第2話 自称、天才魔法使い

「美少女って歳かよ」


 ノゾムは半眼でそれだけ言い捨てると、自称トレードマークの鍔広帽を摘まんで謎の決めポーズを取るアシュリーを置き去りにする。目指すは王都の外、ねぐらにしている近郊の森だ。


 あの女が突如ノゾムの前に現れたのは一年前、王都での今の生活が定着してきた頃だった。それ以来、おおよそ一月か二月おきにふらりと姿を見せるようになった。

 そして彼女の何が胡散臭いのかと言えば、ノゾムが産まれながらにタスクを持たない真正の『亜人』だと知っていて、なお、自分から接触してきた事だ。

 この世界の人間は普通、あの奴隷時代がそうであったように、タスクを持たない者を極力避けようとする。まかり間違っても、どんな人か見ておきたかった、なんて好奇心でわざわざ会いに来る人間がいるはずないのだ。正気ではない。


 そんなノゾムの心中など知ってか知らずか、置き去りにされたと気づいたアシュリーが慌てた様子で掛けてくる。動きに合わせて背中で一つに結われた蜂蜜色の長い髪が揺れた。


「失敬な! お姉さんはまだ花も恥じらう十七歳ですー。

 どう見ても十四歳に見えないノゾムくんには言われたくありませんー。

 ほらほら、きゃるんきゃるんのぷるんぷるんだぞ~っ!」


 何やら無駄に揺らしながら、さも当然のように隣に並んで歩くアシュリー。ノゾムは一歩、二歩と距離を取る。

 彼女の格好は青藍色の野暮ったいローブで身を包み古びた樫の持った、いかにも魔女然としたもので、この剣と魔法の『楽園世界』でも明らかに浮いていた。

 舞台の途中で抜け出してきたような彼女と歩いていてはノゾムまで色物扱いされかねない。


「そりゃ花も恥じ入るだろうさ。そんだけ慎みがなければ」

「えーん、ノゾムくんがいぢめるよー!」

「はぁ……。本当に何しに来たんだよ、あんたは」


 舌をぺろりと出して露骨にうそ泣きする様子に返す言葉も失せて、盛大にため息をつく。周囲からは大道芸でも見ているかのような視線が投げかけられている。完全に手遅れだった。

 そんな周りの様子など我関せずといった風でアシュリーは腰のポーチから一通の手紙を取り出した。


「はい、これ。あげる」

「いらない」


 無視して先へ進もうとすれば、前に回り込んだアシュリーが満面の笑みを浮かべてグイグイと手紙を押し付けてくる。

 歩く向きを変えても素早く彼女のあまりの鬱陶しさにとうとう根負けして、ノゾムは遺憾ながらも手紙を受け取ることにした。


「……で、これは何だ?」

「んー、簡単に言うとノゾムくんへお仕事の依頼だよ」

「依頼? 仕事の? 俺にか?」


 ノゾムは、砂糖と思って舐めたら塩だった時のような顔をしながら、この胡散臭い女を見やる。


「あんたも知っているだろう。俺はタスクを持っていない『亜人』だぜ?

 何だって、自称天才魔法使いのタスク持ち様が俺なんかに依頼するんだよ」

「天才、美、少、女、魔法使い、ねっ! 勝手に略しちゃ駄目じゃないかっ……って、わーっ、わーっ、わーっ!

 待った! 待った、待った! ちょっと待った! やめて、手紙を破こうとしないで!

 ちょっとだけうざかったのは謝るから! 真面目に話すから!

 君に頼まなければいけない事情が勿論あるんだよ! ホントにホント!」

「…………」


 両手をあたふたと振り回すアシュリーを、手紙を破こうとする格好のままノゾムは半眼で見つめる。本題からそれた変なことを言い出したら、迷わず破き捨てるつもりだ。


「うおっほん! えーとね、その手紙、というか依頼は、実はあたしの師匠からのものなんだ。

 概要は、とある村の近くに現れた魔物の退治だね」


 そこで一旦言葉を区切り、ノゾムに体を寄せて声を潜める。


「色々とデリケート内容も含んでいるから詳細は中を読んで確認して欲しいかな。出来るだけ人気の無いところで、ね」

「あんたの師匠、ね。余程の変人なんだろうな」

「まあ、この世界の一般人からかけ離れている事は否定しないよ。

 報酬は前金で全額、その手紙の中に入っているから。もちろん、木幣でね」

「全額? 前金で? 無視して持ち逃げしたらどうするんだ?」


 そう言ってノゾムが意地の悪い笑みを浮かべて見せれば、


「だって、ノゾムくんは、そんな事しないでしょ?」


 そう言って、手を後ろに組んだままニコニコとアシュリーがハシバミ色の瞳を細めてノゾムを見上げる。そこにノゾムのことを疑う色は一切含まれておらず、やがてきまり悪くなったノゾムは逃れるように顔を逸した。


「……まぁ、魔物を殺せるのなら、俺は別になんでもいい」

「うんうん!」


 何がそんなに嬉しいのか、アシュリーは満足げに頷く。ノゾムはそんな彼女から顔を背けたまま、懐へ手紙をしまった。


「それじゃあ、お姉さんも色々と忙しい身なので、これで失礼するねっ!

 ……っと、そうだった、それからもう一つ」


 立ち去りかけたアシュリーが振り返り、らしくない真面目な顔を作った。


「ねえ、ノゾムくん、あなたはまだ、あんな無茶な身体の鍛え方を続けているの?

 あれは、命を早回ししているようなものなんだよ?」

「……天才魔法使い様には分からないだろうな。

 タスクの無い俺が魔物を殺して回るには、あれでもまだ足りないぐらいだ。

 だいたい、赤の他人のあんたが、なんでそんな事を気にする。関係ないだろう」

「そりゃあ気にもなるよ。戦う力の為ならば、自分の命なんてどうでもいいようにしか見えなかったから。

 あたし、これでも結構心配してるんだよ?」


「……ねえ、さっき言ってたアイツへの復讐って、そんなに大事なの?」

「……それこそ、あんたには関係ない話だ。

 それから、前も言ったはずだ。俺にあまり関わるな。いつか痛い目をみるぞ」

「へっへーん、嫌ですー! これからも、うざいくらい付き纏っちゃうもんねー!」

「おいっ、だから……」

「それじゃ、アシュリーちゃんはこれでバイバイなのだっ!

 『テレポート』ぉっ!」


 ノゾムの声を遮って、アシュリーが明るく別れを告げる。同時にボワンと現れた白い煙に辺りが包まれた。


「なん、だ、これ……ゴホっ……ゴホっ……」


 突然の煙に咽つつ滲みる目を凝らしてみれば、白く霞む向こうで一つに結われた蜂蜜色のおさげが街角に消えていったところだった。


「どこが『テレポート』だ。ただの目眩ましじゃないかっ! けほっ」


 騒がしく去って行ったアシュリーに再度ため息をつく。これで今日何度目だろうか。幾分か深さが増しているのは気のせいではないだろう。

 それでもなんとか気を取り直してねぐらへ向かおうとしたところで、突如見知らぬ男がノゾムの肩を力強く叩いてきた。

 何事か、とノゾムに警戒が走る、が。


「君たち、面白いね! どうだい俺たちの劇団と組まないか!

 ちょうど道化師のタスク持ちが欲しいと思っていたところだったんだ!」


 ニッカリ笑う男の無駄に白い歯の眩しさに、ノゾムはこの日一番のため息をついたのだった。

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