悪女は愛より老後を望む

きゃる

プロローグ〜別れの予感(注:この世から)

「ねえ、君のことを愛しているんだ。結婚を前提に、僕と付き合ってくれない?」


 ――ああ、またなのね? せっかく過ごしやすい世界だったのに。彼の周りには可愛いがたくさんいたし、私の方から好意を示した覚えはない。ただ、困った顔をしていたから時々世話を焼いてあげただけ。それなのにその娘達でなく、どうして私なの? 告白されるくらいなら、冷たく放っておけば良かったわ。


 祭りの夜、甘え上手な年下男性からの告白を聞き、私は非情にもこう考えていた。

 柔らかそうな茶色の髪に可愛らしい顔立ち、村長の息子で働き者でもある彼は、村の女の子達にも人気が高い。『祭りの日に、一番大きな林檎りんごの木の下で大好きな人から告白されると、ずっと上手く行く』という言い伝えがこの村にはある。だから、普通なら飛び上がって喜ぶところだろう。


 彼にしてみれば、一世一代の告白だったはずだ。踊りの輪を抜けて、木の下へ導くところをみんなに見られている。「見てほしいものがある」と言われたのが、まさかこのためだとは思わなかった。暗くてよくわからなかったけれど、木に近づいた瞬間ダッシュで逃げれば良かったな。


「ごめんなさい、無理だわ」


 なるべく冷たく聞こえるように言ってみた。胸が痛くなるけれど、そんな感情は無視しよう。性悪女と呼びたきゃ呼ぶがいい。まあ彼は優しいから、呼ぶとしたら取り巻きの女の子達の方かしら?


「どうして? もしかして、他に好きな人でもいるの? それでも僕は引かないよ。君がいいんだ」


 ダメだ、可愛い顔して案外男らしい物言いにニヤけてはいけない。彼の気持ちは嬉しかった。好きか嫌いかで言えば、私も彼のことは好きだと思う。でも私は、本気の恋をすることができないのだ。いえ、正確にはしたくてもできない。だって私はもうすぐ、この世から消えてしまうんだもの。


「貴方のことが好きじゃないだけよ。聞き分けの悪い坊やは大嫌い」


 黒髪を手で払った私は腕を組み、あごを上げてわざと吐き捨てる。悲しそうな彼の顔を見たくなくて、これ以上この世に未練を残したくなくて、くるりと背を向けた。貴方が思い悩まなくて済むように、私は悪女を演じるの。

 彼が答えないのをいいことに、私は振り返らずに歩き出す。遠くから、祭りの喧騒けんそうだけがいつまでも聞こえていた。



 両親を亡くして一人で生きて来た私にも、村長や村の人達は優しかった。心残りがあるとすれば、みんなにお別れを言えなかったことだ。でも、祭りで盛り上がっている時に「もうすぐ死にます、さようなら」とも言えないでしょう?

 だから私は身の回りの品を整理した後、書きかけの手紙を装って大切な人達にメッセージを残すことにした。『いつもありがとう。どうか、長生きしてね』と。真実がバレないように『私の分まで』とは書かずにおく。どうせバレても、私が転生者だなんて信じる人などいないでしょうけれど。


 全ての用意を終えた私は、ベッドに身体を横たえた。日付が変わる直前に、あの重苦しい時間が始まり、私の心臓は動きを止める。激痛が走るけれど、目覚めた時には別の世界だ。何度も生まれ変わっている私にとって、これはお決まりのパターンだった。


 弟のように思っていた彼が、まさか本気の愛を告げるなんてね? 彼も自分のせいで、私がこの世からいなくなるとは思いもしないでしょうけれど。冷たくなった私を見て、みんなは何を思うのかしら?


 どうでもいいことね。秘密は、私だけが知っていればいい――

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