んでしまった。
それ以上に驚くべきことは、彼女が僕の名前を知っていたことだ。
この学園に通う者ならば誰でも知っているような有名人が僕のような
僕がどれくらいモブかというと、新しいクラスになって二か月弱が経った今でもクラスメイトの三分の二以上が僕の名前を覚えていないくらいなのだ。
彼らは僕の顔を見ると名前を呼ぶ前にワンクッション、僕の名札を見るという動作を挟む。そんな僕からすれば、レイナ・フィーマンはまさに『高嶺の花』なのだ。
「えっと……いつもこんなとこで食べてるの?」
「………い」
「え?」
「お、お願いっ! このことは誰にも言わないでっ! な、なんでもするからっ!」
ご飯を食べているところを見られたのが恥ずかしいのか、真っ赤な顔でレイナさんが叫ぶように言う。
「何もしなくても、僕は誰にも言わないよ。秘密にしておくから安心して」
心配はいらないよ、と彼女に告げるけど、レイナさんはそれでは気が済まないらしく、「でも……」と呟いた。
本当に誰にも言う気はないけど、今まで話したこともないクラスメイトにそんなことを言われても信用できないのは分かる。
「……じゃあ、ジュース一本奢ってくれる? それでチャラ。どうかな」
レイナさんの負担にならないような提案をすると、彼女は少し悩んだ後こくんと頷いた。
潤んだ青い瞳が僕を見上げ、僕の心臓が大きく一つ跳ねた。
「……このことは私たち二人だけの秘密、ね」
レイナさんがそう言うとタイミングよく予鈴が鳴った。
急いでお弁当箱を片付けて教室の方へ走り去っていくレイナさんの背中を見ながら、僕の心臓は早鐘のようにうるさかった。
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