地味な私を放っといて 6

 彼は美しい顔に色気たっぷりの笑みを浮かべ、私に手を差し出した。


可憐かれんなお嬢さん、僕とも踊ってくれないかな?」

「いえ、私は……」


 何てこと! せっかく逃げて来たのに、今度はアウロス王子? 金色の髪に輝く笑顔の華やかな彼が側にいるだけで、注目を集めてしまう。アウロス様と踊りたい令嬢達の順番は詰まっていて、まだ終わっていないはずよ? それなのに、どうして私なの?


「まあ、今度はアウロス王子?」

「どこからどう見ても地味なのに」

「クラウス王子どころかアウロス王子まで……あの子、いったい何者?」


 令嬢達のやっかみの声と絡みつく視線が痛い。絶対に目立ちたくないと思っていたのに、一番目立ってどうする、私! 唇を噛んでうつむく。上手くかわす方法があるのなら、誰でもいいから今すぐ教えてほしい。


「どうしたの、お嬢さん。僕では不満かな?」


 優し気だが断ることを許さない、という口調でアウロス王子が話しかけてくる。端整な容貌はクラウス王子と似ているけれど、目だけが大きく違っていた。向こうが切れ長だとすると、こっちは垂れ目。その青い瞳には、同じように強い光が宿っている。


「無理です。ごめんなさいっ!」


 マナーも何もあったもんじゃない。これ以上注目を集める方が嫌だ!

 私は一礼すると、会場を脱兎だっとのごとく逃げ出した。




 少しして心配した兄のヨルクが、大広間の外で待っていた私の元に来てくれる。


「大丈夫か? すまない、なかなか抜け出せなくて……。散々だったな。変装していても、ミレディアの美しさがバレてしまうとは」


 いや、違うから。それについては言いたいことがたくさんある。

 私達は帰宅するため、馬車に乗り込んだ。城の敷地を出たところで、兄のヨルクが口を開く。


「それにしても、あのアウロス様が呆然となさるご様子は初めて見たな。もちろんすぐに大勢の令嬢達に取り囲まれて、お姿が見えなくなったが」


 いけない! 王子を断り恥をかかせてしまった。処罰の対象になる? 


「そうよね。私、びっくりしてしまって……」

「まあ平気だろう。クラウス様が直後に挨拶されたから、混乱は起きなかったし」


 顔から血の気の引いた私に対して、兄はのん気だ。というより兄よ、見ていたのなら早めに助けてほしかった。


「ミレディアのことは、誰にも紹介していないからね? 当家の者だとわかっても、ダンスの相手を断ったくらいで罰することはないだろう。お二人共公正で、心の広いお方だ」

「そう。それなら良かったわ」


 処刑されなきゃそれでいい。でも変に目立ってしまったことで、他の貴族男性に目を付けられなければいいと思う。誰だと気にされ、縁談が持ち込まれるのだけはゴメンだ。

 私もただ、ボーっとしていたわけではない。会場にいる人と自分達とを比べたところ、兄も私も平均よりかなり上の容姿だということがわかった。自惚うぬぼれではなく、客観的に見て。


 この国の貴族男性は、女性を容姿、家柄、年齢の順で判断する。人柄は一番最後。会場で眼鏡と前髪で顔を隠していた私は、ドレスもあか抜けない物にしたから容姿はアウト。家柄は伯爵家だけど教えていないし、年齢に至っては間もなく行き遅れ。普通だと、結婚相手に望む者などいないだろう。


 それでも用心するに越したことはない。変わり者はどこにだっているから。

 愛情のない政略結婚でも、愛されない保証があるならいい。だけど、後から好きだと本気の愛を告げられたら、その日に私は死んでしまう。そんな危ない橋は渡りたくないのだ。

 考えてみれば、正体もわからず私に声をかけた王子達って、余程の物好きよね?


「ここだけの話だが。クラウス様は女嫌いだと、さっき踊った令嬢が教えてくれた。何でも昔は遊んでいたけれど、追いかけられると政務の邪魔になるから、今は距離を置いているらしい。アウロス様はあの通りだ。女性には優しいが、特定のお相手を作らない。そんなお二人に、国王も王妃も頭を痛めているのだとか」

「それはご愁傷しゅうしょう様」


 だから何だというのだろう?

 そんな話に興味はない。

 けれど、情報を集めるのだって商売上役に立つ。この兄が、そこまで考えて女性達のお相手を? ……まさかね。


「おや? それならどうしてクラウス様は、お前と踊っていたんだろう」

「たまたまよ。私が近くにいたから」


 一回限りだと言っていたし、最初は私をバカにしていた。騒がれない相手を現地調達したに過ぎない。

 次も誘うなんておかしなことをしたのは、きっと疲れていたため。舞踏会直前まで任務に従事していたから、正常な判断ができなくなっていたに違いない。


「じゃあ、アウロス様は何でだ?」

「さあ……物珍しさ、かしら?」


 そっちは本当にわからない。

 もしかして、集まった女性全員と踊ろうという、大きな目標を掲げていらしたとか? 若い女性がたくさんいたから、はっきり言って無理なのに。地味な私を相手にしなくても、彼にむらがる令嬢は大勢いた。わざわざ声をかけるから、さっきは本当にびっくりしたのだ。

 あのまま応じていたら、私は会場中の女性に目のかたきにされ、無事に帰れなかったかもしれない。ダンスの相手を断ったのは、その点賢明な判断だったと自分では思っている。


 お二人共兄の言う通りなら、私を恨みはしないはず。地味な恰好の娘のことなど、すぐに忘れてしまうわね。そう思ったら、少しだけ元気が出て来た。せっかく王都に来たんだもの。明日は変装して、街をぶらぶらしよう!


「何にせよ、可愛いミレディアが戻ってきて良かった。私はお前のことが、一番大切だからね」

「あ……ありがとう?」


 肉親でなければ確実に、私は今晩中に息絶えている。兄の愛情はうざ……大げさではあるけれど、心強い味方がいると感じられて嬉しくもあった。

 その兄が、まさか私を裏切ることになるなんて。

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