エピローグ
地平の向こうに赤い太陽が沈んでゆく。
眼下に広がるのは果まで続く不毛の荒野。塩が浮いているのか、所々赤光を反射して輝きが見える。
黄昏時に特有の強い風に吹き晒されながら、影法師が一つ立っていた。
「テサ。ほら、見て。随分久しぶりの夕焼けだよ」
その影の腕の中には、少女が抱きかかえられていた。
「僕達は、とうとう外に出られたんだ」
感慨深げに影の主の少年は呟く。
風に揺られる髪は焼けた森を思わせる黒で、かつての麦穂色の面影は偲ばれない。
世界を映す瞳の赤は、決して青かったそれが夕焼けに染められただけでは無かった。
「魔王軍は、どうやら僕達を追わないみたいだね。
あんなに時間が経ったのに、気配もない」
少年は、陽の光が大地に呑まれて見えなくなるまで、ずっとそうしていた。
やがて夜の帳が下りる頃、
「テサ……」
少年は優しく少女の名を呼びかけた。
数歩を踏み出して、そっと彼女の小さな身体を横たえる。
そこは、少年が硬い地面に苦戦しながらも掘り上げた穴の中。
一つ、彼女の頬を撫でてから少年は穴の外へと出た。
宵の
少年が土を戻し終え、墓碑の代わりの石塊を置く頃には昼の名残は完全に絶えていた。
振り仰げば、巨大な月が煌々と光り輝いている。
墓の面に銘は無い。
彼女の名前を書くことは出来るが、刻む道具が無かった。
少年は手を合わせることも無く、月光の下、ただ、ただ、佇む。
胸の中を様々なものが去来していた。
「結局……、全部失くしてしまったな」
少年は呟く。
優しかった両親は魔物に殺され、生まれ育った村は焼かれてしまった。
幼馴染の二人は生死不明。いや、彼らが生きている可能性なんてものも、それは少年が僅かでも希望を信じていたかったからに過ぎない。
仮にまだ生きていたとしても、直に死ぬだろう。自分と、関わってしまったのだから。
かの老勇者ですら死んでしまったのだ。
その老勇者との想い出の品も、今はこの手に無い。
魔王軍の奴隷にされてから出会った人々もいた。
この世界では誰もが与えられるはずの『タスク』を持たぬ少年に進んで関わろうとする者は少なかったが。
マールは良い人だった。
ガイは嫌な奴で、双子の姉妹はよく分からない。単におもちゃにして遊ばれていただけに思える。
そんな彼らも、全て死んだ。
少年の村と同じ様に、あの魔物に斬り払われてしまった。
そして、何よりも大切な少女さえも。
少年の送った二度の人生を合わせた中で、初めて愛しく、最も大切に想った女性だった。
もはや、少年の名を知る者すら、この世には一人とて遺されてはいない。
少年は、土に汚れた己が手をじっと見つめる。
「全部、全部、全部失くした。
この世界で得たもの、全部」
脳裏に、あの赤い魔物の言葉が蘇る。
――
――特異な因子。
少年の前世を散々に翻弄し、そして今世では関わった周囲全てに災厄を撒き散らしてきた不運呼ぶ己の性質。
あの魔物の言葉を鵜呑みにするならば、それさえも自分のものでは無かったことになる。
拳を握り込む。爪が肌に食い込んで血が垂れた。
それでも一つだけ、残されているものがあった。
ただし、それはこの世界で産まれた少年が得たものではない。
前世の少年が神に殺された時、その死の最中で得たもの。
「もう僕に残されているのは、
少年の胸の
「どうせ、僕のことを
「だったら僕は――――、俺は、この世界で産まれたエリックとしての生ではなく、
まだ、
だが魔王の先に
直接手を下した、あの斬姫という魔物も討つことも出来るのだから。
少年は無銘の墓碑に背を向け、夜の底を踏みしめて歩を進める。
胸に想い起こすは、闇の中で相見えた姿なき神。
神埼 望の全てを狂わせた、元凶。
「絶対に、殺してやる」
月と星が照らす荒野を、一陣の風が吹き抜ける。
墓前に添えられた名もなき小さな花が風に散らされ、何処かへと飛んでいった。
― 第一章 『転ぶ生』 ―
― 完 ―
*********************************
<あとがき>
ここまでお読み頂き有難うございました。これにて第一章は完結です。
楽しんで頂けたのでしたら、評価やご感想、筆者への罵詈雑言など遠慮なく送って下さると幸いです。
予定通りに進めば、残す物語は2/3程になります。
最後まで楽しんで頂けましたら、これに勝る喜びはありません。
なお、第一部につきましては隔日で更新して参りましたが、第二部からはストックがある間は週一土曜日に、その後は一週~二週に一回程度の更新となる見込みです。ご了承下さい。
それでは第二章で皆様にお会いできるのを楽しみにしております。
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