嘘つき都市に心まで溶かされるなんて

ちびまるフォイ

この物語もフィクションです

親の仕事の都合で転校した先は嘘つき地区だった。


「慣れない土地で色々困るかと思うけど、何でも聞いてね。

 はいこれ。明日からの時間割」


「ありがとうございます」


担任の先生は優しくていい人そうだった。

翌日、学校に行くと教室に誰もいなかったので戦慄した。


「え……!? サプライズパーティでもやるの!?」


掃除用具箱を探しても、教壇の後ろを確認しても誰もいない。

結局、誰もいない教室で2時間ほど待っていると体育終わりのみんなが戻ってきた。


「あれ? お前、転校生だろ。なんで今日の体育来なかったんだよ」


「いや、だって時間割には1時間目は国語でしょ?」

「それウソだぜ」


「え!?」

「ここ嘘つき地区だし」


自分のようにウソの時間割を信じた人は誰もいなかった。


「どうしてこれがウソだってわかったの!?

 俺はちゃんと担任の先生に……」


「大人なんてまさにウソの代表じゃん。

 ほら、その時間割見てみ。右下のほう」


「……QRコード?」


コードを読み取ると、本当の時間割が表示された。


「嘘つき地区の標語は『自分が信じられるものを信じる』だ。

 他人から与えられたものをほいほい信じるなんてありえないよ」


「そ、そうなんだ……」


学校が終わった帰り道、コンビニに寄るとここでも驚いた。


「ジュース1本……4000円!?」


キャバクラかと思った。

値札をよく見るとはがせるシールが上に貼られており、

シールを剥がすと正しい値段が表示された。


「ここでもウソか……すごいなまったく」


よく見ると、ジュースのラベルには炭酸ジュースなのに「清涼飲料水」とある。

ペットボトルなのに「スチール缶」などと嘘つき放題だ。


レジにジュースを置くと店員がバーコードを読み取った。


「お会計、4000円になります」


「いやいやいや!! なんでそうなるんですか!?

 あっちの値札に120円って書いてましたよ!?」


「チッ、騙されなかったか」

「4000円取る気だったんだ……」


何も知らない観光客だったら完全に騙されるに決まっている。

こんな場所で生まれ育ったからみんな真実を見極められるんだ。


「こ、この街じゃウソを見抜けないと……生きていけないぞ……!」


改めてこの嘘つき地区の恐ろしさを知った。


道路標識はウソだらけなので、騙された車が突っ込んでくることもしばしば。

道を聞いてもウソばかりで他人は基本的にアテにならない。


そんな超過酷な生活にもだんだんと慣れていった。


「ねぇ言いなよ」

「言うって決めたんでしょ?」

「う、うん……」


「前から、あなたのことが好きでした!!」


学校の裏に呼び出されて何かと思えば告白だった。


「で、本当は?」


「えっ!? これが本当よ!」


「君のことは知ってるよ。そういうゲームやってるんだろ、告白ゲーム。

 ちょうど昨日も別の人にやっていたじゃん」


「う、ウソよ!」


「俺はこの目で見たんだ。君がクラスで孤立している男子に声かけて

 返事をするなりそっちの友達が撮ってる動画で笑い転げてる姿」


「違うもん! そんなのウソよ!」


「この地区の標語は『自分が信じられるものを信じる』だ。

 俺は自分を信じる。君の言葉は信じない」


立ち去ろうとすると、自分の思惑が外れた挙げ句、仕掛け人の前で大恥かかされた女は血相を変えた。


「なによ! 非モテのくせに! ちょっと声かけてやっただけじゃん!!」


「本音を大声で叫ぶんじゃねぇよ。この地区で本音を語るなんてみっともない」


すっかり俺は嘘つき地区に馴染んでいた。

もう最初の頃のようにカモられることもない。


それどころか、他の誰よりもウソを見抜く目があると思っている。


「俺を騙せるものなら騙してみろってんだ」


嘘つき地区に馴染んだ俺とは対照的に両親は完全に音を上げていた。


「もうダメだ……引っ越そう。ここで暮らすのは限界だ」


「父さんがこんなに潔癖症だと思わなかった。

 俺はぜんぜん平気なのに」


「ウソを見るのはもう嫌なんだ……明日にでも引っ越すぞ!」


「そんな勝手に。やっとこの街に馴染んできたのに。

 他のところへ引っ越して、本音で話し合うなんて、そっちのが嫌だよ」


常にすべての会話がウソなので、本当の自分を隠し続けられる。

そんな仮面舞踏会な日常が俺は好きになっていた。


「そんなの知るか! とにかく明日だ!」


父親は強引に荷造りを始めたのを見て、違和感を感じた。


(これ、ウソなんじゃないか?)


実は引っ越しなんてウソで、俺のこの土地への馴染み具合を確認してるとか。

俺は父親に見つからないように引越し手続きが本当に行われているかなど

父親の言葉の状況証拠をひたすらに集めていった。


結果的に、引っ越しするのは本当らしいということはわかったが、

証拠探しの途中で大量の財産証拠を見つけてしまった。


「なんだこれ……うちにこんな金があったのか。

 これだけの金があるなら、そもそも働く必要ないじゃん」


引っ越しだとか転勤だとかは、まっとうに働いていると見せかけるウソ。

その実、ありあまる財産を持っていたなんて。


やっぱり人は信じられない。


「父さん、これは何?」


「そ、それは……!!」


「なんでこれだけのお金があるのを隠していたの?

 この地区でウソを見極められる目を持った俺に隠し通せるとでも?」


「……その金は……」


「ウソは言っても無駄だよ。俺はウソがわかるから」


父親は重い口を開いた。


「実は、お前に言ってなかったことがある。

 私の本当の仕事は……会社員ではなく、詐欺師だったんだ」


「それで転勤とかいう理由で、足がつかないようにしてたんだね」


「昔は、だ。今はもう詐欺はしていない。本当の仕事についている。

 今回の転勤も本当なんだ。今は普通の会社員なんだ」


「……」


「その金は詐欺師時代に荒稼ぎした汚い金だ。

 このことを話すとき、お前に渡そうと思っていた」


父親は必死に言葉を続ける。


「そして、どうか、どうかお前だけは詐欺師にならないと誓って欲しい!

 この金はその約束金だ! 詐欺師になったら誰も信じられなくなる!

 友達も恋人も家族も、誰も近寄らなくなる! お前にそんな人生は歩ませたくない!」


「父さん……!」


「父さんはお前を愛している。だから、どうか私と同じ道を歩まないで欲しい!」


「父さん、わかったよ」

「おお! わかってくれたか!」





「で、本当は? 嘘だってこと、もうわかってるよ。

 クサい芝居はやめて本当のことを教えてよ」



この地区の標語は『自分が信じられるものを信じる』。

最後に他人を信じたのはいつだっけ。

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