霧隠 慎太郎 安龍堂

近衛源二郎

第1話 龍神池の庵

戸澤白雲斎館長の許可を得た慎太郎、早速引っ越しの準備に取りかかっていた。

まずは、庵の掃除だが。

なぜか、望月雅が、甲斐甲斐しく働いている。

庵は、一応2部屋とリビングダイニングはあるものの、壁が薄く、若い男女が暮らす設備とは言いがたい。

だが、意に介さない雅。

『雅、ありがとう。

後は、俺できるから、そろそろ帰った方が良い。』

夕方が近づいて、慎太郎も心配になった。

帰ろうとしない雅。

『白雲斎先生のお許しは頂いております。』

慎太郎は、慌てた。

『雅、お前まさか、ここに住むつもりか。』

『もちろんです。

私は、霧隠慎太郎の許嫁でございます。

言うなれば、妻も同然。

夫をこのような寂しい庵に1人ほったらかしにするなど、なんでできましょうか。』

思い込み過ぎのところはかなりあるものの、見れば涙を溜めている。

並々ならぬ決心のようだ。

慎太郎の負けである。

とはいえ慎太郎も、そんな雅が愛しくてたまらない。

まだ、年端も往かぬ2人だが、戦国の世なら当たり前の戦略的婚姻の道具の年齢。

戦国時代と違うことは、戦略も何も関係なく、2人は許嫁者。

しかも、かなり愛しあっているのは確実だ。

同じ町に生まれ、同じ忍者の家系に生まれ、同じ幼稚園に通い、同じ小学校に通った。

ただ、少し違うのは、夫たるべき慎太郎は、幼い時より斉天大聖の生まれ変わりとして修行をしていて、現在、すなわち15歳になり、日本随一と言われる龍門館道場館長の祖父戸澤白雲斉でさえ凌ぐようになり、超巨大名跡であり、日本忍者の最高位、霧隠の名前を継いでしまった。

望月雅も、並の少女ではない。

当然、全てを理解した上で、覚悟を決めている。

甲賀流忍術の宗家である望月家の姫君である。

当然、近江源氏佐々木家の末裔であり、日本を代表する名家清和源氏である源平藤橘の一角、源氏の血を引いている。

いうなれば、源頼朝や義経の子孫。

れっきとした、源氏の姫君である。

しかし、望月家は早くから甲賀の里に移り住んだことで、忍術の宗家となり、戦国時代末期に望月家の端家三雲家から三雲影隆を輩出して、いよいよ甲賀流忍術の宗家となった。

三雲影隆、今に伝わる名忍者の大名跡、猿飛佐助である。

霧隠才蔵と猿飛佐助、言わずと知れた真田十勇士の中心メンバーである。

伊賀の服部家が、明治の廃藩置県と共に官軍の目を欺くために甲賀の外れの山奥に移り住んだことで慎太郎と雅が同じ里山で育つことになった。

しかし、これが後々とんでもない成果と安泰、平和と安定をもたらすことは、この時まだ誰もが知るよしもなかった。

ともあれ、龍神池の庵の生活準備は出来た。

『慎太郎様。

 お買い物に参りませんと、何

 も食品が』

当たり前である。

元々は、住宅ではない。

キッチンは、近くのホームセンターで、展示品を値切りに値切って購入した。

風呂も同様の物である。

そんな庵に食料等あるはずがない。

学園内の売店に向かった。

龍神池を周るように歩き出す2人。

自然と手を繋ぐ。

その時、『お姉さま、お兄様。』

と駆け寄る少女が2人。

『鶇・朧。』2人を呼ぶ雅。

2人は、雅の妹、望月鶇と望月朧。

双子である。

『ねぇねぇ、雅ねえ様、私達もついて行っても良いでしょう?』

朧と鶇は、完全に甘えている。

『ついて行くと行っても、高々学内の購買部なのよ、そんなに良い所ではありませんよ。』

雅と慎太郎は、しっかりと手を繋いでいる。

その後ろから、鶇と朧がピョンピョンスキップしながらついて行く。

目の前には、龍門館道場の本館である毘沙門堂が聳えている。

その毘沙門堂の7階の窓から、若いカップルと双子を見つめる老人。

龍門館館長、戸澤白雲斎である。

日本最高の忍者と言われたその業も最早影がうすれ、今は、孫達の成長が何より楽しみな、普通の老人。

ともあれ、慎太郎達一行は、ワイワイ騒ぎながら、龍神池の畔を歩いて行く。

鶇と朧は、小学1年生。

中学3年生の雅と慎太郎と比べると、いかにも小さい。

それにしても、龍門館道場は、あまりにも広い。

4人は、幼いと言えども忍者である。

今回は、鶇と朧に合わせていることもあるのだが、売店到着に30分近くかかってしまった。

もちろん、慎太郎と雅の2人だけなら、軽く飛翔するだけの距離だろう。

この売店、学校内の売店というには、いかにも大きい。

まるで巨大ショッピングモールのようだ。

スーパーマーケットやホームセンターまで備えている。

慎太郎と雅と言えど、現代っ子。

まずは、家電店でテレビを物色。

それからスーパーマーケット部門へ赴いた。

鶇と朧をお菓子のコーナーで待たせて、慎太郎と雅は食料品の買い出しに周った。

一通りの買い出しが終わって、鶇と朧に玩具付きお菓子を買って4人は帰路についた。

もちろん、慎太郎と雅は自分たちの庵に帰るのだが、鶇と朧は遅い時間まで引っ張り周すわけにはいかない。

寮に送って行く。

寮は、大騒ぎになった。

慎太郎と雅の人気は、凄まじかった。

伊賀忍者の棟梁、服部家の若様と甲賀忍者の棟梁、望月家の姫君のカップルである。

人気が出るのは当たり前であった。

しかし、本人達はまったく気にしていないのだが。

とにもかくにも、龍神池の庵に帰った慎太郎と雅。

夕食の後、庵の名前を考え始めた。

慎太郎の案は、龍が昇るとか吠えるとか、ばかり。

雅は、幸せになることが一番ということになる。

結局は、折衷案として、昇龍多幸庵という。なんだか一文字多いものになりそうな勢い。

2人は、その案を白雲斎に委ねた。

 『ならば、龍幸庵。りゅうこうあん。』でどうじゃ。

2人に異存などあろうはずもなく、庵の名前は龍幸庵に決まった。

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