第20話 来訪、デレた王女のお姉さん
傲慢の悪魔ルキフェルを追い払った、翌日。
大神官様や他の神官たち、修道騎士たちがグランドール小神殿にやってきて、みんなでルキフェルに壊された箇所の補修にあたった。
七大悪魔であるルキフェルの放つ魔素は非常に濃い。
一応、僕が浄化済みではあるものの、念のため、瓦礫の一つ一つに神官たちが丹念に再浄化を行って、順次、修道騎士たちが運び出していく。
それらの作業に時折指示を出しつつ、大神官様はあごひげを撫でた。
「また派手にやられたのう。儂も様々な悪魔を祓ってきたが、ここまで大規模な破壊を起こす奴は初めてじゃわい。七大悪魔の名は伊達ではないということか」
僕は大神官様の横で手を止め、同じように瓦礫の山を見つめる。
「対七大悪魔用にこの神殿を建てておいてよかったと思います。おかげでルキフェルの力もだいぶ抑えられてたはずだから」
「これでまだ全力ではないとはな。やれやれ、恐ろしい話じゃわい」
聖シルト大神殿は敷地一帯に悪魔の力を削ぐ結界を敷いている。ここグランドール小神殿では柱や石材、煉瓦などの建材一つ一つに神聖術を施し、その結界をさらに強化していた。
おかげでルキフェルかなり弱体化していたはずだ。
ただ、それでも魔導の風はここまで廊下を破壊した。
大神官様の言う通り、七大悪魔の名は伊達ではない。もしも神殿の外だったら、ルキフェルはそれこそ町一つを易々と火の海にするだろう。
「こんなものがあと六体も存在するとは……善神も酷な試練をお与えなさる。せめてルキフェルは昨夜のうちに祓ってしまえればよかったが」
「……ごめんなさい。僕が未熟なばっかりに」
「咎めているのではない。幸い、王女殿下と――
見守るような視線が向けられた。
「まだ聖杖に応えてやる気にはなれんか?」
「……ごめんなさい」
手にしていた杖を抱くようにし、僕はは再び謝った。
「この杖が嫌いなわけじゃないんです。でも……どうしてもまだ杖の意図と意味を理解できなくて……」
「まあよい。こればかりはお前の内面の問題じゃ。焦ってどうになるものでもないからのう。聖女たちの身が安全なうちはゆっくり考えるとよい」
大神官様は孫を慰める祖父のように僕の頭を撫でた。
「そろそろ聖女殿たちとの約束の時間ではないか?」
「あ、そうだ。でもまだ補修作業が……」
「ここは儂らに任せておきなさい。お前はお前のやるべきことは成すんじゃ」
近くにいた神官や修道騎士も同じように言ってくれた。
僕はお礼を言い、廊下の補修をみんなに任せ、書庫へと移動する。
オリビアさんたちに改めて悪魔の恐ろしさ、そして悪魔祓いの重要性を説明するためだ。
昨夜、ルキフェルの結界が解けた後、ネオンさんとセシルさんも追いかけてきて、廊下の惨状を目の当たりにした。
とくにセシルさんは自分の制御法が原因だとすぐに気づき、真っ青になって僕とオリビアさんに謝ってきた。
人類の先輩であるエルフにすごい勢いで土下座をされて、僕の胃は危うく爆発するところだった。
『……すまない。今夜の件はすべてわたしのせい。謝罪する。一生を懸けて贖罪する。もちろん懸けるのはエルフの一生。この先、お前たちの子々孫々に渡って、わたしを奴隷にして構わない。むしろしてほしい。お前たちの家系が死に絶えるまで、わたしをエルフの肉奴隷にしてほしい』
『しませんよ!? そんな怖いことしませんから! 頭を上げて下さいっ。あと肉奴隷ってなんですか!?』
『ヘイ、お待ち! この踊り子さんが教えて進ぜよう。いいかい、少年? 肉奴隷というのはイヤがりならも従順にアレをアレして――』
『やめなさい、ネオン。ルカ君に変な知識を与えないの。色々曲がった大人になっちゃうでしょ』
というような会話が諸々あり、セシルさんからも『きちんと人間側の知識も学びたい』という要望があって、悪魔についての勉強会を行うことになった。
「えっと、それじゃあ始めたいと思います。これからお話しするのは僕たち神殿勢力が持っている『悪魔という存在』についての見解です」
書庫のテーブルを講義場のように並べ、そこに座った聖女の皆さんへ僕が講師よろしく話をする。
まずは大陸における『闇に潜むモノ』の脅威と現状。そのなかでの悪魔の位置と、七大悪魔について。花売りのジーナが取り憑かれ、五百人以上を焼き殺した例も出し、七大悪魔の恐ろしさをきちんと伝えた。
昨夜、実際に悪魔に遭遇したオリビアさんは深刻な表情で聞き、セシルさんも教師から罰を受ける子供のように神妙な顔をしていた。……ネオンさんだけは涎を垂らして居眠りしていたけど。
そうして無事、この一週間伝えたかったことをきちんと話すことができた。若干一名、夢のなかだった聖女さんもいるものの、これでようやく悪魔祓いの土台が整ったと言えそうだ。
「あとは……僕次第だ」
夕飯後、僕は自室に戻ってきて、聖杖を杖置きに立てかけながら呟いた。
悪魔祓いには祓う側と祓われる側、つまりは僕と彼女たちが心を一つにすることが必要になる。悪魔への危機感を持ってもらったことでその土台は出来上がった。
実際対峙してみて、ルキフェルの悪魔としての力量もだいたい分かった。おそらく神殿の外だろうとこちらが引けを取ることはない。グランドール小神殿のなかならば尚更だ。
「だけどルキフェルを完全に消滅させるには……」
まだ足りないものがある。
実を言えば……僕は昨夜、ルキフェルをあえて逃がした。
あの場で消滅させることは出来ないと気づいたから。
僕は立てかけた聖杖を撫でる。
「本当に嫌いなわけじゃないんだよ……」
どこか言い訳のように呟く。
すると、ちょうど同じタイミングで自室の扉がノックされた。
「ルカ君、まだ起きてる?」
オリビアさんの声だった。
「あ、はい。起きてます」
駆け寄って扉を開けると、ブロンドの王女様が立っていた。
「夜にごめんね。もう眠い時間だよね?」
凛とした表情と優しい笑み。
今の今まで落ち込んでいたのに、オリビアさんに笑いかけられると、不思議と気持ちが上向いてきた。
「いえ、ぜんぜん眠くありません。僕、まだ目ぱっちりしてます」
「うそ。お夕飯の後、洗い物してる時に欠伸してたよ?」
「え、そ、そんなことは……」
「そんなことは?」
「……ありましたけど」
「やっぱり」
「でもまだパジャマにも着替えてないですし、寝ちゃうまでまだありますからっ」
「へー、ルカ君って寝る時はパジャマなんだね?」
「あ、いえその……っ」
子供っぽいと思われただろうか。
ネオンさんに子供扱いされても気にならないのに……なんでだろう。
オリビアさんにはあんまり子供だと思われたくない……かも。
自分の気持ちを不思議に思っていると、彼女が苦笑する。
「ごめんごめん、ついまたからかっちゃった。用が済んだらすぐに帰るから大丈夫だよ。ルカ君を寝不足にはさせないから」
「僕はちょっとぐらい寝なくても大丈夫ですけど……あ、どうぞ。何もないところですけど」
半身を引き、部屋のなかへ招く。
オリビアさんが僕の部屋にくるのは初めてだ。
それがまさかあんな事態を招いてしまうなんて、この時の僕はまだ知る由もなかった――。
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