告白の行方 9

「ねえディア、気づいてた? ここに戻った君は、演技以外の時には僕を『殿下』と呼んでいたよね? クラウスには『様』だった」


 本当かしら? そうだとすると、完全に無意識ね。クラウスへ抱く私の気持ちは、アウロス王子にバレバレだったのかもしれない。


「君を迎えに行ったのは僕なのに、君が選ぶのはクラウスなんだね? もしもあの時、『構わない』と正直に告げていたら……」


 アウロス王子が領地に来た時のことは、よく覚えている。けれど、構わないって何のこと? そう答える場面ってあったかしら?

 眉根を寄せて考え込んでいたところ、アウロス王子が急に身体を離した。彼の両手は私の腕に添えられて、青い瞳が私を真っ直ぐ見つめている。


「ディア、君にはもちろん幸せになってほしい。相手がクラウスだとしても」


 つらそうな声は、彼には似合わない。アウロス王子は何が言いたいの?


「歓迎するよ、ミレディア…………義姉ねえさん」


 彼は柔らかく微笑むと、私の頬に触れ――かけた手を握り締めて脇に下ろした。ようやく接近し過ぎだと、気付いてくれたみたい。

 そうか、アウロス王子は国王夫妻に会う前に、私を励ましに来てくれたのね?


「ふふ、気が早いですわ。でも、ありがとうございます。アウロス……様」


 せっかくだから『様』を付けてにっこり笑う。構わないとは「そう呼んで構わない」ということなのか。そんなに敬称にこだわっていたとは知らなかったけれど、これからは十分気をつけようと思う。

 もう一度、アウロス王子に感謝を込めて微笑みかけようとしたところで、扉の方から低い声が響く。


「そこまでだ、アウロス。また殴られたくないなら離れろ。ディアは俺の婚約者だ」

「クラウス!」


 彼を見た私は、すかさず喜びの声を上げた。濃紺の上衣に黒のトラウザーズという改まった姿のクラウスも素敵で、私の胸は大きく跳ねる。腕を組んで壁に寄りかかっているクラウスは、いつからそこにいたのだろうか?


「やれやれ。クラウスこそ、自分から頬を差し出したくせに。そんなに嫉妬深いと嫌われるよ?」

「アウロス、ケンカを売るなら買うが?」

「本気のクラウスとは嫌だよ。ねえミレディア、兄が嫌になったらいつでもおいで? 僕が慰めてあげるから」


 アウロス王子が茶目っ気たっぷりに片目をつぶる。良かった、いつもの彼だわ。


「ふふ、そうならないように努力しますね」


 元気がないように見えたのは、たぶん気のせいだ。今日の私は緊張しているので、物の見え方が変になっているみたい。

 アウロス王子に挨拶した私は、愛しいクラウスの元に歩いて行く。クラウスは手を広げて私を迎え入れると、髪にキスを落としてくれた。よく見ればクラウスも怪我をしたようで、頬のところがうっすら黒くなっている。さっき殴られたとか差し出したとか不穏な単語が出ていたから、兄弟げんかでもしたのかしら? まあ二人は普段仲が良いから、特に心配はしていない。


 クラウスと腕を組み、私は部屋を振り返る。すると、口元に笑みを浮かべたアウロス王子が、私達に向かってひらひら手を振っていた。いってらっしゃい、ということなのだろう。わざわざ元気づけに来てくれるとは、未来の義弟は年上だけど気が利いているわね!




 この後いよいよ、婚姻の許可を得るために国王夫妻に謁見する。一向に戻らない兄が気になるけれど、仕事の話が終わり次第、合流するってことでいいのかしら? 

 考えてみれば私は、国王陛下と王妃様に間近でお会いするのは初めて。本来は社交界デビューの時に挨拶するのが貴族女性の常だけど、私は病弱だという理由で欠席していた。社交界の催しにも顔を出したことがないために、お二人の姿はほんのちょっぴり絵で見た程度だ。


 舞踏会に出席したのはこの前の一度きりだし、その時も壁に貼り付いて遠目にお顔を拝見しただけ。クラウスと踊っている時にはダンスの方が楽しくて、注意を払っていなかった。あの時には、こんな風になるとは全く思っていなくて……

 伯爵家の令嬢が社交界を避けるなんて非常識だし、ただでさえ悪女という噂が先行している。年も行き遅れの一歩手前で、気に入られる要素が全くないというのはかなり不安だ。こんなんで、王太子となるクラウスとの結婚を認めてもらえるのかしら?

 その時が近づくにつれ、緊張が高まった。そんな私をクラウスが優しく励ましてくれる。


「ディアはいつものままでいい。とっくに話は通してあるし、俺の相手なら歓迎すると言われている」


 それって相手の女性がまともな場合でしょう? フリとはいえアウロス王子と噂があって、クラウス王子にも手を出しちゃっている私は、どうすればいいの?


 玉座の間に入るのも、もちろん初めて。磨き抜かれた大理石の床には緋色の絨毯じゅうたんが敷かれていて、天井からは大きなシャンデリアが吊り下がっている。正面奥は一段高く金色の立派な椅子が二つ並び、その背にはリベルト国の国旗が掲げられていた。

 空の玉座に向かって深々とお辞儀をしていたところ、衣擦きぬずれの音と共に国王陛下と王妃が現れ、着席なさった。


「構わん、おもてを上げよ」


 顔を上げた私は、思わずわが目を疑う。そこにいらしたのは、クラウスによく似た黒髪で渋めの国王と、その隣には――


「ふふ、またお会いできたわね?」


 どうしてここに、アウロス王子の年上彼女が!? 

 淡い金色の髪に水色の瞳の彼女は、今日もすごく綺麗だ。先日はうっかり公爵夫人と呼んでしまったけれど、本人が否定していた。それなら……って、待って。国王の隣にいらっしゃるということは、ま、まさか!

 

 気づいた瞬間青ざめる。国王が再婚したという話は聞いたことがないし、側室も特にいらっしゃらないはず。それならこの方こそ――


「陛下並びに王妃、いえ、父上母上。今日は私の大事な人を紹介します」


 ああ、やっぱり。この女性は正真正銘クラウスのお母様で、この国の王妃だ! 若々しいのにこんなに大きな子供がいるなんて、ちっともわからなかった。私は慌てて姿勢を正す。


「国王陛下、王妃様。拝謁はいえつの喜びにあずかれて、誠に嬉しく存じます。ベルツ伯爵家の長女、ミレディア=ベルツにございます」

「うむ」

「まあ。私、堅苦しいのは嫌いよ?」


 王妃様のこの言葉、どこかで――そうか、アウロス王子の口癖ね! そういえば、お二人は顔もよく似ている。クラウスが国王寄りだとすると、アウロス王子は母親にそっくり。どうして私、彼女だと思い込んだのかしら?


「父上母上。彼女は私のかけがえのない人です。ご承認いただければ、すぐにでも婚約の儀を」


 ……終わった。婚約どころか交際だって認められないに違いない。だって、王妃様は私が悪女だという噂をご存知だもの。たとえあれがお芝居だったと釈明しても、王太子となる大事な息子の妃として、評判の悪い私をえようなどとは思わないはずだ。


「クラウス、そう急ぐでない。彼女の話も聞いてからだ」

「そうよ。私ももう少し仲良くなりたいわ」


 ご夫婦揃って反対するって、ダメなパターンだ。このまま「親しくなれなかったからごめんなさい」とお断りされてしまいそうな。


「仲良く、とは? 母上、茶会でも開けということですか?」

「あらあら、そんなわけないでしょう? わざわざいらしていただいたんだもの、まずは全てをはっきりさせましょう。ねえ、貴方」

「ああ、そのために彼女達もんでいる。存分に文句を言うといい」


 彼女達? 文句? まさか、クラウスの愛人達がぞろぞろ登場するの? 

 女嫌いで通していたとはいえ、二十五歳のクラウスに今まで女性の影がなかったはずはない。ただでさえ彼は人気だし、狩猟小屋でのあの夜も慣れていて優しかった。

 頭ではわかっていても、心が理解を拒む。彼に愛された女性と対面すると考えただけで、私の胸は激しく痛んだ。悲しい思いで隣を見ると、クラウスはため息をつきながら髪をかき上げていた。事情を察して観念したってことなの? 

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