薔薇には大抵棘がある

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 一週間ほど前のこと、ミレディアが王子に護られた。近くをうろつくだけでも頭に来るのに、関心を買うとはどういうこと? わたくし――エルゼは苛立ちをおくびにも出さず、あの時女官に扮した女性に笑顔を向ける。


「失敗続き? 使えないわね」

「ひいっ」

「そんな顔してどうしたの? おかしな人」


 何でもすると言うからうちで世話をしてあげているのに、困ったものね? 高貴な身分のわたくしが、自分で手を下す必要はない。替えのきく人間が、わたくしのために動けばいいこと。それなのに、望む結果を出せないなんて呆れてしまうわ。


 わたくしは何も知らない顔をして、周囲に優しい言葉をかければいい。大抵は言いなりになって、おとなしく従う。『リベルト国の薔薇』とも称賛されるわたくしの笑みは、伊達ではないのだ。けれど、あのミレディアという伯爵令嬢だけは平気で言い返すし、なかなか思い通りにならない。


「最近出て来たばかりのくせに、あそこまでしぶといとはね? 見られない顔だから隠しているのに、わたくしに逆らい、堂々と王子達の周りをうろつくなんて。でも、前みたいにクラウス様に見つかって、嫌われたくないし……」


 わたくしは幼い頃から、双子の王子のどちらかに嫁ぐと言われて育ってきた。そのため、教養より優雅な仕草やマナーを進んで学んだ。洗練された会話、ダンスに社交術、センスある装いはもちろんのこと、小物や香水に至るまで最高級の物を身に着けている。それなのに、彼女の兄にまでバカにされるなんて……


 忙しい王子達を惹きつけるため、わたくしはひたすら努力した。彼らの予定を調べ上げ、時間の許す限り城に通う。偶然を装い満面の笑みで挨拶し、時にはわざと転び、泣き、寄りかかる。どちらの王子にも平等に……いえ、王太子になると目される将来有望なクラウス様により力を入れたわね?

 そのせいで、アウロス様はねたのかしら? 彼が多くの女性と浮名を流すようになったのは、きっとわたくしが原因だわ。


 成長するにつれ、ますます麗しくなる王子達。下々の女ももちろん放っておかず、一生懸命自分を売り込んだ。彼らは優しく彼女達にも愛想がいい。身分が低くても相手にしてあげるため、当然わたくしと過ごす貴重な時間が減っていく。

 調子に乗ったのか、邪魔な女性達が次から次へと後を絶たなくなった。昔から、彼らは私のものと決まっているのに、目障りなこと。


「二人に憧れ付きまとうなんて、身の程知らずもいいところ」 


 身分不相応だと教えてあげたくて、泥の水たまりや噴水に突き落とした。そうそう、紅茶にムカデを入れさせたり、ワインをドレスにかけたこともあったわね?

 当時は間の悪いことに、クラウス様に見られてしまった。彼はわたくしの弁明を一切聞いてくれなくて。


『グラスごと投げつけたように見えたが?』

『いいえ、ついうっかり手を滑らせてしまったの』

『赤ワインを? 君は白を好んでいたはずだ』

『たまたま今日は、赤の気分だったの。まさか、わたくしをお疑いになるの?』

『エルゼ、君の行動は不愉快だ』


「ショックを受けたのでしょうね? その後は女嫌いを公言し、女性を寄せ付けなくなったわ。だからわたくしはアウロス様だけを見ていれば良かったのに、最近のクラウス様ったらどういうつもりなの?」


 彼は地味で醜い伯爵令嬢を気に入ったらしく、何度も部屋に招いている。わたくしは周りを使い、ミレディアに探りを入れた。ところが生意気にも『兄の代理』だとはぐらかされてしまう。


「王族に用があるなら代理ではなく、本人が来るのが筋ってものよね? どう考えても不自然だから、やっぱり王子達に取り入ろうとしているとしか思えない」


 その証拠に、彼女はいつも綺麗な侍女を連れている。


「自分の代わりに、侍女を差し出そうとしたのかしら? お前はどう思う?」

「ひっ、わ、わたくしめは……」

「あら。お前、人の言葉を喋るの? だったら人並みの働きをしてちょうだい。当分近づけないよう怪我をさせろと言ったでしょう?」


 泥のダメージは少なく、石も狙いを外していた。傷つけろと言ったのに……

 そうやって警告したにも関わらず、ミレディアはあれから何度も城を訪れている。そのため先日仕方なく、大きな物に変えたのだ。


「真下にいたのに、どうしてもっと早くしなかったの?」


 本当に使えないこと。

 わたくしは別の部屋から見ていたし、話を聞いていた。図々しくもミレディアが、クラウス様の名を口にするのを。あの時クラウス様さえ駆けつけなければ、水差しは彼女に命中していたはずだ。

 腹立たしくてため息をつく……困ったようにゆっくりと。感情を隠して優雅に振る舞うことは、昔から得意。


「使えないといえば、あの三人もだわ。嫌味を言うとか廊下で突き飛ばすだけって、バカなの?」


 ふてぶてしいミレディアが、あんな子供だましの嫌がらせで、すごすご逃げ帰るとは思えなかった。やるならもっと徹底しなくちゃ。叩くくらいじゃ生ぬるい。階段から突き飛ばすくらいしたらどうなのよ。もちろん、いつも庇う私に疑いが及ぶことはあり得ないし、万が一疑われても公爵である父が捻り潰してくれる。


 この前のこともミレディアに怪我をさせたところで、あの三人が怪しまれるだけ。元々変なら、次は顔を狙えば親切かしら? その方が、いつも隠す言い訳ができるのではなくて?


 そろそろあの三人にも飽きてきた。

 切り捨てるなら今かもしれない。

 まとめて排除するには、どうすればいいのかしら?


「心配事が多くて大変だわ。王子を傷つけるなんて、予定にはなかったのに。お父様もお父様だわ。時期を待てとはどういうこと?」


 待ち過ぎたせいで、忌々しいことに間もなく二十一歳となる。童顔のせいで幼く見えるのが救いだけれど、世間では完全に行き遅れ。王家以外に嫁ぐ気は全くないから、早くしてほしい。


「そうね、特別に許してあげるから、次は必ず成功させて。怪我じゃなく、恥ずかしい思いをさせても良くってよ? 人手が要るなら雇ってね。わかっているとは思うけど、もちろん私の名前は伏せて」

「は、はいっ」

「まあ、ミレディアもそこまで愚かではないだろうから、もうここには来ないでしょうね? お父様が言うには、本当にお仕事だったんですって。わたくしも名前をわざと呼び間違えるの、いい加減疲れてきたし」


 我ながらささやかな嫌がらせだとは思うけど、表立って意地悪ができない以上、これくらいしか考えつかなかったのだ。何より王子達に感づかれては困るから。


「未来の王妃は、みなに優しく親切でなければね? 求婚される日が待ち遠しいわ」


 再びほうっとため息をついたわたくしは、黒髪と金髪の見目麗しい青年を思い浮かべた。

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