第22話 お姉さんのおっぱい触ってみる?(火の玉ストレート)

 聖杖フォーガリア。

 善神がもたらした聖なる神器レイアークの一つにして、いずれすべての悪魔を祓うと預言された伝承の杖。

 聖杖は長年、第一神殿の祭壇に収められていた。それが目覚めたのは、僕が五歳の時だ。祈りの時間の最中、聖杖は突如光を放って浮遊し、この手のひらへ舞い降りた。

 自らを操る使い手として、僕を選んでくれたんだ。


 善神の聖なる神器レイアークは段階によって姿を変える。

 分かりやすいのは勇者の聖剣。

 いずれ魔王を倒すといわれたその剣は第一形態では短剣ほどの長さしかない。

 でもゴブリンを相手にする時は第二形態のショートソードのサイズとなり、サイクロプスの前では第三形態のロングソードとなる。

 そして二十年前、ザビニア帝国で勇者がダークドラゴンを斬った時、第九九九形態の聖剣は光をまとって天に届くほどの斬撃を放ったという。


「第九九九って……そんなにたくさん形があるの?」


 僕の説明を聞き、オリビアさんはベッドの上で驚く。

 僕らは今、ベッドに並んで座っている。

 

「聖剣は戦うための神器なので、戦場に応じた形が必要なんだと思います。僕の聖杖はそこまで多くありません」

「へー、じゃあ昨日の槍みたいな形は?」

「あれは第二形態の……途中です」

「途中?」

「……はい」


 伝承によれば、聖杖の第二形態は光が刃のように集い、三つ又のトライデントのようになるという。

 でも僕の第二形態は単刃の槍。つまりは中途半端にしか力を引き出せていないのだ。


「七大悪魔は悪魔の頂点。それを完全に祓うには、七大悪魔に対応した第二形態の力が必要なんです。でも僕はまだ……」

「原因みたいなものは何かあるの? ルカ君、さっき『問題は僕の方にある』って言ってたけど……」

「……どうしても受け止められないんです。第二形態の形が」

「形? ……って、そのトライデントの形?」


 僕は頷き、自分の手のひらを見つめる。

 昨夜、第二形態の柄を握っていた手のひらを。


「僕たち神官は人々の安寧と平和のためにいます。そのために善意を説き、倫理と清貧さを体現し、時には――人々に徒なす悪しき悪魔をこの手で祓うんです。聖杖フォーガリアはそんな僕たちに善神が与えてくれたもの。確かに聖杖は悪魔を祓うための神器ですが……その本質は闘争ではないはずなんです」


 だから、と言葉を続ける。


「僕はあの形がどうしても受け止められない。まるで槍そのもの……戦争の道具みたいじゃないですか。神官の本分は世界の安定を守ることです。なのにどうして善神は聖杖にあんな形態を与えたのか……。未熟者の僕にはその真意が今も理解できずにいるんです」


 手のひらを握る。自分の至らなさを嘆いて。


「ちゃんとしなきゃって分かってはいるんです。オリビアさんたちが安心出来るように一日も早く悪魔を祓わなきゃいけない。神託では七大悪魔を放置すれば大陸が滅ぶとも預言されていた。それらに比べたら、僕の迷いなんて本当に取るに足らないことです。こんなこと考えずにちゃんと第二形態を使えばいい。そう分かっているのに……無意識に心のどこかが邪魔をしていて……」


 そのせいで聖杖を使いこなせずにいる。

 五歳の時、すでに僕は選んでもらっている。使い手が望むならば、聖杖はいくらでも力を与えるはずだ。

 すべては僕の心一つ。

 でもそれが上手くいかない。


「……なるほどね」

 細いあごに指を当て、オリビアさんは呟いた。


「ひょっとしたら……私、キミの悩みを解決してあげられるかも」

 え、と驚きがこぼれ、弾かれたように彼女の方を向く。


「ほ、本当ですかっ?」

「たぶんだけどね」


 言葉は曖昧なもの。

 でも瞳にはある種の確信があるように見えた。


「キミがどうすればいいかは子供時代を通り過ぎてしまった人たち……つまりは大人にならなんとなく察しがつく類のことなんだと思う。あのね、ルカ君、キミは……」


 ふっとオリビアさんの手が伸びてきて、僕の前髪を上げた。

 優しい手つきに鼓動が速くなる。彼女はどこか眩しそうに微笑む。


「キミは……少しきれい過ぎるのかもしれない。私はそんなきれいな瞳を守りたいと思っていたけれど……それはとてもおこがましいものだと分かったから」


 ベッドが小さく軋みを上げた。

 オリビアさんがぐっと前屈みになったからだ。彼女は深く僕の瞳を覗き込む。


「オ、オリビアさん?」

「人間って勝手なものよね。守るべき相手じゃないと分かると、途端に逆の感情が湧いてくる。……ううん、こんな言い方はズルいよね。これは……きっと最初から私のなかにあった感情なんだと思う。それを私はちゃんと認めなきゃいけない」

「え、えっと……?」


 オリビアさんの言葉の意味は分からない。

 自問自答するようなその言葉はおそらくこちらに向けられたものではないのかもしれない。

 でも、そんなことよりも僕を慌てさせるものがあった。


 距離が近い。

 息も掛かりそうなほど、オリビアさんの美しい顔が迫っている。


 そして胸元がゆるゆるだ。

 屈んでいるせいで襟が落ち、色々思いっきり見えてしまっている。

 柔らかそうな双丘がふるふると揺れていた。襟があと少し落ちたら、丘の先端まで見えてしまいそうで――。


「触ってみる?」

「へっ!?」


 驚いて顔を上げる。ブロンドの向こうから王女様の瞳が見つめている。

 言葉は繰り返される。

 噛んで含めるように。

 あるいはどこまでも制限なく甘やかすように。




「お姉さんのおっぱい、触ってみる?」




 オリビアさんは真剣な目で、はっきりとそう言った。

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